Please,マネー



「マネープリーズ!!」


灰色の上空に向かってあたしは怒鳴った。

叫びは響くこともなく鉛の虚しい空に吸い込まれていく。


なぜ、なぜこんなことになったのか。

頭を抱えるあたしの脳裏には、先刻の悪夢が焼き付けられていた。


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「ありがとうございましたーー!!」

事は数十分程前にさかのぼる。

歴史に残る大買い出しを終えて、あたしは満足感と共に店を出た。

なぜ『歴史に残る大買い出し』なのかというと、これにはいささか特別な訳がある。


実はあたしは3年前に父親を亡くしている。

原因は突然の交通事故。

あまりに唐突すぎて、涙もでなかったのを覚えている。


問題は精神面だけではない、父親がいないというのは収入という点で大打撃なのである。

よって母親は出勤を余儀なくされ、毎日の生計をなんとかた立ていた。


だがあたしを襲う悲劇は終わらなかった。

なんと今年、心労がたたってか母親が体調を崩してしまったのだ。
現在は会社に行けず自宅養生をしている。

よって、現在河原家の収入を支えているのはあたしただ一人。

バイト先が決まり、来週からは仕事も始まる。


今残った貴重なお金を使って、生きてくために必要なものを買い占めた。


「っふー、これでなんとかなるかな」


お母さんも、あたしの生活も。

食べるものがなければなにも始まらないと、大量に買った食料。
スーパー袋の中にパンパンになったその糧をみて、あたしはにっこり笑う。


「さーて、帰るか!」


あ、やばい今日トラえもんじゃん!

早く帰らなきゃ。

あたしは自転車を止めた駐輪場まで上機嫌で葉の散りゆく道を歩きながらトラえもんのテーマを口ずさんだ。


「♪ドルルルルルドルルルルルドルルルルルドルルル〜

ドルルルルルドルルルルルドルルルルルドルルルルルドルルル♪」


通りすぎてくサラリーマンが怪訝そうに眼鏡を上げたが気にしない。
人々が広い道の上で行き交い日が沈みかけた町に流れを与える。

あぁ、活気があるなぁ,荒んだ身にも染みるほど。


駐輪場が見え、足どりが弾んだまさにその瞬間だった。

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