意識したときには既にとっている行動。癖という名の無意識は本人の意志とは関係の無いところで存在を誇張する。そしてまた、本人の意志に関係なく「自分」というものを表すのだ。 それは目の前にいる俺の相方にも言えることである。盗賊という職業柄、誰が見ても個人を特定できるような大した癖は勿論無いが、やはりどんなに鬼の如く剣を振るっていようがあいつは人の子なわけで。つまり相方にも一般人と同じような癖が幾つかあるということ。 例えば、何か思い詰めたときは気分を変えるためか首を軽く左右に振る。その後は決まって紅茶を飲む。後半のものは癖、というよりは習慣のようなものだが。 そして、それ以外の癖が今まさにローランサンがやっているあれだ。 ぱちっ、ぱちっと音が響く。指先を守るように存在する硬く脆い爪。お互いに引っ掛けられるようにして奏でられる音は静寂なる部屋によく響いた。音の発生源は言わずもがなローランサン。じっと自分の手元を見ながら何かに取り憑かれたかのように爪を弾きつづける。何らかの衝撃により先が少しだけ欠けたそれは他の爪によりその範囲を広げられていく。むやみに広げすぎると深爪になるというリスクを冒しながら、それでもその行為は止まらない。本人以外から見たら如何せん不思議な光景をじっと見つめていた。
「楽しいか?」 「何が?」 「それ。」
ようやっと視線を上げたローランサンに自分の爪を指すことで示す。ローランサンは一度首を傾げたが、自身のそれを見て、「ああ。」と声を上げた。
「またやってたのか……。」 「本当に無意識なんだな。」 「まぁ。癖だし。」
手をぶらぶらと振りながらローランサンは緩く笑んだ。 ここ最近、似たようなやり取りを何度か繰り返している。俺がやけにぼろぼろな爪を指摘したのが始まりだったと思う。一度気付いてしまえばどうしても気になってしまうもので。気付いたときにローランサンに声を掛けるのだが、何度も繰り返しているに関わらず、ローランサンはその度に驚く様子を見せる。普段の盗賊である彼からは考えられないことだ。嗚呼、可笑しい。
「飽きないか?」 「いや、なんか飽きるとか飽きないとかじゃないんだよな。いつの間にかやってるし、そもそも意識してやってねえし。」 「ふぅん……そういうモンか。」 「だな。」
言いながらまた指先を弄りはじめる。無骨ながらも綺麗な指が爪の音に併せてちらちらと動く様子を、またぼうっと見つめていた。 不意に手の動きが止まった。不思議に思いローランサンの顔を見ると、藍の瞳がこちらを見ていた。
「イヴェールだってさ、よく髪の毛弄るよな。」 「そうか?……ああ、言われてみれば割と触ってるかもしれないな。」 「だろ?指先に巻いてくるくるしてたり、毛先を軽く引っ張ってたり。よく難しいこと考えてるときにやってる。」
言われて意識すると、どこかむず痒い気がした。やりたいことを我慢しているときのような感覚が少し気持ち悪い。落ち着かない。
「落ち着かない。」 「あれだよな、何か物足りない感じ。」 「そうだな。」
口に出すと、ローランサンもそう感じたらしく同意を得た。つまらない会話がなんだか普通の「友達」同士のそれみたいで。現実とのギャップに二人して小さく笑った。
「なんかさ、俺達一般人みたいだな、イヴェール。」 「今はただの一般人さ、ローランサン。」 「よく言う。」
爪を弄る癖のある一般人と髪を弄る癖のある一般人が、声を上げて笑った。
無くて七癖 あとローランサンはすぐに頭掻くよな。 え、マジ? 嘘。
100410
…………………… 癖のある盗賊って可愛い!から始まりました。髪をいじくるの可愛いですよね。イヴェールの髪弄りたい。
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