吸血鬼パロです。
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 行くぞと言われて夜中にイヴェールに連れていかれた先は、小さな教会だった。街の中のそれに比べてぼろぼろなのに、不思議と温かさを感じた。教会イコール変に畏まった雰囲気、というのが俺のイメージだったので、良い意味で期待が外れて嬉しい限りだ。どうやら中は無人らしく、イヴェールは我が物顔で教会内へと入っていく。
 それにしても、教会なんて久しぶりだ。普段はとても神に祈る気分になれないし、何より俺は神なんか信じていない。信仰心の無い俺が祈っても、無駄なだけだ。
 しかし何故か、教会の落ち着いた空気だけは好きで。昔から何度かお忍びで訪れたことがあった。誰もいない中、一人ぼうっとする心地良さはなかなかに良いものだった。
 久しぶりに見た教会の中を見渡していると、イヴェールに奥の方へ呼ばれた。どうやら、奥に小部屋があるらしい。

「ローランサン、早く。」
「わかってるっつの。」

 イヴェールの声の方へ進むと、やはりひと一人が泊まれるような小部屋があった。ランプで薄ら明るい室内はベッドと小さな棚しかない簡素なものだったが、一日寝泊まりするなら十分なものだろう。

「教会に小部屋なんてよくあったな。神父の部屋か?」
「違うよ。昔から旅人がたまに泊まるらしい。最近じゃ、めっきり少なくなってしまったらしいけど。」
「へぇ。ま、このご時世に旅人やってるやつは余程の物好きか本物かのどっちかだしな。」
「だな。」

 話しながらイヴェールは背負っていた荷物をベッドの上で整理しはじめる。簡単な飯、着替え、シーツ、毛布……。まるでここに泊まるとでも言い出しそうな用意だ。実に笑えない。
 そもそも、俺はなんでここに来たのかすら知らない。いい加減に気になる。旅人が泊まるって……何、イヴェール遂に夜逃げでもすんのか?いや、ない。それにしてはあまりにも無用心だし。じゃあ何だ、プチ旅行気分?でも立場的に無理だろ。ああ、だから夜逃げチックなのか。
 悶々と考えていると、目の前に何かの影が映った。それが何か認める前に、俺の額に激痛が走った。

「いってえ!!」

 額を抑え目の前を睨みつける。当然そこにあるのはイヴェールの顔で、その顔は至極ご機嫌だった。同時に目に入ったのは、不自然に伸ばされた指。デコピンか。地味に痛かった。目を細めてみたが効果は無し。変わらない表情のまま、イヴェールは口を開いた。

「なんでここに来たのか教えろ、って顔だな。」
「わかってんなら言えよな。」
「ローランサンの一人百面相が面白くて、つい。」

 綺麗な顔は薄暗い部屋の中で白く浮かび上がり、まるで神聖なもののように思えた。赤い瞳がランプの光を反射し、いつもより鮮明にその存在を感じさせた。微笑みはまるで、硝子に描かれていた天使みたいで。こういうとき、美人はずるいと思う。少し微笑まれただけで、どうでもいいと思えてしまうから。

「……今日は、神父さんが隣町まで結婚式を挙げるために出張しに行ったんだよ。俺達はそのお留守番。」
「へぇ、結婚式。」
「そ。」

 結婚。自分にはあまりに無縁な言葉が急に出てきて少し驚いた。イヴェールは俺の反応に満足したらしい、ベッドに腰掛けて話を続けた。

「ここらじゃなかなか有名なお二人の結婚式らしくて、付近の住民は皆結婚式に参加するらしい。けど、俺やローランサンはそんなの参加できないし、する意味もない。だから、神父の代わりに留守番。」
「つまり、屋敷から出るための体の良い言い訳ってわけか。」
「ご名答。」

 何がご名答だ馬鹿。はぁ、と大袈裟に溜め息をついてみるが効果は期待していない。それに、イヴェールが外に出たいと思うのは当たり前だと思うし、別に嫌なわけじゃない。
 荷物を部屋の端に置いて床に座り込む。イヴェールを見上げる形になるのはなんか癪だが、椅子が無いこの部屋では仕方がない。頬杖をついて見上げると、やっぱり端正な顔が微笑みを湛えていた。

「なんか変な感じだな。」
「吸血鬼が教会にいるのが?」
「それもだけど、俺とローランサンの二人が教会にいるのも。」

 結婚なんて、一番無縁なのに。と笑うイヴェール。つられて笑いながら、確かに。と返した。

「いっそローランサンと結婚しようかな。」
「そんなのやる金ないっつの。」
「じゃあ金があったらやる?」
「無人でいいなら。」

 冗談の言い合いが楽しい。イヴェールの言葉に笑いながら、適当なことを言った。イヴェールもイヴェールで悪乗りしてくるから、話はどんどん変な方に進んでいった。

「新郎新婦二人きりの結婚式なんて、ロマンチックだな。」
「指輪は金が無いから花で作ればいいんじゃね?」
「誓いの言葉は二人で考えて?」
「最後にハネムーン。一生帰ってこない。」
「いわゆる、駆け落ち。」

 くつくつと笑い声が響く。穏やかな言葉ではないけれど、現実味なんて皆無だけど、でも楽しい。
 どうせ、結婚したところで今となんら変わりなんてないんだろうけど。この関係に新たな名前がつくのだと考えると何故か面白いと思った。

「ローランサン、手貸して。」

 言われた通りに差し出すと、イヴェールは立ち上がってそれに手を重ねた。

「新郎イヴェール・ローランは、新婦ローランサンを一生愛すと誓います。」

 突然始まった結婚式。ムードもへったくれもないけど。
 イヴェールに重ねられた手を軽く握って、にやりと口の端を上げた。

「新郎ローランサンは、新婦イヴェール・ローランを一生愛すと誓います。」

 きょとん、とした後イヴェールは苦笑を浮かべ、首を軽く傾げた。

「どっちも新郎じゃん。」
「間違ってはないだろ?」
「そうだけど。」

 流石はローランサン。という言葉に笑ってやった。形式なんか、端から気にしていない。むしろ自分達らしいとすら思えた。

 イヴェールはその場に騎士のように跪いて手の甲へキスを落とした。リップ音をたてて離れた唇はそのまま薬指へと移動し、軽く触れた後、咥内へと指を誘った。
 ぬるりと舌で舐められ、背筋に痺れがはしる。しかし次の瞬間、きつく噛み付かれた。痛みに顔を顰め思わず手を引こうとしたがイヴェールの手がそれを阻む。傷口に舌を押し付けられてもの凄く痛い。

「イヴェール、痛い。」
「ローランサンの血、鉄の味しかしないな。」
「当たり前だろ。」

 ようやく解放された指を見ると、赤くなった傷が指の回りを一周していて。思わず苦笑が零れた。

「……悪趣味。」
「愛の重さだよ。」
「重っ苦しい愛だな。」
「それが嬉しいくせに。」

 左の薬指には、赤い赤いエンゲージリングが淡い光を反射してきらりと光っていた。






赤色の約束
結婚の次はハネムーン、愛の逃避行…
つまるところ、駆け落ち!



100609

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死ぬほど長くなってしまいましたので、カットしました。
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