(2008.05.24)



夜、木の葉から離れた場所を歩いていると人の気配を感じた。だが辺りを見渡してもそんな影は微塵もなく気のせいかと思い始めたとき、雲に隠れていた月が覗いて辺りを照らす。地面に浮かぶ人影を見て弾かれるようにして上に視線を向ければそこには木の上で空を見上げる女がいた。


「誰?」


笑みを浮かべて女に声をかければ空を見ていた視線がこちらへと落ちて、姿が消えたと思ったら女は驚いた表情で僕の目の前に立っていた。


「貴方…」

「ああ…誰かと思ったらいつかのお子様か。」


僕の言葉を聞いた女の顔が強張る。どうしてわかったの?と首を傾げる女に僕はいつもの笑顔を向けた。


「初めて会ったときには気付いてたんだよ。あの子供の姿は本当の姿じゃないってね。」

「…どうして?」

「普通の子供は絶対にしないような笑顔を作るから、かな。」


女は僕の言葉に目を見開ききょとんとした様子でこちらを見つめた。そしてぷっと吹き出したかと思うと、だから素直だけど嘘吐き?と苦笑いで言った。女から出た言葉に、覚えてたのか、と思いながら、正解、と答えた。


「それで、今日は本当の姿でどうしたの?」

「別に。ただ少し休憩。」

「へえ…今度は一体何処を壊しに行く気?」

「え?」

「自分の故郷だけじゃ壊し足らないのかな?」


女の表情がまるでこの世の終わりを見たかのように歪む。絶望の色を露にした女が、何で、と呟くのが聞こえて僕は溜め息混じりで、噂に聞いた王制国家の末娘にそっくりだから、と答えた。女は少しだけ表情を緩めるがまだ気持ちは落ち着かないらしく、どうして私が壊したのを知ってるの?と怪訝そうに尋ねる。僕はさも当然の如く、調べたからね、と答えた。


「滅んだ国に入るのに面倒な審査はいらない。同盟を結んでいた国が滅べば調査に行くのは当然。」

「…木の葉は貴方が行ったの?」

「僕と、あと暗部が数人。作られた墓を調べれば人々を埋葬した生き残りなんて簡単にわかるよ。…君が国を滅ぼしたというのは僕の勝手な憶測だったんだけどね、その様子だと強ち間違いじゃないみたいだ。」


僕の話を聞いて納得したのか、そっか、と言って女は笑った。それは先程とは比べものにならないくらい穏やかなもので、言い当てられて焦らないの?と問えば、本当のことだし、と返ってきた。僕はそんな女を見て、あの小さな子供とは大違いだな、と思った。それどころか、なら私を捕まえる?なんて言って笑う。随分と余裕だ。


「捕まえる、としたら君は僕を殺すの?故郷の人を殺したように。」

「出来ればそうはしたくないけど、これから私は用があるから、いざとなれば…ね。」

「そう。その能力…血継限界みたいなものなのかな?それで殺されるのは嫌だな、汚いから。」


女が可笑しそうに笑う。見た目も手口もね、と言うのだから本人も汚いと思っているのだろう。
女の一族の能力は誰かを殺すためだけのものだと言っても過言ではない。その能力を使えば周囲にいる人間を手も触れず抹殺することが出来た。原理はわからない。女の国はほとんど鎖国状態だったから調べる者もいなかった。きっと女にはわかっているのだろうが。ただわかっていることはその能力で殺された死体は身体中から多量の血を吹き出し倒れているとか。辺りは一面、真っ赤な血の海となる。
僕は小さく溜め息を吐いて、君を捕らえろなんて任務はないから必要ないけどね、と笑った。女は穏やかな表情で、よかった、と言う。貴方を殺したくはないから、と付け加えて。僕はおもわず、どうして?と女に尋ねた。女は微笑んだままゆっくりと口を開く。


「初めて会ったとき、私は貴方の笑顔に恐怖しました。関わりたくないと思ったし嫌いとすら思いました。お子様、と言われたときには馬鹿にされていると感じましたし。」

「実際、馬鹿にしてたからね。」

「そうでしょうね。でもだからこそ私は、貴方に惹かれた。」

「………。」

「貴方の恐怖が私を惹き付け魅了してどうしても放してくれません。」

「…つまり何が言いたいの?」

「つまり私は小さい私が思った以上に貴方を好いていたみたいです。」


驚きすぎて息が止まるかと思った。ついいつものように笑顔を作ることも忘れただ目の前で微笑む女を見た。最後に1つお願いがあります、と女に言われて、僕は返事もせず女の声に耳を傾ける。返事をしない僕を見ても女は構わず言葉を続けた。


「名前…貴方の、名前を教えてくださいませんか?」

「…サイ。」


僕が答えた名前を女は舌先で転がすように小さく、サイ、と僕の名前を復唱する。女に呼ばれて僕は体の奥底が暑くなるのを感じた。
風が夜を吹き抜ける。走る風に髪を揺らしながら、女は言った。


「…もし、もっと早く出会っていたら…」


そしたら私も名前を名乗れたのに。そう笑った瞬間、女は風と共に姿を消した。突然のことで慌てて呼び止めようとしたが間に合わない。瞬身か、と僕は女が先程まで佇んでいた場所を見つめる。もっと早く出会っていたら、それはこっちの台詞だと思った。
もっと早く出会っていたら、僕も貴方の名前を聞けたのに。
僕は小さく溜め息を吐いて、そしてゆっくりと空を仰ぎ最初僕が声をかけるまで女も見ていただろう。空に浮かぶ大きな月を瞳に映した。





壊れかけの愛ならず

(もし次に出会えたのなら、今度は僕に貴方の名前を呼ばせて欲しい。)

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