(2008.05.02)



あの日の天気は覚えていない。それはここが地下だからか、昼間だというのにやけに薄暗かったイメージが残っていた。そんな見た目からはこんなところにいることなど想像もできないであろう容姿で女は現れた。少し幼さ残る瞳は虚ろで、値の張りそうな衣服は少しの汚れと、それから既に茶色く変色した血がこびり付いていた。奴と、ペインに連れられて来た女は一言も言葉を発しないまま俺の前に佇んでいた。代わりに口を開いたのは、やはりペイン。


「お前に任務…いや、頼みがある。」

「任務じゃなく頼みだと?何だ…いや、それよりもまずその女何者だ。」


俺の問いにペインは女を一瞥すると、お前も話くらいは聞いたことがあるだろう、と何とも意味あり気な言葉を紡いだ。女がペインの言葉に小さく反応する。その様子から、今からペインが話さんとすることを女が聞きたくないと思っているのがわかった。きっとそれは奴とて承知していることだろう。だがペインは話すことを止めようとはせず、女を見ることすらしないまま口を開いた。


「その国は世間一般の地図には決して載らず、隠れ里に非ずして忍の育成にも富んだこの世で唯一の王政国家…」

「おい待て、突然なんだ。第一、貴様の言う国は」

「ああ…数ヵ月前に謎の壊滅を遂げている。」


ペインの言う国はもちろん知っていた。辺境の地に成る半鎖国状態の国。交流は限られた同盟国のトップとしか許されず、多くの謎に包まれたその国には、俺のコレクションになる前の3代目風影も訪れたことがあったはず。だが先に奴が言った通り、その国は数ヵ月程前に滅んだという情報が各里の上層部に流れ衝撃を与えていたはずだ。古くからその特殊な能力により国の頂点に立っていたある一族を含めた、国の全ての人間の死と共に。そんな俺の思量を遮るかのように、もうわかっただろう、との言葉と共に女へと視線向けた。俺が同じように女へと視線を注ぐとその顔は俯き、表情を伺うことは叶わなかったがきっとその顔色は良くないであろうことは安易に想像できた。俺は女を見ながら、考えられることは、と口を開いた。


「その女が、その国の生き残りだということか…?」

「それも例の一族のな。」

「…なるほどな。」


だとすればこの細い女がペインと現れてもなんら不思議ではない。より多くの力を欲する暁があの一族の能力を前にして野放しにしておくわけがない。それに女の服の赤黒い斑模様も説明がつく。だが、解せない。


「仮に貴様の言うことが本当だとして、それで一体俺に何の頼みがある?」

「お前なら、あの一族の能力のことも知っているだろう。上手く使えば最強の殺人能力。だが下手をすればそれは味方の死すらも招きかねる…この女はまだ己の内秘めたる能力を制御することができない。」

「へえ…そうか。そりゃ大変だな。…それで?まだ繋がらねえな。」

「…お前にこの娘の能力を制御するための薬を作ってもらいたい。」


奴の言葉に俺はおもわず怪訝そうに眉を吊り上げた。こいつは一体何を勘違いしているのかと思った。俺を医療系なんかと混同してるのではないか。俺は一度女を見つめてから、それから小さく嘲笑うかのように口元を緩めると、俺は医者じゃねえ、と佇む奴へと言い放った。その顔が歪むことはない。


「…だが、毒にもそんな効果がある物もある…」

「ならば」

「…あるにはあるが、毒性も高い。依存性もある。一度服用すれば完全に能力がコントロールできるようになるまで服用は止められない。止めたら数日であの世逝きだ。その娘はそれを許すのか?」


睨むような目で女を見るとその視線に驚いたのか、女は体をびくつかせる。俺はそんな女から視線を奴に戻して返答を待った。すぐに答えない奴を見て、奴はきっとまず女の方へ話し掛けるだろうと思った。だが俺の予想を反して奴は女へではなく俺へとそのマントで隠れた口を開いた。問題ない、と。


「この女は暁に拾われた。その時点ですでに女は暁に忠誠を誓っていることになる。それに話を聞いていれば服用を続ければいいことだろう。なら案ずることは何もない。」

「…問題はまだある。」


俺の言葉に一瞬顔を顰めた奴は、なんだそれは、と問う。俺はゆっくりと目を伏せて、それから再び上げた視線は片方の目でペインを、もう一方の目で女をしっかりと見据えてからその質問に答えた。


「服用期間中は身体的・知能的成長が止まる。それどころか副作用として外見的には数年分、脳内的には実年齢の半分からそれ以下にまで低下する。…そうなれば組織としてどうだ?」


俺の言葉を聞いた奴は考え込むように俯いた。俺はそんな奴を見ながら返答を待った。女はというと先程と変わらず少し顔を俯けてその場の誰とも視線を合わせようとしなかった。数分の間の後、顔を上げた奴はきっぱりと、構わないだろう、と頷いた。


「やはり危険には変えられない。それにもっと子供になられた方が飼い馴らしやすいだろう。」

「だが術やらの問題はどうする?」

「身体的・知能的に低下していようとも覚えた体の動きは忘れないはず。忍術や体術に関することのみを思い出させるのは難しくはないはずだ。」

「…その思い出させる役目もどうせ俺に回ってくるんだろうが…。」


長々と溜め息を吐いて髪を掻き上げた。奴は俺の不満の言葉をどう取ったのか、頼んだぞ、と勝手にこの話題を終わらせる方向へと会話を持っていこうとする。俺はそんな奴に再び不平を訴えるべきかと一瞬悩んだが、止めた。言ってみたとこでどうせ無駄だろうと考えた俺は、面倒事はさっさと済ましてしまえと言わんばかりに、ならこいつは借りるぜ、と言って女の細い腕を取った。突然のことに驚いて俺を見る女と視線が合ったが無視をして、代わりに、傀儡にはするなよ、と言うペインに嘲笑うかのような笑みを向けてから、女の手を掴んだまま踵を返した。




自室に入って例の毒を調合する間、女とした会話はあまりにも短いものだった。話し掛けたのは、俺。


「お前はいいのか、本当に。正直俺自身、あの毒は好きじゃねえ。」

「…いいんです。だって、それはきっと私の生きる理由となるから。」


生きる価値のない私の、理由に。そう言葉を濁した女からの数個の質問に簡潔に答えて、できた毒薬を渡した数分後、俺の前には見た目14から16の少女が不思議そうに俺を見ていた。射るようなその視線に堪えかねて、何だ、と尋ねれば先程までの女の様子からは想像もできないほど無邪気で華やかな笑顔を浮かべた。


「ねえ、あなたおなまえは?」

「サソリだ。」

「?、さそ?」

「…これからお前にいろいろ教えてやんなきゃなんねーんだから名前くらい覚えろよ。」

「いろいろ?」

「ああ。忍術に関してのな。」


忍術、と聞いた少女は一瞬ぽかんとした表情を作ってから、それから、じゃああなたは私のお師匠さまになるのね!と言ってにっこりと嬉しそうに笑った。そんな少女に今度はこっちが豆鉄砲を食らったような顔になる。それから、お師匠は止めろ、と苦笑せずにいられなかった。





Little girlの生まれた日

(まったく手の掛かりそうな弟子を持っちまったな)

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