ぐちゃ…と嫌な音がした。ねっとりとした嫌な空気、その重たさにおもわず短く息を吐いてその場に勢い良く腰を下ろす。突然負荷をかけられた木の枝はミシッと音を立てたが折れることはなかった。ぶらぶらと揺れる足の下は真っ赤な海。 「また激しくやったスねー」 「…どーしてここにいるの?」 瞳をぐるりと動かして後ろを見れば闇にぼんやり浮かんだオレンジがこちらを見ていた。私はおもわず顔をしかめてから、そのお面似合わなーい、と言い放つ。返ってたのは、それひどくないっスか、なんて調子のいい。 「しゃべり方も変だよー私といるときぐらい普通にしてればいーのにきもちわるい。」 「これも準備っスよ。」 「んー?準備ー?」 「そう、こうやって普段から練習しとかないと、いざってときに失敗したら大変じゃないっスか。first nameが組織の役に立とうとやってることと一緒スよ。」 私は静かに視線を後ろのふざけたお面から逸らすと、一緒にしないでよ、と不服の意を示す。そんな私の様子を見た奴は溜め息混じりに、相変わらず冷たいっスね、と笑った。ハハハ、と響く笑い声を聞き流しながら、愛情表現だよ、と呟く。その声は小さくて自分にすら微かにしか届いてなかったのに奴はそれを拾い聞いた。 「ああ、そうだったんスか?」 「そーだよ。それにちゃーんと感謝だってしてるもん。」 「まあ当然と言えば当然っスね、だってfirst nameは俺がいなきゃ今ここでこうしてはいないから。」 「…だから働くんだよ、暁の為に。」 所有物としてただ淡々と。それが拾われた私の生きる意味だと思ってるから。思わなくちゃ生きれないから。私の言葉に、ちゃんとわかってるじゃないっスか、と再び笑みを漏らす奴の声が少し大きくなった気がした。不思議に思っておもわず辺りを見渡すとメシッとまた木の枝は揺れて、隣にぼんやり浮かぶお面の男が座ってるのに気が付いた。いつのまに、と呟く私を無視して、だけど、と話しだす奴の言葉を、仕方がないから黙って聞いてあげることにした。 「だけどもし、もしっスよ?今first nameがやっていることが無駄だったとしたらどうしますか?」 「…どーゆー意味?」 「さあ?」 疲れを感じた。この男と話すのは本当に疲れるな、と初めて視線の先のオレンジと話したときのことを思い出す。そのときはまだその顔にそんな気味の悪いもの、張りついてなかったけど。 「そういえば今は結構意識がはっきりしてるようっスね?」 「最近薬の効き目が少しずつ弱くなってきてるからそのせい。いい傾向だよ、もう少しがんばれば私はもーっとみんなの役に立てるんだから。」 「そうっスか。それはよかった、もうすぐ人力柱の捕獲も本格化してくるっスから。」 「そーだよ。だから私、だんなに反対されたけど薬の服用の間隔をせまくして」 「だけどまだ事を理解するまでには到達してないみたいっスね。」 そうしてオレンジは、考えてみろと言う。体の動きを止めた私はじっとお面に描かれた渦を目で追った。 「…あの面々が小柄な娘の力など必要とするか。」 ミシッと木の枝が音を立てる。言いたいことを言うとオレンジ色は再び闇に溶けていってしまった。私はまたひとり。ぶらぶらと足を揺らし初める。徐々に勢いを増す足のリズムに合わせるように、突然立ち上がった私はその反動を利用してその場から離れる。バキッとついに折れた枝は重力に引かれてパシャ、真っ赤な海に沈んでしまったみたい。 赤い海辺で少女の惨劇 (…ああだめ、また頭の中がはっきりしちゃう)(帰ったらまたお薬だね) |