ひとひらの花




「殿、花見しませんか?」

はずむような明るい声をあげながら一人の男が、上座に座る男に声をかけた。
殿、と呼ばれた男は怪訝な表情を浮かべ無言でしっしと手を振るが
その振る舞いを何にも感じないのであろう、頬に傷のある男は
白い歯を見せながらにこやかに言葉を発した。

「ね、殿、桜綺麗ですよ。お綺麗な殿と見事な桜を堪能すれば
これほどない花見になるんですよ」
「では、俺は綺麗な桜とむさい左近で酒を飲めというのか」
「ははっ、そりゃすいません。でも左近ほど良い男もそういませんよ」

会話の内容から察するに二人の関係は主従であろう。
主人は石田三成、従者は島左近。
佐和山に城を構える武人である。

左近はおもむろに立ち上がると、障子をゆっくり開け
庭に咲き誇る桃色の花を三成に見せた。
三成は目を細め、外の風景をじっと見つめたあと目を伏せると
「いや、いい」と短めの返事をした。

桜は花をつけると死ぬように散っていくため
武将の間では忌み嫌われていた。
殿もその類だったかな?と左近は記憶を思い起こしたが
秀吉が生前開いた醍醐の花見の時は嫌な顔ひとつせず
桜を楽しんでいる姿を見ている。

「俺は忙しいのだよ」

よく見ると三成の目元には隈ができている。

関ヶ原の大戦で家康に勝利してからというもの
休むことなく政務に追われている三成を左近も知っている。
豊臣に脅威をなした家康を戦にて破ったあと
大きな戦もなく、忙しい三成に反し左近はその軍略を活かす場をなくし
毎日暇を持て余していた。

「でも、左近は暇なんです。」

忙しい主人に対し暇だと告げるこの男
大胆であるが、左近は主人三成とは主従の絆以上の関係を築いている。
信頼しているからこそ、言える台詞であった。

「ねぇ殿」
「なんだ、しつこいぞ」
「従者を労わるのも、主人の務めだとは思いません?」

関ヶ原の戦いでは左近はその軍略を活かし三成率いる西軍を勝利へと導いた。
味方との結束が不安定であった西軍に、不安を覚えていた三成を
支えたのも絶対的な信頼を築いていた左近である。
三成に過ぎたるものが二つあり、一つは佐和山の城、一つは島左近と言われた
ように若い三成にはできすぎた従者なのだ。

だからこそ、三成は左近の推しに甘いところがあった。
三成は自分は口が悪く、生き難い性分だということも
十分理解していた。
口を開けばその自尊心を守るために強がり、嘘や卑怯な手を軽蔑するあまり
本音をぶちまけてしまい敵を作ることも多かった。

三成が左近を召抱えたときも
知行の全てをやろうと持ちかけ左近に「やり方がまずい」と諭された。

だが、左近は三成のその清廉潔白な性格を愛しく感じ
それが三成の魅力だと尽くしてくれる。
敵こそ多い三成は好意を寄せつくしてくれる左近に感動し
その好意と共に左近を大切にしている。
故に、左近に従者として頼まれると弱い。

「…ずるい奴め、少しだぞ」

唇を尖らせた三成を見て、左近は柔らかく微笑んだ。









桜はちょうど満開であった。
ふわりと香る、花粉の匂いに三成はむず痒さを感じながら
左近が用意した敷物の上に腰をおろした。

見慣れた景色が美しい桃色に染まっている様子を見るのは
感慨深いものがある。
三成は左近に渡された酒に口をつけるのも忘れて
桜をじっと見つめ続けた。

「首、疲れちゃいますよ」

左近の声にはっとした三成は、少し恥ずかしそうに酒に口をつけた。

「綺麗ですよね、見惚れちゃいますね」
「ああ…」
「よっと」

空中に手を伸ばし舞い散る花びらを掴むと
そっと自身の酒に入れにこりと笑みを浮かべた。
三成も同じように花びらを掴もうと手を伸ばすのだが
上手くできずにすねていると
左近がそっと三成の酒に花弁を添えた。
三成は照れくさそうに口元をほころばせ、口を開いた。

「風流だな」
「ええ、花見酒は酔うのがもったいない」
「ふ、左近お前はあまり酔わないだろう」

酒が入り口数が多くなった三成は自然と表情も柔らかくなっている。
左近はその様子を見ると(ああ、よかった)と
心の中で呟き酒をぐいと飲み干した。

酒も良い具合に入り左近の頬が心なしか
赤くなってきたころ、三成がこてんと左近の膝に頭を預けた。

「おや殿、おねむですか」
「ふふ」

三成の柔らかな髪をそっと撫でて
なめらかな頬に触れると、左近の冷たい手が気持ちよかったのか
普段の凛とした表情からは想像できないほど
とろけた顔を左近に見せる。

誰にでも心を開き笑う人間は大人である。
その者の笑顔は見ていて気持ち良い。

だが、三成のような普段笑みを浮かべない人間の
安心しきった表情というのはなんと極上なのだろう。
左近は、三成より多くの人生経験をつんでいる。
色んな人間に出会い触れて、我を殺すという時には術も身につけている。
だが、自分の膝で甘えているこの男ほど可愛らしい人に出会ったことはなかった。
この人の力になりたい、そう思えるほどに不器用で愛らしく
左近の胸に暖かいものがこみあげる。
(もう、こんな感情は湧かないと思ってましたけどね)

「左近…」
「はい」
「俺は、今幸せだ」

三成の瞳に左近が写り込む。

「だがな…俺は人並みの幸せを感じてはいけない人間だとも思うのだ」
「どうしてです」

左近の静かなる問いに三成は目を伏せ
頬に添えられている左近の手を優しく包んだ。

「清正を、殺めた」

ああ、と左近は頭を抱えたくなった。
関ヶ原の大戦の折、三成と同じ子飼いの将である清正は東軍についた
三成は「もう好きな道を進むと良い」と清正に言ったが
心のうちではどうして同じ道を歩むことができなかったのかと悩んでいた。
左近も、三成の心労のひとつが清正の存在だと知っていた。
言葉にこそしなくとも清正が三成を好いていることも分かっていた。
だからこそ、関ヶ原の地にて三成が清正を殺めたことを知ったときは
(やられた)
と目の前が真っ暗になった。

清正は東軍の指揮をとり、己を倒せば東軍が崩れるように仕組んでいた。
好意を言葉にできない清正は、三成の望む未来を己の命と引き換えに授けたのだ。
だが、清正の本心を知らぬまま殺めた三成は死した清正にその心を囚われ続けている。

「殿、清正さんは殿を恨んじゃいませんよ」
「それは…分かっている。」

なまじ頭が良いから清正がどうして自分を生かしたか分かってしまうのだろう。
だが、それを確信にするには当の本人を
自らの手で殺してしまい、聞くに聞けないのだ。
幸い、三成は清正のことをどう思っているかにまで思考が回っていないらしい
左近は三成がもし自身の清正への想いに気づいてしまったら
その罪と、自分の愚かさに壊れてしまうのではないかと危惧していた。

これが今まで愛した女だったらどうだろう
心配こそすれど恐れはしない。

左近はこれほどまでに自分が三成に本気なのだと思い知らされ
それと同時に三成のために死んだ清正を酷く恨んだ。
この先左近が三成を幸せにするたびに清正は三成の背中を叩くのだ。

「すまん、辛気臭い話をしたな」
「いえ、話して頂き嬉しいですよ。」
「左近」
「はい」
「俺は、自分で思っているより弱い人間のようだ」

三成はゆっくり目を開くと
左近を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「だから俺にはお前が必要なのだ、左近…頼りにしている。」

これはこの主人の口癖のようなものだ。
左近はいつもの調子で返そうとしたが、三成の言葉に遮られた。

「左近も俺を頼ってくれ、信じてくれ、俺は左近のためなら何でもしてやろう」

三成なりの愛の告白なのだろう。
左近の心臓は歳柄もなく、ドキリと鼓動を打つと
身体の芯を熱くさせた。
そのまま身を屈め、そっと三成の額に唇を落とすと目を細め「俺には勿体無いお方です」と
呟いた。








この愛しい人は
時代を駆け抜け、時代に殺された男を愛した未亡人だ。
いずれ壊れゆく心を、何度でも何度でも
繋ぎ合わせて差し上げたい。







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清三前提のさこみつ?
三成は左近と清正二人の男を
愛しているとたまりませんね。

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