一次創作 | ナノ





「あ、あのさ、今日バイト終わったらご飯行かない?」


バイト先の同僚、彼の名前くんからのいきなりのお誘い。レジ係のわたしの後ろを通りかかったときに、こっそり言われた。

「え、今日…は、大丈夫、だけど」
「よし、じゃあ決まりね。終わったら出口んとこで」

必要なことだけ言って、自分の仕事に戻る彼の名前くん。同じくらいにここでバイト始めて、顔を合わせることも多いけど連絡先なんかは知らないし、仲が良いかと言われれば微妙だと思う。
どうしよう、咄嗟にOKしてしまったけど、学校も違うし共通の話題もない。何を話そう。そんなことばかり考えていたらお客さんに変な顔をされた。



15分休憩。頭を切り替えようと休憩室で持参した飲み物を飲んでいると、後輩の川井くんが入ってきて挨拶してくれる。

「お疲れ様です。今日混んでますか?」
「お疲れ。今日はまあまあかなー。川井くんこれからなの大変だね」
「遅くの方が時給いいんで敢えてです。みょうじさん、今日はもう上がりですか?」
「まだ。でもあと2時間やったら終わりだよ」

彼の名前くんに比べて、川井くんのほうが話しやすくて、会話もスムーズにできる。それはきっと川井くんが年下で、わたしに懐いてくれて、気さくに話しかけてくれるからなのだけど。
もうすぐ休憩も終わりの時間なので、立ち上がりロッカーに飲み物をしまう。そこで、川井くんがすぐ後ろに立っていることに気づいた。

「…みょうじさん、今度ご飯行きません?」

川井くんのことを怖いと思ったことはなかったけれど、距離の近さとか、さっきまでと違う声のトーンとか、なんとなく、驚いてしまって。

「あ、…あー、いいね、またみんなで…」
「みんなじゃなくて、っ」

バン、後ろから覆いかぶさる形で川井くんの手が眼前のロッカーをつく。これ、わたしは逆向きだけどいわゆる壁ドン、って体制…!

「ねぇ、ちょっとは俺のこと意識してよ。
…なまえさん」

後ろから、低い男の人、の声。
こんな漫画みたいなこと、普通はときめくところなんだろうけど、実際体験すると少し怖い…!


「…ねーなまえちゃんもう休憩あがりなんだけど。」

川井くんのさらに後ろから、もっと低い声が聞こえて、川井くんも慌てて体を離す。振り返ると、休憩室の入り口に彼の名前くんが立っていた。

「川井さ、時間とか場所とか、…あと相手の気持ちとか、考えて行動しろよ」

川井くんはわたしの方を見ると、ハッとしたような顔をして
「すみません、でした」
と言うと気まずそうに店の方へ出て行った。

「あ、あの、彼の名前くん…ありがと、」
「なまえちゃん、すげー震えてる。…早く気付いてやれなくて、ごめん」

彼の名前くんに言われてはじめて自分が思ってたより怖がっていたことに気づいて、でも安心したら少しだけ涙が出た。

「俺、代わりに店出てるから、落ち着くまで休んでていいから。
…あとさっき言ってたやつも、今日は無しにしよう」

わたしが何か言う前に、さっと戻ってしまった彼の名前くん。
結局その後店に出たけれど、川井くんとも彼の名前くんとも話す機会はなく、しかも店長に体調が悪いと思われてシフトの時間より少しだけ早くあがらせてもらった。






「…うそ、今日無しにしようって…
ごめん、待ってないと思った。寒いのに、ごめん」
バイト先の出口で、先にあがったわたしを見つけて慌てて駆け寄ってきてくれた彼の名前くん。

「いいの、今日ご飯は無しでも…お礼、言いたかったから。さっきはありがとう」
連絡先も知らないから、次にシフトが同じ日までお礼も言えない。それは嫌だった。
すると彼の名前くんは、暫く顔を背けて言葉を選んだあと、真っ直ぐわたしの方を見て、

「いや、あの…さすがに好きな子があんなふうに迫られてたら、怒るってゆうか、止めるし…

と、とりあえず連絡先教えてくれない?」

連絡先。怒る。…好きな子。

「え、え?す…、!?」

彼の名前くんの言葉を理解すると同時に、顔まで熱くなったわたしと、耳まで赤くなった彼の名前くん。

「…!やっぱ、今日飯行こ!川井に負けてらんないし。駅前の店でいい?」
「えっ、う、うん!」

照れとか動揺を隠すように、早口で喋るとわたしの手を取って歩き出した。


ご飯を食べながら、少しずつ慣れた会話とか、新しく登録された連絡先とか。後日川井くんからも謝罪とともに気持ちを伝えられることとか、数日間でのあまりの展開に自分の気持ちが整理できないこととか。

たくさん悩んだけれど、きっと少しずつ、お互いのことを知っていくのが楽しくて、これがきっと好きっていう気持ちなんだろうな。




人生最大のモテ期


「…もしもし?
あのね、あの日の返事、してもいい?」



END

後輩くんも結構好きです。笑
感想などありましたら拍手等でお願いしますm(_ _)m
2017.01.16 emu
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