一次創作 | ナノ





ここの所忙しそうだった彼が、有休を取って旅行に連れて行ってくれることになった。私だって働いているし割り勘にしよう、と提案したのだが彼は頑なに譲らず、結局全て彼の名前が旅行代を出してくれることに。対等じゃなくて嫌だと文句を言えば「バレンタインのお返しなんだからお前が金出したら意味ねーの」と返された。え、バレンタインのお返しって、ホワイトデーってこと?3月はとっくに過ぎているのに。思わず笑うと、丸めた旅行ガイドで頭を小突かれた。てっきり忘れていると思っていて、私も気にしてなかったのに、覚えててくれたんだ。嬉しい。



彼の運転で着いたのは、いかにも老舗、って感じの温泉旅館。部屋に通されると思っていたよりずっと広くて驚いた。
「凄っ……、大丈夫なの、絶対高いでしょココ!」
「…お前、これでも俺ちゃんと稼いでんだかんね?こんくらい平気。つか本当は露天風呂付きの部屋予約しようとしたんだけど、埋まってて無理だった」
「そ、れは…、ちょっと気になるけど、この部屋で充分だよ…。彼の名前、ありがとね」
「ん」
長時間の運転で流石に疲れたのか、彼の名前はお茶を飲んでから横になり始めた。
「悪い、ちょっとだけ寝かして。30分したら起こして。そしたらそのへん観光行こ」
「うん。わかった」
肩を揉んであげたかったけど、すぐに寝息が聞こえ始めたので止めておいた。仕事も残業が多く、一緒の部屋に住んでいても共有できる時間は少ない。長い時間運転させて、こんなに良いところに連れて来てもらって。嬉しさと申し訳なさが入り混じる。普段より少し幼く見える寝顔を見て、とりあえず今は休ませてあげたいと思った。


「は、もう夕方じゃん…起こしてって言ったのに、なんで、」
小さな音量でローカル番組を観ていた私に、目が覚めたらしい彼の名前が言う。起こすと約束した時間からは大分過ぎて、あと1時間もしないうちに夕食だ。
「ごめんなんか私も寝ちゃってたんだよね。さっき目が覚めて、気付いたらこんな時間だったし彼の名前もまだ寝てるし、観光は明日でもいいかなって。それよりお風呂、行かないと!」
準備しておいた浴衣とタオルを渡すと腑に落ちないような顔で私を見た。
「……悪かったよ。明日、そのへん周ってから帰ろうな」
納得してくれてよかった。彼の手を引いて大浴場へと向かう。
大きいお風呂で癒されて、部屋に戻って美味しい料理を食べて。珍しく二人とも少しだけお酒を飲みながら、互いの職場のこと、出会った頃の思い出話、久しぶりにたくさん語り合った。
「こーゆういいトコの料理食うと思うけどさ、やっぱお前の料理も負けねーくらい美味いよな」
ほんのり顔を赤くした彼の名前がそんなことを言うもんだから、嬉しさと気恥ずかしさでこっちまで赤くなる。素直な彼の名前が見れるなら、たまには家でも晩酌してもいいかも。
一通り堪能してからお膳を下げてもらって、静かになった部屋で彼の名前が煙草に火をつける。見慣れた光景だが、今日の彼の名前は浴衣姿だ。少し緩んだ合わせ目から覗く鎖骨が色っぽい。
「…何、そんな目で見て」
「み、てないよ、別に」
「ウソつけ。やらしー目してた。
なあ、なまえ」
吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて、彼の名前が私の目の前に移動してくる。正面から見られて、キス、される?なんて思ったけれど。

「…なんかさ、今日、改めてって感じだけど、
俺にはお前しかいないな、って思った」

「へ、?」
いきなりの言葉が飲み込めず素っ頓狂な声が漏れる。それで我に帰ったのか顔を赤くした彼の名前が頭を掻きむしった。
「何だよその反応…、人が折角、」
「ごめん、だって彼の名前がそんなこと言うなんて、」
「お前俺を何だと思ってんの?
…いや、普段からあんま思ってること言わねー俺が悪いのか…」
彼は一人で考え込みながら難しい顔をしたり目を泳がせたりして、意を決したように口を開いた。
「いつもさ、なまえだって働いてんのに家の事とか殆どやってくれたりして、俺の好きなモン作ってくれたり。だからたまにはこうやって旅行とかでお前の事喜ばせたい、って思ってたけど結局俺寝ちまって退屈な思いさせちまったし、しかも自分も寝てたから平気、なんて嘘まで吐かせて。…申し訳ないし、情けないなって思うけど、それでもなまえが俺の彼女でいてくれんのが、嬉しくて。なんか当たり前みたいになってるけど、本当はすげー普段から感謝してて、まあ俺こんなんだしいつもなんも言えねーんだけど、……って、あー、何言ってっかわかんねー、」
私が本当は起きていたこと、気付いていたんだ。苦笑いする彼は何だか可愛くて、思わず笑ってしまう。
「…彼の名前がこんなに長く喋ってんの、初めて聞いたかも」
「は、あ!?何だよそれ、馬鹿にしてんだろ!」
「してないよっ、ちょっ、脇腹は、ダメだって!」
耳まで赤くした彼の名前に、脇腹を擽られて盛大に笑う。敷いてあった布団に包まって、じゃれ合って、彼の名前も声を出して笑っていて。
ね、私も照れ臭くてうまく言えないんだけど、貴方が頑張って言ってくれた気持ち、ちゃんと伝わっているよ。私にも彼の名前しかいないって、思っているよ。
気付けばはだけた互いの浴衣、ふわふわの布団の上。涙目の私と、優しい表情の彼。見つめ合った私たちは、どちらからともなく唇を重ねた。
「ん、っ……、ぁ、」
「っ、は……、なんか、いつも思うけど…、なまえ、甘いよな」
「え……?」
「言ったじゃん、俺、甘いの嫌いじゃないって」
「は、何言って、ちょっと、あっ!」
普段の彼の名前からは想像できないような、支離滅裂で、そして甘い言葉。
「好きだよ、なまえ。愛してる」
彼が相当お酒に強いことを私は知っている。
もし私が甘いならば、彼のキスは苦い。
煙草の味を感じながら、幸せな時間へと二人落ちていった。



ワンズラブ・ホワイトデー
(最高のお返しは、照れ屋な貴方の精一杯の気持ち!)



END


裏の予定だったのですが、書けなかったのですごめんなさい〜(>_<)やっぱり裏は変態彼氏くんの専門なのかもしれません…笑
このシャイな彼氏くんも密かに気に入ってます!
素敵な感想とリクエスト、ありがとうございました!
2017.06.01 emu
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