「僕の転生誘導のスキル『奇死改生チェンジザワールド』は、発動条件を満たした人間をこっちに転生させるスキルなんだ。
忘れたくない記憶を3つだけ頭に残し、それ以外を全て捨て、きみは新しい人生を生きる事になる。
強くてニューゲームな感じで、赤ん坊からのスタートだ。
何か困った事があれば僕の名前を呼ぶといい。秒で君のところに行って助けてあげるから」



目が覚める直前、安心院さんみたいな女の子の声が聞こえた。
居眠りから飛び起きるように、ハッと意識が覚醒する。
立ちながら眠っていたようだ。
今は全校集会だろうか? 高校生達が整列し、私もその中にいる。
どうして私はここに? 顔を上げれば、視線の先、一番奥の大きなモニターに“めだかボックス”のめだかちゃんが映っていた。
目ん玉が飛び出るかと思った。

「世界は平凡か? 未来は退屈か? 現実は適当か?
安心しろ。それでも生きることは劇的だ!」

凜とした声がマイクを通し、体育館全体に響き渡る。
ドクンドクンドクン、と興奮で心臓が早鐘を打つ。
私、“めだかボックス”の世界にいるんだ……!!

「そんなわけで本日より、この私が貴様達の生徒会長だ。
学業・恋愛・家庭・労働・私生活に至るまで、悩みごとがあれば迷わず目安箱に投書するがよい。
24時間365日、私は誰からの相談でも受け付ける!!」

夢を見てるみたいだ。実際、現実感は全くない。
キョロキョロと周りは見れるけど、めだかちゃんの声や音という音が聞こえるけど、幽霊みたいに体の感覚が無い。VRのゲームをしているみたいだ。
視線を落として手をわずかに上げてグーパーしてみる。
思った通りに動くけど、他人を操作しているみたいな奇妙な感覚。
でもこれは自分の身体だ。不思議と断言できた。
あと断言できることがもうひとつ。
私は安心院さんのスキルで“めだかボックス”の世界に転生した。夢みたいな状況だけどこれは夢じゃない。
ありがとう安心院さん!!
にやぁっと口角が上がりそうだ。顔の感覚感じないけど、絶対今の自分は満面の笑みだ。
一番大好きな漫画の世界に転生するだなんて人生何百回分の幸運を使ってしまったんだろう。
今ひとりだったら、周りに誰もいなかったら、声を出して喝采を上げていた。
物語にガッツリ絡む事はできないだろうから、遠くでモブとして善吉達を応援しようっと。めちゃくちゃガン見しようっと。
……とは言っても、赤ん坊からのスタートって安心院さんが言ってたよね?
なんで高校生からなんだろう。なんで原作開始から?
この場所にいる前の事を思い出そうとしても思い出せない。
名字と名前も頭に浮かばないし、住んでる所も家族の名前も顔も全て忘れてしまったようだ。ビックリするぐらい全然思い出せない。
転生した代償かな。まぁいいか。大事なのは今! これから先の未来だ!!
五感で働いているのが視覚と聴覚だけしかないけど、これもまぁ仕方ない。
漫画の世界に転生したんだから、それぐらいの代償は払わねば。
ご飯とトイレはどうするべきか……感覚無いけど空腹等を放置したままでいたらヤバそうだから適度に食べたりトイレ行ったりしたほうが良さそうだ。

自分の服装を確認する。
制服は白。 生徒そのイチか。
……ってちょっと待て。生徒のひとりとして私はここにいるんだよね?
もしかしたらすごいヤバイかもしれない。
名前とか交友関係とか今住んでる所とか、全然分からないんだけど! これからどう生活すれば!?
ドッと冷や汗が出るような気持ちになった。

内心オロオロしてたら全校集会が終わってしまい、クラスメイト達が教室へと帰っていく。
せめて自分の所属するクラスは確認しておかないと! 慌てて後を追いかける。
緊張して心臓が破れそうだ。心臓の鼓動も感じないけど!

行き着いた先は1-1で、泣きそうになるほどホッとした。
あああ良かった! 善吉と同じクラスだ!!
確かこの後は休み時間のはずだ。1話で半袖ちゃんと善吉が話してた。
きびすを返し、全速力でその場を後にした。


 □■□■□■□


人のいない場所を探し、校舎の奥まで来てしまった。
名札とか所持品とか、自分が何者か証明できるものはあるだろうか?
手は自由に動かせるのに手の感覚が無いからすごい探しづらい。
ごそごそと衣擦れの音だけ聞こえて、手帳とコンパクトミラーが落ちた。
屈んで拾い上げ、生徒手帳を開けば学生証も挟んである。
人吉 善実 ひとよし よしみ ” その名前に固まった。

同じ名字のクラスメイトかな?
と思ったけど、コンパクトミラーを開いてさらに驚いた。
髪は金色のボブで、善吉ちゃんを女の子にしたみたいな容姿で、頭を思いきり殴られたような衝撃を受けた。膝から崩れ落ちる。
双子のきょうだいとかマジかよ……!
……あーんしーんいーんさーん! !
球磨川禊に封印されてなかったら安心院さんを今すぐ呼び出したい!!

廊下に膝をついたままの絵面に、自分の中にいる冷静な自分が「こんな所で何やってるの」とツッコミを入れる。
すっくと立ち上がり、スカートをパパッと払う。
誰にも見られてないよね? 周囲を確認すれば、奥のほうでデッカイ人─────日之影空洞がいてギクリとした。
心配するような顔で遠巻きにこちらを伺っていて、爆発してしまいそうな羞恥心に襲われる。
大丈夫です大丈夫です私は大丈夫です!!と全身を使ってジェスチャーを送り、無理やりニコッと笑んで退散した。

あああああ恥ずかしい!! どこでもいいから穴があったら入りたい!!と内心叫びながら廊下を進む。
と、同時に、これからどうしようかな……という途方に暮れた気持ちも湧き上がってきた。
人吉善実、か。
よくよく考えれば、生徒そのイチよりも善吉のきょうだいでまだ良かったと思う。
ただのモブなら絶対に頼れる人はいなかった。
でもこっちはこっちで困難だなぁ。だってめだかちゃんの生徒会長新任挨拶以前の事も思い出せないんだもの。
赤ん坊からのスタートと言った安心院さんの言葉を信じるなら、生まれてから今までの人生があったはずだ。それもきれいサッパリ忘れてしまったのか。
善吉達に不審に思われるだろうな……。

「……ま! いっか!!
不審に思われたら正直に話そう!!」

心に決めたらスッキリした。
さっきとは違った晴れやかな気持ちで教室に戻る。善吉はいるかな。
クラスメイト達が談笑する中、半袖ちゃんがもっきゅもっきゅとパンを食べてる。
思っていたよりもずっと小柄だ! ほっぺがぷにぷにですごい可愛い!!
食べてる大きいパンはとても美味しそうに見えた。
半袖ちゃんかわいいなぁ半袖ちゃん。
デレッとしながら見つめていれば目が合った。
途端、半袖ちゃんは食べようと開いた口を閉じ、ぷいって目をそらした。
そして何事も無かったように食事を再開する。
善吉の友達なら私も親しくしてると思うんだけど。
他人みたいにそっけないのはどうしてなんだろう?
浮かんだ疑問に足が動かされ、私の視界は半袖ちゃんに向かって動いていく。

「ヤッホー」

接近して普通に声をかければ半袖ちゃんはギョッとした顔でこちらを見た。
大嫌いなものを罰ゲームで無理に食べたような表情が、パッと明るい笑みになる。

「あれー? 人吉の妹ジャン。
人吉ならさっきお嬢様が連れていったよ」
「ありがと」

めだかちゃんの所か。脱いだりあれやこれやしてる場面だろう。
必要だ、っていう場面は絶対見ておきたい。
見ておきたいけど、それよりも。人吉の妹かぁ。
以前の私は何やってたんだろう。全然半袖ちゃんと親しくないじゃん。

「ねぇ半袖ちゃん。私の事は名前で呼んでくれないかな?」

半袖ちゃんは笑顔で固まった。
かける言葉を間違えたかもしれない。冷や汗が出たような気がした。
彼女は手を伸ばし、私の頬をむぎゅっと掴む。
痛みは感じないけど多分わし掴みされてる。

「半袖ちゃん?」

手をパッと離し、半袖ちゃんはもきゅもきゅ食べ始める。

「ごめんねー。
なんかアンタの頬が寂しそうにしてたからさー☆」
「寂しそう?」

突拍子なくて首を傾げれば、ガラッと扉が開く音が聞こえた。

「おお! やはり善実はここにいたぞ善吉!」

入ってきたのは喜色満面のめだかちゃんと善吉だった。
今から剣道部に行くところなのか、めだかちゃんは腰に胴着を巻いている。
彼女の後ろにいた善吉はひょっこり顔を出してこっちを見るなり、わずかに眉を潜ませた。
目が合えば善吉はズカズカと近づいて来る。

「おい善実。さっきまでお前どこに行ってたんだ?
めちゃくちゃ速く走っていきやがって」

さっきの……教室確認後の一時撤退の事だよね?
嘘ついて誤魔化さなければ。

「トイレだよ。
善吉は生徒会室行ってたの?」

笑みを浮かべて答えれば善吉もめだかちゃんも顔をわずかに曇らせた。
ヤバイな……また返答を間違えたかもしれない。

「あ」

突然、半袖ちゃんが声を上げた。

「そーいえば今思い出したけど、あたし、お嬢様と人吉に相談する事あったんだった。
すぐ終わるから、善実はこれ食べて待っててよ」

未開封のパンをポイッと渡された。
めだかちゃんは笑顔で扇子をパンと開く。

「ああそうだった。
そう言えば不知火の相談を後回しにしていたな」

善吉が『え? 相談なんかあったか?』みたいな顔をしたから、嘘なんだろうなぁと思った。
私は言われた通りにパンを食べて待ってよう。袋をビリリと破る。

「めだかちゃんが誰かの相談を後回しにするのって珍しいね。行ってらっしゃーい。
……ああそう言えば、私の席ってどこだっけ? ド忘れしちゃって」

頭を心配される事を言ったのに、めだかちゃんは笑顔で教えてくれた。
みんなを見送ってから自分の席に座り、パンを両手に持って口を開いて食べるのを意識する。
意識すれば食べれるようだ。手に持つパンが段々と減っていく。
味がしない。食べてる実感が湧かない。
仕方ないか。
だってここは漫画の世界なんだから。


 □■□■□■□


その後、半袖ちゃんとの話し合いを終わっためだかちゃんと善吉が戻ってきて、私は二人と一緒に剣道場へ行った。
大きくて立派な建物だ。
めだかちゃんは臆する事なく大きな音を立てて扉を開ける。
たばこの煙がむわっと満ち、ごみが転がり、不良達がたむろってる。
門司先輩がケンカを売り、それをめだかちゃんは涼しく笑んで受け流す。
漫画の通りの光景だ。
無刀取りや、不良達に囲まれるのは漫画通り。
知ってると怖くない。まるで遊園地のヒーローショーだ。
善吉は私の前に庇い出て、妹を守るお兄ちゃんとしての背中は漫画よりも頼もしい。
あんまり前が見えない。ひょっこり顔を出せばたくさんいるめだかちゃんが不良達からタバコを奪取しているところだった。
あっという間に駆け抜ければ一人に戻っていて、不良達は忍法!?と恐れおののいている。
その後は知っての通り、上から目線性善説。
めだかちゃんのシゴキが炸裂したのだった。

翌日の昼。
学食で善吉と半袖ちゃんとご飯タイムだ。
ボロボロの善吉に半袖ちゃんは呆れ、善吉はブスッとした不満顔でご飯をひょいパク食べていく。
善吉が愚痴をこぼす中、私はハンバーガーを完食する。
私と善吉の後ろには日向君が座ってる。
背を向けてるから見えないけど、剣呑とした顔で聞き耳を立てている事だろう。

「ごちそうさまです」
「……それだけでいいのか?
朝も全然食べてなかったじゃねーか。
食べないと元気出ないぜ?」
「いつもはそれの3倍は食べるのにねー」

私はよく食べる人間なのか。
もっしゅもっしゅと食べる半袖ちゃんの言葉に以前の自分の情報を知る。
その通りにするべきだけど、今の昼食の3倍食べなければいけないなんて想像しただけでゲンナリする。
食事の時間も、食べる行為そのものも憂鬱だった。

「燃費がよくなったみたい。
あんま食べなくてもバリバリ動けるよ。
それじゃあまた後で道場でね」
「お、おう」

めだかちゃんは道場かな。
あんな汚い廃墟みたいなところをひとりで掃除させるのは気が引けて、ジャージに着替えてから、近くの自販機でお茶を買ってから道場にいく。
物という物をどかした道場の中、掃除の装いに身を包んだめだかちゃんが天井に貼り付いて拭き掃除をしている。

「めだかちゃん!?」

さすがの私も驚いた。
ぴたりと止まっためだかちゃんは、「稽古開始の時刻よりも早いな! 私に茶の差し入れか?」と満面の笑みでふわっと降りた。着地の音がしない。女神かな。

「それもあるんだけど、メインは道場の掃除だよ。
私は天井無理だから他のところ掃除するね」

掃いてくれたのか、天井も床もこびりついた汚れしかない。
めだかちゃんにお茶を渡した後、雑巾をひとつを手にとった。

「……貴様はいつも私を助けてくれるな」
「え? そうなの?」

『いつも』と言われているほど私はめだかちゃんを助けてるのか。
そりゃ助けるか。だってめだかちゃんの事好きだから。
今までの人生を忘れてしまっているけど、助けになりたいと思ったらその都度私は動いているんだろう。

めだかちゃんは嬉しそうに笑い、お茶を飲んでから掃除を再開させる。
私も猛スピードで端から端までピカピカにした。

漫画の通り、善吉がやって来たのは稽古開始の時刻を過ぎてからだ。

「なッ! 何ィィ!?」

入ってきた善吉は驚き顔で硬直していた。
掃除用具を片付けためだかちゃんと一緒に前に出る。

「遅いぞ善吉」
「やっと来たね」
「稽古開始の時刻はとうに過ぎておる。
遅れた分、帰りが倍は遅くなると心得よ!」

驚き顔の善吉は、気まずそうに頭をかいた。

「なんだ……お前達で掃除したのかよ……。
昨日まで廃墟同然だったハズなのに……」
「清めなければ稽古できないだろう。
しかし連中も遅いな。最近は時間にルーズな者ばかりだ」
「おっ遅いも何もくるわけねーだろうが! 道場掃除すりゃ連中が心開くとでも思ったのか!?」

善吉は呆れ顔で大きくため息を吐いた。

「大体、お前なんでここまでしてんだよ。
まぉ善実のほうは手伝ってやりたいとかそんなんだろうが。
あんな連中、お前にとっちゃ見知らぬ他人だろ?」
「愚問だな。私は見知らぬ他人の役に立つため生まれてきた」

割烹着をバッと脱ぎ、めだかちゃんは当然のように言った。
そこから先は漫画通りのやり取りだ。
めだかちゃんは不良達の名前を一人ひとり言うが、顔と名前が一致しない。
唯一知っているのはリーダーの門司先輩くらいだ。
次に顔を合わせた時は名前を聞きたいな。

めだかちゃんに言い負かされた善吉は道場を出て行こうとするが、胴着を着た不良達がやって来た。
顔つきが全然違う。めだかちゃんに一矢報いてやろうと目をギラギラさせている。
めだかちゃんが素振り一万回を言い渡している時、善吉は怒りに拳を握って剣道場を出て行った。
この後、善吉は日向君に後ろから殴られる。包帯を巻くほどの流血沙汰だ。
善吉がああなるのはなんだかすごく嫌だった。
1話を読んだ時も痛々しくて「うわぁ……」って声出たからね。
これが自分の好きな夢小説なら、主人公は原作改変する為に動くだろう。大好きなキャラが怪我をしないように。
だけど私は無理だ。そんなふうに行動できない。改変できない。
だって頭の中で声がする。

「改変は絶対にしない」
「私の知ってる『めだかボックス』じゃなくなったら私は死ぬ」


子供の声が、頭の中で。
まるで呪いみたいに甦る。

役員募集会で演説する為、めだかちゃんはみんなに自主練を言いつけて剣道場を後にした。
私も散歩と称してどこかに行こうかな。
女子がいたら日向君が暴れられないだろうし。
善吉のワンパンは見たいからそれまでには戻ろうかな。
あれだけは見たい。絶対見たい。必ず見なければ。
剣道場を出ようという考えは頭にあるんだけど、どうしても私の視線は先輩達に釘付けになったままだ。
やっぱり顔つきが違う。纏う空気とか雰囲気とか全部。
昨日よりずっと良い。かっこいいなぁと思ってしまう。
めだかちゃんと関わると良いふうに変わっていくんだろう。
門司先輩はエンドレスで続けてた素振りを止めて睨んできた。

「さっきからずっと見てんじゃねぇよ気が散る!
なんだ手前ェは!! ちゃんとやってるかどうかの見張りか何かか!?」

触発されたように他の先輩達も荒ぶった空気を放つ。気が短いなぁ。

「いいえ。私はただ見てるだけです。
先輩達昨日と全然違うなぁって思ったんです。
昨日はゴリゴリの不良だったのに、今は剣の道を極める剣士みたいに凛としててすごくカッコいいなぁって思ったんです。
稽古の邪魔してごめんなさい。しばらく席を外してますね」

一礼してからササッと逃げる。
今は善吉を探しにいこうかな。


 □■□■□■□


結局、校舎内をウロウロしたけど善吉にもめだかちゃんにも会えなかった。
かなりの時間さまよい続け、冷や汗がドッと出たように思う。
窓の外は夕暮れに染まり、慌てて窓を開け放つ。
木々が風でざぁざぁ吹かれているのに、髪がさわさわ揺れているのが視界に入っているのに、全てがただの映像だった。
きっと私は今呼吸しているだろうけど、それが深呼吸なのか浅い呼吸なのかも分からない。
きっと私は冬の鋭い寒さも夏の厳しい暑さも感じない。死ぬまで四季を感じない。目を閉じれば音だけだ。
これは転生させてもらった代償だ。
それを理解しているのに、どうして私はショックを受けてるんだろう。
きっとこれが、漫画の世界に転生するって事なんだろう。
慣れるまではしんどいけど、めだかちゃん達がいればきっと大丈夫だ。

遠くで小さく、潰れたカエルのような絶叫が聞こえた。
何か取り返しのつかない事をしてしまったような気がする。

「これは絶対見逃したパターンだ!!」

全速力で走り、走り、走り、剣道場に戻る。
スパーン!!と扉を開ければ、めだかちゃんと善吉とボロボロの先輩達の姿が目に飛び込んできて。
間に合わなかった事に絶望して、ガクッとその場で膝をついてしまった。
善吉が血相を変えて走り寄る。

「大丈夫かッ!?
アイツに何かされたか!?」

見たかったものが見れなかった絶望がこれほど深いとは!
立ち上がる気力が湧かなかった。

「善吉のワンパンが見たかったよぉぉおおおおお……!!」

打ちひしがれる中、私に向けられる眼差しはどれも不審者を見る薄情なものだった。

それから数日後。
剣道場に顔を覗かせれば、剣道部として活動する先輩方がいた。
部長みたいな顔してみんなを指導するのは日向君で、初めてまともに顔を見たような気がする。
善吉を殴った罪悪感が少しでもあるのか、妹の私には気まずそうな表情で目を反らした。

「よぉ」

稽古を抜けて門司先輩がやってくる。

「お疲れさまです。
剣道部って感じですね」
「まぁな」

ヘッと強気に笑い、私もつられて笑みを返す。
あ。そう言えば。

「私、1年の人吉善実です。
門司先輩の名前を教えてください!」
「マヒビだ。門司真罅」
「真罅先輩ですね!」

やっと呼べた。まさか名前が分かっただけで嬉しくなれるなんて。
他の先輩達の名前も引き続き聞こうかな。
真罅先輩は照れくさそうに頬をかく。

「……見たかったら好きなだけ見ろよ。
気が散るなんて思わねぇからよ」
「押忍!! ありがとうございます!!」
「なんだそりゃ」

善吉のワンパンは見れなかったけど、満足のいく2話だった。

見たかったものが見れなかった絶望はもう味わいたくない。
見逃さないように、私はめだかちゃん達のそばにいよう。
そばにいたいと、そう心に決めた5月某日だった。


 □■□■□■□


善吉と一緒に生徒会室へ行けば、花瓶に花が一輪飾ってあった。

「何だこの花?」
「うむ。
これから生徒会業務を行う上での指針としてな、案件をひとつ解決するごとに花を一輪飾ろうと考えた。
とりあえず二輪だ」
「は。女の子らしいとこもあるじゃねーかよ。
失敗した時はどうすんだ? 枯らすのか?」
「失敗などしない。しても数えない。
いつか見渡す限り一面に花を咲かせるのが、私の夢だ!」

その後のやり取りを私はよく知っている。
ジャンプと1巻で数え切れないくらい読んだから。

ふたりの会話を離れたところでニコニコしながら眺めていれば、いきなり善吉がこっち見た。

「おい善実! 俺だけじゃなくてお前も腕に巻いてるやつ1個もらえよ!!
いつも『私はめだかちゃんを助けたい』って言ってただろーが!!」
「え? 私っていつもそんな事言ってたの?」
「ああそうだぜ。
『善吉くんはめだかちゃんを守ってね。私はめだかちゃんを助けるから』ってな」

そんな事を私が。
て言うか以前の私は善吉を『善吉くん』と呼んでいたのか!

「善吉だけではない。
私には善美も必要だ。そばにいてほしいのだ」

心を込めた願いにドキッとする。
一生そばにいたいなと思ってしまった。

「もちろんだよめだかちゃん!
私だってめだかちゃんのそばにいたいって思ってるよ!!
善吉は?」
「……イエスだ。
俺がこの箱庭学園をお花畑にしてやるよ!!」

凛とした顔がふにゃっと柔らかくなり、めだかちゃんはガバッと抱きついてきた。

「ありがとぉっ!!」

なんちゅー声出すんだこの子はー!!!
血を吐くほど悶えるほどかわいかった。

めだかちゃんの事好きだったけど、このハグでもっともっと好きになった。
抱きしめてもらった感覚は感じなかったけど。

その後、めだかちゃんは善吉に庶務の肩書きを言い渡し、私には会計を任命しようとした。

「会計!? 私が!?」
「嫌か? それなら書記でどうだ」
「しょ、書記も私にはー!!」

それは高貴君ともがなちゃんのポジションだ! 私がその椅子に座るわけにはいかない!!

「なんで俺より善実のが上なんだよ」
「この前の実績を評価してだ。
善実は剣道場の掃除を手伝ってくれた。
凄まじいスピードで汚れを取り除いてくれたんだ」
「お前が?」

半信半疑の眼差し。コイツいちミリも信じてねぇ……!!

「めだかちゃんが良い掃除道具を用意してくれていたからね。
生徒会室の掃除は私に任せて!!」

自分で言って、ピーンと名案が閃いた。

「よし! 私は目安箱の投書の解決手伝い員兼掃除担当で頑張るよ!!」
「どうしてだ? なんか役職貰っとけばいいじゃねーか」
「イヤだよ。
これから先、相応しい人が役職につくんだから」

善吉は『そんなヤツいるかぁ?』と言いたげな目をする。

「いるよ! めだかちゃんを助けてくれる人が仲間入りするんだから!
私のおでこには第三の眼があってね、予知能力が備わってるの!!」
「へーへー。
ダイサンノメですかー」

善吉の大きな手があたしの額に。
バチンとデコピンされた。

「痛ッてーーーーー!!
なんだお前そのデコは!! 岩みたいに堅いじゃねーーーーか!!」
「岩みたいって失礼な!!
私にも柔らかいところはあるよ! 多分!!
ほっぺとか二の腕とか!! ほら触ってみなよ!!」
「バッ! 来んなこっち来んな!!」

ギャイギャイじゃれあっていたら、めだかちゃんが楽しそうに笑っていた。

「貴様達は本当に仲の良い姉弟だな」
「え? 私がお姉ちゃんなの?」
「いいや。俺が先に生まれたってお母さんは言ってたぜ。
だからお前はずっと俺の妹だ」

頼もしくニッと笑う。
すごくお兄ちゃんしている善吉の顔は漫画よりもかっこよかった。


 □■□■□■□■□■□■□

『きみは普通の女の子だ』『だけど僕を好きだなんて』『きみはちっとも普通なんかじゃないぜ』※タイトル

第1箱/ ああ、これがはじまりの日
第2箱/ 陽色の髪しているな
から
第191箱/ おあいこ
第192箱/『これでおわりだなんて言わさないぜ。さいごの日は、キミがしわしわのおばあちゃんになってから訪れるんだ。幸せと七難に満ちた道を共に歩こう』「うん」
の、全192話で書きたいなと妄想しました。
飛翔物語が完結して、やらなければいけないやりたい事をやった後、連載したいなと思います。

 
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