19話(後編)


スザクはどこかに電話をかけた。
バッと飛びつき、携帯に耳を当てる。
相手はきっと“あたし”だ。

呼び出し音が聞こえず、繋がらない。
スザクは画面を操作して、次に別のところにかけた。
生身ではできない体勢で携帯にくっつく。
呼び出し音が聞こえた。

「ルルーシュ、ソラのことはシャーリー達に話さないでほしい」

感情を押し殺したスザクの声に、ルルーシュは固い表情で頷いた。
呼び出し音が数回聞こえ、相手が出る。

「『スザク君!
さっき先生に、学園地区で暴動が発生したって聞いたんだけど! 大丈夫!?』」
「セシルさん、大丈夫です。
アーニャが生徒会長の卒業イベントをモルドレッドで参加して」
「『え? 学校のイベントに……?』」
「こっちにはジノもいます、だから」
「『そ、それなら安心ね』」
「それよりセシルさん、聞きたいことが。
ソラは帰ってますか?」

ハート型の携帯を両手に持つアーニャと、「スーザクぅー」と脳天気な笑顔で呼ぶジノが、ふたり仲良くこちらに来た。
それにスザクは気づかない。

「『ソラちゃん?
いいえ、まだよ』」
「ありがとうございます。
帰って来たら僕に連絡ください」
「『ええ。先生にも言うわね』」

通話を終えて携帯を片付ける。
スザクの表情に、たまらなく不安になる。恐ろしくなる。

《前の……クラブハウスのあれがまた起こったの……?》

急に首が無くなったように思って、目の前が真っ暗になって、自分の中の全部がぐちゃぐちゃになったように感じる────先生が薬を出した症状だ。
近づくジノとアーニャにスザクは気づき、ホッと表情を和らげる。

「ジノ、アーニャ」

スザクの様子に異変を察知したのか、ジノから笑みが消えた。

「何かあったのか?」
「ソラが会長さんに花を贈ろうと外出した。
花束を持って花屋を出たのはおよそ3時間前」
「えっ?」「来てない……」
「携帯は不通だ。
電源を切っている」

ジノとアーニャの顔つきがサッと変わる。

「……ソラは、自分では切らない」
「花屋を出たのが3時間前? ソラなら寄り道しないでここに来るはずだ。
ローワン医師の言っていた例の発作か?」
「分からない。僕は花屋から周囲を捜す。
アーニャとジノは」
「私も捜す」
「警護隊の車を借りる。
すぐ出すから乗ってくれ」

動こうとしたジノ達を「スザク!」とルルーシュが呼び止めた。

「俺も一緒にソラを捜したい」

「どうして」とスザクは鋭く呟き、ジノはルルーシュを真顔で見つめる。
「名前呼び、なぜ?」とアーニャは疑問に目を細めた。
“あたし”はルルーシュと友達になったことをスザク達に話してないようだ。
ルルーシュは切実な顔で言う。

「友達になったんだ。
だから、俺にも手伝わせてくれ、スザク」

スザはすぐに返答しない。
ルルーシュに対する感情が内側で渦巻いているんだろう。
わずかに間を空けてから、スザクは表情を変えずに頷いた。

ジノ達が花屋の周辺、ロロとルルーシュが公園内を捜すことになった。
もしかしたら“あたし”は遅れて学園に到着するかもしれないから、その時に連絡する役をヴィレッタが請け負ってくれた。

「ラウンズ3名とルルーシュとロロで捜すのか。
……まだ3時間しか経っていない。
大げさだと思うのですが……」

確かにその通りだ。
たった3時間。それぐらいなら警察も動かない。

「私達はソラをよく知っている。
だからこそ、携帯の電源を自分で切ったり、花束を抱えたまま長時間寄り道することに違和感があるんだ」

もしこれが自分なら。
早くミレイに渡したい、シャーリー達に会いたい、そう思いながらまっすぐ学園に行く。
“ソラ・ラックライト”だってきっとそうだ。

「一刻も早く見つけなければいけない何かがソラの身に起こった……そう考えている」

脳天気な笑顔じゃない、ナイトオブスリーの顔でジノは言う。
彼女をジノは大切に思っている。心が痛んだ。

「大げさでも、なんでもいい。
ソラが無事なら」

アーニャはキッパリと言い、ナイトポリスのほうへ行く。
「すみません、ヴィレッタ先生。よろしくお願いします」と礼儀正しくスザクは言い、ジノと共に早歩きでアーニャの後に続いた。

「兄さん、僕たちも」
「ああ。行こう、ロロ」
「こっちは任せろ。ラックライトが来たらすぐに連絡する」

リヴァルに声をかけ、サイドカーを借りる。
乗ってすぐにルルーシュは……

《空はスザクのそばにずっと居てくれ。
捜索途中にどんな会話をしたか知りたい》
《えっ!? 捜しに行かなくていいの!?》
《ああ。
見つけたとしても、その情報を俺はスザクには共有できない》
《それは……そうだけど……》

憂いに満ちた表情を見て、あたしは言いたいことを全て飲み込んだ。
一刻も早く見つけたいと思うのはルルーシュも同じだ。

《……行ってくるね》

すぐに飛び立ち、ランスロットのそばにいるギルフォードを確認した後、ジノの運転する軍用車に潜り込んだ。

「例の心拍計は着けてなかったのか……」
「ああ。
数日前に故障して、先方が試験モニターを終了・返却したんだ」
「故障しなかったら、ソラは今も着けていたんだな……。
……車で一周した後、徒歩でしか行けない路地を捜そう」

深く集中した顔で携帯を素早く操作するアーニャ、仏頂面で前方を見据えるスザク、思案顔で運転するジノ────車内は物々しい雰囲気だ。
でもすごく心強い。何かトラブルがあっても安心だ。

「情報提供」

ハッキリした声でアーニャが言った。

「アリスとテオとカールから。
今日は女性は一人も救急搬送されていない」
「アリス……?」
「医療従事者の子だよな。
アーニャと仲の良い」
「捜すなら病院以外」
「ああ!
スザク。もし見つからなかったら、略取誘拐か失踪のどちらかだ」

スザクの眉間がギュッと寄った。
誘拐……マオを思い出す。

「失踪は有り得ない。
すぐに捜査を……」
「有り得ないわけじゃない。
失った記憶を思い出したソラが、自分の意思で動いている可能性もある」

笑みの無いジノの声に、スザクの顔はさらに険しくなる。

「思い出すわけが……!」
「あるかもしれない。
記憶できない脳が、覚えていられる脳に変貌したんだ。
同じような奇跡がまた起きてもおかしくない。
思い出した彼女は私達の知るソラじゃなくなってるかもな。
身を隠したり逃げたりもする」
「それこそ有り得ない。
思い出しても、ソラは僕達の知ってるソラのままだ」

ジノもアーニャも同じタイミングでスザクを横目に見る。
時間はわずか1秒、ふたりは視線を元に戻した。

「スザク、その言い方なら」
「……記憶を失う前のソラを知ってるんだな」

軍用車は走り続ける。
苦しそうに眉を寄せ、スザクは前方を凝視した。

「知っている。
ソラが知りたがっている事を僕は全て。
住んでいた場所も、友人も、大切に思っている人が誰かも」
「『顔と名前しか知らない』……そう話していたのに。大嘘つき」
「最低だな」
「そうだ。卑劣そのものだよ。
彼女の過去は隠さなければならなかった」

スザクは吐き気を堪える顔で唇を噛む。

「……皇帝陛下の御命令か?」

ジノの問いにスザクは「真実を明かさないと決めたのは僕だ」と、強く固い声で言う。

《うわぁ……絶対皇帝の命令じゃん……》

最悪な気持ちになる。
ジノもアーニャも同じ事を思ったみたいだ。そんな表情をした。
スザクは小さくため息をこぼす。

「過去を証明する品が無くても、ソラは僕の話を全て信じてしまう。
それはひどく危ういから」
「……確かにそうだな。
夫婦だという嘘も疑わずにすぐ信じそうなぐらい、目覚めたばかりのソラは真っ白だった」

アーニャは頷き、ジノは苦笑する。

「捜査するなら誘拐と失踪、その両方だな。
自分の過去を隠していたスザクへの怒りで、携帯の電源を切っているかもしれない。
時間を置いて、後でもう一回かけてみよう」

知らない街並みが続く。歩行者は少ない。
色鮮やかな花が並ぶお店を通り過ぎ、軍用車は進む。
目視で確認するのはスザク達に任せて、あたしはジノ達の会話内容をルルーシュに伝えた。

そして、聞こえてきた返答は……

《赤目がラックライトの身体に入っている可能性もあるな》
《あ! 前にシュナイゼルから逃げたみたいに?》
《ああ。ただ、赤目なら携帯の電源はそもそも切らない。
スザクが捜索しないよう、よく回る口で嘘をついているはずだ》
《赤目であってほしいけど……。
……ルルーシュのほうはどう?》
《7割捜したがまだだ。目撃情報も無し。
引き続き、スザクのそばにいてくれ》
《うん!》

広い駐車場に軍用車を停め、素早く降りたスザク達は違う方向にそれぞれ走る。
あたしはスザクを追いかけた。
怖いほど真剣な顔で薄暗い路地や狭い道を駆けていく。
こんなところに行くはずない、という怪しげな雰囲気の道も全て駆け抜け、通り道にある店の中も確認し、スザクは自分の捜索範囲を捜し終えた。
携帯が鳴り、画面を確認しないで電話に出る。

「もしもし」
「『スザク。
こっちはロロと全て回った。
聞き込みもしたけど、花束を持った子を誰も見ていない。
ヴィレッタ先生から連絡も無しだ』」
「ありがとう、ルルーシュ。
あとは僕達で捜すから、きみは学校に戻ってほしい」
「『……分かった。
これ以上、俺に出来ることは無いからな。
ロロとクラブハウスで待ってる』」

通話を終え、スザクは携帯を睨む。

「もしきみに記憶が戻っているなら、空に何かあれば動くはずだ」

こんな時でも冷徹なままだ。

捜し終わったアーニャがスザクと合流して、ジノもそろそろ戻ってくる頃かな?と思っていた時、スザクの携帯が鳴った。

「『遅くなって悪い。そこにアーニャもいるか?』」
「ああ」
「『よかった。
私は今、テレビ局の撮影クルーと共にいる』」
「テレビ局の……?」

目を丸くするスザクの気持ちがあたしにはよく分かる。
なんでテレビ局の人と一緒にいるの?と疑問に思いながら、あたしは聞こえる声に耳を傾けた。

「『ブルー・ネメシアという名前のカフェだ。
撮影中、花束を持った女の子が客として来た。
30分前に」』
《え!? 30分前!?》
「ほんの少し前じゃないか……!」
「『ああ。すぐ退店したそうだ。
映像を見せてもらったら、ソラによく似ている子が映っていた。
こっちに来てくれ。
映像があるからスザクとアーニャも確認してほしい。今から場所を言う』」

スザクはアーニャに目配せして、ジノの言った場所に急行する。
やっと見つけた手がかりだ。
でも気になることがひとつある。

《ソラによく似ている子。ハッキリしない言い方だな……。
映像だから判断が難しいのかな?》

走って5分ほどの距離にあるカフェ、ブルー・ネメシアは大きな店だった。
広いテラス席にはお客さんが1組、テレビ局の撮影クルーの人達がいる。
ノートパソコンをジノと一緒に見ていたリポーターのお姉さんが、スザクとアーニャに気づいて丁寧に一礼した。

「SunTVのマーガレット・アイジェニーです」
「ナイトオブセブンの枢木スザクです」

警察が警察手帳を見せるように、スザクもナイトオブラウンズを示すものを出した。
マーガレットさんの後ろにいる撮影クルーの人達が「すごい……」「こんなところでお会いできるとは……」と感嘆に呟く。

「さっきの映像、もう一回見せてくれ」
「はい!」

撮影スタッフの男性がパソコンを操作してサッと離れる。 
再生された映像をスザクとアーニャは食い入るように見つめた。
場所はここだ。

画面の右端────テラス席の端で花束を優しくテーブルに置き、着席する”ソラ・ラックライト“が映っている。映像は鮮明だ。
私服姿で、白い手袋で、髪型はいつもと同じ。
だけど黒いサングラスをしていて、顔の半分を白いマスクで覆い隠している。
ソラによく似ている子、とジノは言っていたけど、ハッキリしない物言いの理由がやっと分かった。
素顔を見ないと、本人かどうか断言できない。

マーガレットさんがお店を紹介している映像、後ろの端っこのほうで、女の子は店員に注文する。
その後、女の子はひとりになってから席を立った。
花束をテーブルに置きっぱなしのまま離席して、店内に入って……どれだけ待っても戻って来ない。
そこで映像を一時停止する。

「これは……どうして……」

スザクは大きく困惑する。
わけが分からない映像にあたしも困った。

「もう一回見せて。もっと大きく」
「はい。花束の少女を拡大します」

手早く操作し、画面右端の女の子が大きく表示される。
黒いサングラスは見覚えがあった。
確かアニメ5話の……ユフィと街を歩いていた時にスザクがかけていたやつだ。 
次に花束を見て、あたしは思わずドキッとした。

《赤、オレンジ、ピンク、淡い緑、青と白と、紫……》

その色合いは本当によく覚えている。
ニーナと仲良くなりたい!と思って用意した、生徒会みんなに贈った小さな鶴の色。
美しい花束を、女の子はそのままテーブルに置いたまま行ってしまった。

「この子はすぐ帰ったそうだ。
花束は今は店員が預かっている」

ジノの話を聞いてすぐ、スザクはひとり店内に入った。
店員に話しかけるのが見えて、あたしは遅れて後を追いかける。
ナイトオブラウンズに忘れ物の提供を求められた店員は、緊張した顔ですぐに花束を持って来てくれた。
両手で受け取り、スザクは気づく。

《カード……?》

リボンに差し込んでいる青いカードをスザクは確認する。
手書きのメッセージカードにはミレイの名前。
差出人は“ソラ・ラックライト”とスザクの名前。
ミレイに贈る花束だ。
スザクの眉間のシワがさらに深くなる。
メッセージカードを読まずに戻し、スザクは店員に情報を求めた。
ナイトオブラウンズを相手にする緊張で、店員はガチガチになりながら答える。

「花束をお忘れになったお客様でしたら……『すぐに出なければいけなくなった』と仰って、代金を置いてお帰りになりました。
いただくわけにはいかないので、返金しようと追いかけたのですが……」

店員は困りきった顔で出入り口をチラッと見た。

「……すぐ追いかけて、でもお客様はどこにもいらっしゃらなくて……。
人通りは少なかったです。だから見失うはずがないんですけど……」

奇妙な話だ。
聞いているこっちまで難しい顔になってしまう。

「お忘れ物を取りに、すぐお戻りになればいいのですが……」
「……これをずっとここに置いておくわけにはいかない。
これは僕が預かります」
「ありがとうございます」

スザクの申し出に安心したのか、店員さんの表情が和らいだ。
店内のお客さんの視線はスザクに釘付けだ。
ナイトオブセブンの来店にヒソヒソきゃあきゃあ言っている。
スザクは店員にお礼を言い、テラス席に戻った。

「アーニャ、ジノ、ここを出よう」

抱える花束にアーニャとジノは目を見開いた。
さっさと店を出るスザクの後をアーニャは追いかけ、ジノは苦笑ながらマーガレットさん達に視線を戻す。

「急にすまない。映像を見せてくれてありがとう。
何かあれば声を掛けるから、その時またよろしく」
「もちろんです!
SunTVは協力を惜しみません。いつでもお声掛けください!」

ジノは店を出て、離れた場所で立ち止まって電話をかけているスザクの元まで行く。
“あたし”はまだ電源を切っているみたいだ。
スザクはすぐに携帯を片付けた。

「その花束、ソラの忘れ物か?」
「ああ。メッセージカードに手書きで名前が」
「それならあの女の子はソラね。
どうして……顔を隠していたの……?」
「なんでだろうな?
サングラス、あれスザクのだろ」
「僕のだ。でも変装する理由なんて……」
「連絡を断ち、顔を隠し、どこに行くんだろうな。
スザク、この後はどうする?
まだ近くにいるかもしれないが……」
「一旦、政庁に戻ろう」
「いいのか?」
「ソラは自分の意思で動いている。
だから、これ以上は捜さないでおこう」
「ひとりの時間は大事。そっとしたほうがいい。
でも、音信不通になってからのソラの行動、全てが不可解」
「……だよなァ。
いつものソラと違いすぎる」
《そうだよねー……。
“あたし”らしくないんだよね……》
「不可解だけど、夜になる前には必ず戻ってくるはずだ。
僕らは政庁で帰りを待とう」
「そうだな。
ギルフォード卿も帰ってるしな」

その後は軍用車で帰ることになり、あたしはここでスザク達から離れた。
情報が多いからまずはルルーシュに伝えなきゃいけない。
あたしは一目散に帰宅した。


  ***


アッシュフォード学園は今日も美しい。
ロロとルルーシュは校門がよく見える場所で“あたし”の到着を待っていた。
サイドカーが見当たらない。リヴァルに返したみたいだ。
ルルーシュが誰かと電話してる。

「……ああ、そうだ。
まだソラは来ていない。
今日は来れないだろう、と思い始めていた」

苦笑しながら電話している。
ロロはハートのロケットを祈るような目で見つめていた。

「……そうか。姿が確認できてよかった。
何かあったらまた電話してくれ」

通話を終えた瞬間、顔から微笑みが消えた。
ロロが笑顔で歩み寄る。

「兄さん! ソラさん見つかったんだね!」
「ああ。以前、会長に連れて行かれたカフェがあっただろう」
「……あ! あの広いテラス席の?」
「そこに客として来たそうだ。40分前に」

ロロは怪訝そうに眉をしかめる。

「あそこに? しかも40分前に?」
「未だ音信不通のまま、単独行動をとっている。
今日の夕方、SunTVの情報番組でソラのいる映像が放送される。
普段と違う様子で映っている、不可解だとスザクが言っていた」
「その映像、兄さんも見たかったね。
夕方までまだ時間が……」
「確認するなら司令室の映像のほうが早い。
スザク達が学園を出た直後、租界に仕掛けられた全ての監視カメラを録画させている」
「すごい! さすが兄さんだ!」
「映像は見た後に消す。
行こう、ロロ」

地下司令室に向かう途中、あたしはルルーシュにカフェで見聞きした事を打ち明けた。
花束の色を聞き、ルルーシュは遠い目をする。

《その色の組み合わせは懐かしいな。俺は紫だった》
《驚いたよ。
あたしと同じこと考えるなぁって……》

詳細を全てルルーシュに話した。
ため息をこぼしたくなる。

《……リポーターさんと店員の話だけど、聞けば聞くほど奇妙なんだよね。
花束を買った後の行動が、全部なに考えているか分からなくて……》
《スザクも、ラウンズのふたりも、同じ気持ちだろうな。
それでもスザクは帰りを待つことを選んだ》
《夜になる前に必ず戻ってくるはずだ、って言ってたよ》

ルルーシュはフッと笑う。
冷ややかで鋭い微笑みを浮かべた。

《まさか放任するとはな。
連絡を断っている今のラックライトならきっと帰らない》
《どうしてそう思ったの?》  
《今の彼女なら戻らない。
会長に花を贈るより、もっと重要なことがラックライトにはある》
《重要なこと……?》
《ロケ撮影に映り込むことだ》

確信を持った言い方だった。

《あの店の近辺には他にもカフェやコーヒーショップ、フルーツパーラーがある。
ラックライトがあの店を選んだのは、テラス席でSunTVが撮影していたからだ。
店内にも席はたくさんある。
その中でラックライトはあえてカメラに映る位置に着席した》
《ロケ撮影に映るため? テレビで放送してほしい?
……確かにそれが理由かも。“あたし”は自分を知ってる人を捜してるから》

心境の変化が起こったのは花束を買った後。
音信不通なのは、スザクに邪魔されたくないから。
彼女は本来の望みを叶える為、単独行動に出た。
ミレイにお祝いの花束を贈るよりも、“ソラ・ラックライト”は自分を知っている人に会いたくなった。
有名なテレビ局が撮影した映像なら全国の租界に放送される。
自分の存在を知らせるなら、それが一番手っ取り早い。
でもそれが理由なら変装するのはおかしい。
ハッと思い出す。
サングラスとマスクの話をルルーシュに言ってなかった!

《ごめん、ルルーシュ。
言い忘れてたんだけど、店にいた“あたし”はサングラスとマスクで顔を隠していたの》

ルルーシュは、ふぅと小さく吐息をこぼす。
『それを早く言え』みたいな顔をした。

《映像を見る。話はそれからだ》

地下司令室に行けば、スーツの女性教員とヴィレッタが迎えた。

「お帰りなさいませ」
「彼女は咲世子だ。別人に扮している。
枢木がここに立ち寄るかもしれないからな」

見事な変装にあたしとロロは感嘆のため息をこぼした。
ルルーシュはモニターに着席し、パネルを操作する。

「枢木スザクはここに来ない。
政庁で彼女の帰りを待つそうだ」
「ラックライトは今も連絡を断っているのか?」
「ああ。俺も一回かけたけど繋がらない。
ヴィレッタ先生はそろそろ上に戻ってください。俺とロロは後で行きますから」
「ああ、わかった。そうさせてもらう。
あまり長居はしないほうがいいぞ。
シャーリーに目撃されないようにな」

ヴィレッタはすぐに背中を向けて去っていく。
ルルーシュ達からは見えないけど、あたしはバッチリ目撃した。
ヴィレッタが安心したようにホッとするのを。
ルルーシュと同じ空間に居たくないのかな……。

パネルを操作した後、画面に各地の映像がたくさん並ぶ。
ルルーシュは不要な場所を徐々に消していき、カフェに面した通り・店内の映像だけ残す。
見えやすいように大きく拡大してくれた。
ロロはルルーシュの隣に座り、咲世子さんは離れた場所でそれを見守り、あたしは空中に浮きながらモニターに集中する。
リアルタイムの映像に見えるけど録画だ。
モニターに”あたし“が現れた。
花束を大事そうに抱えていて、サングラスとマスクで顔を隠している。
いい位置に監視カメラがセットされてるなぁと感心する。
テラス席の映像は防犯カメラのアングルだ。
滞在時間は短く、すぐに席を立つ。
次の映像はレジ前。会計カウンターに代金を一方的に置いて退店する。
あ! この後だ!!と思い、映像をジッと凝視した。
外に出た“あたし”は変わらない歩行速度で、その3秒後に店員が追いかけてくる。
あれ?と言いたそうな戸惑い顔で、店員はキョロキョロと周囲を見ながら店の前のまで出てきた。
画面内に“あたし”はまだ居るのに店員は気づかない。すごく近くにいるのに。

「……すぐ追いかけて、でもお客様はどこにもいらっしゃらなくて……。
人通りは少なかったです。だから見失うはずがないんですけど……」


店員はそう言っていた。
映像の通行人は確かに少ない。だから気づかないわけないのに。
ルルーシュが映像を止めた。

「ロロ、咲世子。
この映像で気になったところはあるか?」
「顔が……表情が見えないと僕は分からない、かな……。
ソラさんらしくないって思ったよ」
「ルルーシュ様、他にもラックライトさんの映像はありますか?」

モニターに視線を向けたまま、咲世子さんは真剣な顔で言う。
ルルーシュは頷き、パネルを操作した。
店から立ち去った後の“あたし”が、街なかを歩く姿が映し出される。
特になんの異変も起こらない映像を、咲世子さんはジッと見続ける。
方向は学園とは正反対で、歩けば歩くほど離れていく。
彼女がどんな気持ちで歩いているのか全然分からなかった。

《ルルーシュはこの映像を見て何か気づいた?》
《まだだ。映像が少なすぎる。
店員が外に出た時の映像なら奇妙だったが。
至近距離にいるにも関わらず、あの男はラックライトに気づく様子がなかった》
《……うん。あたしもそれ思った。
店員の視界に絶対入ってるはずなのに……》
「ルルーシュ様」

何かを強く警戒しているような鋭い声に、ロロはバッと咲世子さんに顔を向け、ルルーシュは身体ごと向き直り、あたしは緊張に硬直した。
咲世子さんは今も映像を凝視している。
普段は絶対に見せない敵意のある目で。

「この方はラックライトさんではありません。
ラックライトさんに変装した別人です」
「え……!?」

ロロは思わず立ち上がる。
大きく困惑した顔で咲世子さんを見つめた。
ルルーシュもあたしも一言も発することができない。

「別人? どうして……?」
《なんで分かったの?》
「髪です。あれはかつらですね。
あとは席から立つ時の姿勢、歩き方。
これらは、いくら外見を似せても個性が出ます」

心がざわつく。気持ち悪くて吐きたくなる。
別人が“ソラ・ラックライト”に成りすましているなんて……!!

「本物のラックライトは今どこにいると思う?」
「誰も気づかない、逃げられない場所に監禁されているでしょう。
ソラさんに変装して歩き回っているのは、彼女の捜索を妨害する為。
これは突発的ではない、用意周到な組織の犯行です」
「組織の……」

青ざめたロロは、何かに絶望した顔で椅子に座った。

「ナイトオブラウンズが動いても保護することは叶いません」 
《い、今すぐ捜しに……》
「ラックライトさんではなく、この撹乱者なら発見できるかもしれません。捜しますか?
特徴は全て目に焼き付けましたから」

絶対に見つけ出す力強さのある瞳は頼もしい。
だけど、ルルーシュは頭を振る。

「こちらから近づくのは危険だ。
咲世子に動いてもらうのは監禁場所を特定できた時だ。それまでは待機するように」
「はい」
「ロロと二人にしてくれ」
「かしこまりました」

咲世子さんはすぐ出ていき、指令室が静かになる。
ロロは両手を握りしめ、うつむいて震えていた。

「ロロ」
「兄さ、兄さん……」

泣きそうだ。声も震えている。

「もしかしたら、この事件を起こしたのは……」
「V.V.かもしれない。
ロロ、自分の姿が相手に見えなくなるギアス能力者は嚮団にいるか?」

ロロは無言で頷く。
ルルーシュは立ち上がり、歩み寄り、ロロの背を片手で支える。
震えが収まるように。そんな仕草だった。
その姿が、あたしには弟想いの兄に見えた。

ルルーシュの手に、ロロは落ち着きを取り戻した。
顔を上げ、ルルーシュをしっかり見る。

「名前はフロスト。
僕と違って心臓が止まることもない、不可視のギアス能力者だ。
1年前のブラックリベリオンの後、だったかな。
たくさん人を殺したって言っていた。
そのせいで血を見ると動けなくなって……仕事が一切出来なくなったんだ……」

ぼんやり話すロロは遠い目をしていた。

「欠陥品として処分されるのを恐れていた。
そんなことあるわけないって僕は思ったんだ。
だってフロストのギアスは重宝されていたから。
……でも、そのうちフロストの姿が見えなくなって、ずっと帰って来なくて……。
弟達も、みんな何も言わなかったけど、処分されたと思ったんだ。
まさか生きているなんて……」

欠陥品、処分、そんなふうに扱う組織に嫌悪感が溢れてくる。
殺された仲間が生きているなんて、どれだけ動揺しただろう。
「会いたいか?」とルルーシュは問い、
「話せるなら」とロロはキッパリ答えた。

V.V.と繋がっているギアス能力者だ。
咲世子さんとルルーシュが接触するのは危ないけど、ロロなら大丈夫かもしれない。

《ロロにトウキョウ租界を歩いてもらう?
不可視のギアスを使っているならあたしも一緒に行くよ》
《いや。
明日にはスザクが、軍が動くはずだ。敵はもうすでにトウキョウ租界を出ているだろう》

ルルーシュは携帯を開き、電話をかけた。
相手にはすぐ繋がった。

「咲世子。今すぐ動いてもらいたい」

不安しかない状況だけど、ルルーシュの凛とした声を聞いたらひどく安心した。

「SunTVのビルに潜入してくれ。
他局の撮影スケジュールを確認したい」

咲世子さんの帰りを待つ間、ルルーシュは手つかずだった女子問題を片付け始めた。
“数時間以内に必ず終わらせてみせる”といった鬼気迫る表情で。
今出来ることはそれしかないけど複雑な気持ちだ。
あたしも何か出来たらな……と申し訳ない気持ちにもなる。
ルルーシュは電話で女子生徒に謝罪しながら、別の子に送る釈明文をパソコン入力している。
敏腕なコールセンターの人みたいだ。
ロロも無言で手伝った。

日が沈み始めた頃、作業が全て終わったようだ。
やり切った顔でルルーシュはやっと笑みを浮かべる。

「お疲れ様、兄さん」
「手伝わせて悪かった。
お茶を淹れるから行こう」

席を立った時、咲世子さんが戻ってきた。

「お待たせしました」

アッシュフォード学園の女子生徒に変装している。声は咲世子さんのままだ。
ルルーシュとロロが同時に出迎える。
咲世子さんは紙の束をテーブルに置いた。

「早かったな。よくやった」
「すごい!
ただのSPじゃないよね……!!」

あたしもテーブルを覗き込む。
紙にはびっしりと文字が並び、他局の名前と日時と場所が読み取れた。
全ての租界の名前が記載されていて、一覧表に目を通す。
明日だけでものすごい数だ。
ルルーシュの過酷スケジュールよりも多かった。

《こんなにたくさん……。
どこの撮影に映り込むんだろう……》
《捜索を妨害したいなら、監禁場所から遠ざかるように移動していくはずだ。
明日にはスザクも動き始める。
同じ場所には留まらないだろう》
「兄さん。
このコウベ租界の撮影、僕行ってもいいかな?
生徒会のイベント候補に上がっているから」
「いいのか?」
「“生徒会のイベントの為なら”っていう理由なら枢木スザクも怪しまない。
僕ならフロストも必ず気づき、近づいてくれるはず。
だから……」
「助かる。
だが、会えない可能性のほうが高い。
奴はトウキョウ租界じゃなければどこでもいいからな。
もし奇跡的に再会できても、対話が不可能なら撤退してくれ」
「……うん! わかったよ兄さん!」

心の底から会いたいと思っていたんだろう。
喜ぶ笑顔がいつもより輝いて見える。

「ルルーシュ様。
私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」
「もちろんだ。
その時が来ればもちろん動いてもらう」
「はい」

あたしも何かやりたい。
でも行くなら明日からだ。

《……ルルーシュ。
明日の放送でフロストの場所が分かったら飛んで行くね》
《頼む。
空も無茶はするなよ》

もし発見したら、ずっと付き纏うことになる。
気合いを入れて臨まないと。


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