17話(中編)


中華連邦の夜は暗い。
洛陽を離れてしまうと、黒々とした暗闇が地の果てまで広がっているように感じてしまう。
空高く昇れば遠くに灯りが点々とあるけど、高いところから見ているとひどく心細くなった。

ゼロの指示で朱禁城の迎賓館に潜入した。
政略結婚がブリタニアの仕掛けでも、中華連邦側が了承しなければ成り立たない。

《結婚を決めたのは大宦官だね》
《そうだ。今の天子は傀儡。
政治的実権を握るのは大宦官。婚姻を決めたのは奴らだ》
《あいつらどこまで腐ってるの……!!
天子ちゃんの意思を無視して勝手に!!》
《空。
城内で星刻を見かけたら追いかけてくれ。
大宦官が祝賀会と結婚式に集中している間、あの男は粛々と準備を進めているはずだ》
《それって……結婚式をぶっ壊す準備?》
《クーデターだ。
大宦官が支配するこの国に未来は無い》

しらみつぶしに捜せば、厳しい顔つきのシンクーさんを発見した。
3人の部下を引き連れて歩いている。
隣をふわふわしても気づかれないから幽霊状態って本当に気が楽だ。
シンクーさん達は眩しい朱色の廊下を早足で歩く。
進む内に廊下の様相が変わっていき、大宦官が絶対行かないような地下へ降りていった。
薄暗い地下にひとり、以前見たことある女性がいた。
氷海船を降りたゼロ達を迎えたシンクーさんの隣にいた人だ。
部屋の中央にはモニターが埋め込まれたテーブル。
暗い部屋でも、そこだけは明るかった。

香凛 チャンリン、掴んだか?」

チャンリンさんか。きれいな名前。

「はい、星刻様。
大宦官とシュナイゼルの間には、すでに密約が成立しています」
《やっぱりシュナイゼルだ……》
「婚姻と領土の割譲、それにより大宦官はブリタニアの爵位を手に入れると」

淡々とした報告。
気持ちを押し殺した無表情だけど、瞳には怒りが色濃く宿っていた。
シンクーさんの目元がピクリと震える。

「……爵位?
地位と引き替えに国を売るか!」

シンクーさんの怒声に、思わずビクッとしてしまう。
部下の人達も拳を握った。

「民はどうなる!?」
「大宦官討つべし!!」
「そうだ! 計画を前倒しにしてでも婚姻を潰す!!」

みんな殺気立ってるけど、シンクーさんを見つめるチャンリンさんは冷静だ。

「ですが、ここでクーデターを起こせば、ブリタニアとの戦争に」

シンクーさんはギュッと目を閉じた。

「平和をとるべきか、それとも……」
「天子様を守るべきか。平和の為の同盟か。
我々は星刻様の意思を是とします。
いつ如何なる時も心血を注ぎましょう」

部下の人達は握った拳を下ろし、シンクーさんを一心に見つめる。
閉じた目を開く。
覚悟を決めたシンクーさんの瞳は力強かった。

《天子ちゃんを守る為に……戦うんだ……》

聞いたばかりの話をゼロにすぐ伝える。
ルルーシュにとっては想定内の情報だったのか、返事はすごくあっさりしていた。
そして次に、祝賀会の参加者の確認をお願いされた。
会場に誰がいるかを神楽耶ちゃんが知りたがっているそうだ。

暗い地下を一気に抜け、眩い廊下に出る。
給仕らしき人が歩いて行くのが見えて、追いかけたら目的地に到着した。
天井が高く、すごく広い。
空間を支える柱は全て朱色で、天井に丸い形の照明もたくさん吊り下げられている。
よくよく見れば、照明に赤い房が付いていて可愛かった。
正面には5人で手を繋ぎながら上れそうな大階段。左右に守衛が立っている。
一気に天井まで飛んだ。
チラッと下を見て、絢爛豪華なパーティー会場に目が潰れるかと思った。
ものすごくキラッキラしてる!
肩身が狭くて居心地が悪くて、のしかかるような場違い感にドキドキしてしまう。
幽霊で良かった。生身じゃなくて本当に良かった。恐る恐る見下ろした。

レッドカーペットみたいな長さのオレンジ色の絨毯はフワフワしてそうだし、ビュッフェの料理は遠目から見てもゴージャスで美味しそうだし。
ブリタニアの貴族達と中華連邦の高貴な人達が会食を楽しんでいて、一般人は絶対参加できない空気に満ちていた。
重苦しく感じたせいか、知ってる髪色を見つけてテンションが上がった。

《スザクだっ!!》

……って、なに嬉しそうな声出してるんだあたしは。

会場を端から端まで確認する。
マント無しラウンズ服のスザクの他に……携帯で写真撮影してるアーニャ、料理が並ぶテーブルで大皿を持つジノの姿も発見できた。
さらには会場最奥の豪華な席────大柄な成人男性と小さい天子ちゃんが座っている。
花がたくさん飾られ、両脇には中華連邦の国旗とブリタニアの国旗を掲げている。

《あれが……ブリタニアの第一皇子……?》

なんだろう、全然恐ろしくない。
薔薇色のテーブルで穏やかに微笑んでいる顔は平和そのものだ。

天子ちゃんは怯えて震えている。
自分の意思を無視され、大宦官共に座らされたのがよく分かる。
ここから天子ちゃんを連れ出したくてたまらなくなった。

《空。
間もなく会場に到着する。
パーティーの参加者で知っている人間はいたか?》
《……あ。うん、いたよ。
スザクと、アーニャとジノ、それに天子ちゃん。それにオデュッセウス。
シュナイゼルは……》

会場内をもう一度確認する。

《……シュナイゼルは居なかったよ》
《式だけ参列する気か……?
俺達が行くまでスザクのそばに。
他に知っているヤツがいたら教えてくれ》
《うん! 重要そうな会話してたらその都度言うね》
《わかった》

スザクに視線を戻す。
いつの間にか、黄色のチャイナドレス姿のセシルさんがそばにいた。
頭にはお団子ひとつ。髪型もかわいい。
急降下してスザクの所に行く。

「天子様は納得しておられるんでしょうか」

複雑そうな顔でスザクは呟いた。
セシルさんは一瞬だけ、天子ちゃん達がいる方向をチラッと見た。

「向こうがそう言っているからには信じるしか。
それにこれは、平和への道のひとつだし」
「はあ」
「ここは招待客として楽しみましょうよ」
「スザクぅ!」

ジノが無邪気な笑顔で走り寄って来た。
手には大皿。龍の模型がのっている。
パッと見、料理に思えなかった。

「あったあった!
これだろ? おまえが言っていたイモリの黒焼き!
……どうやって食べるんだ?」

イモリでもないし黒焼きでもないし。
スザクは苦笑した。

「それは料理の飾りだって」
「飾りぃ?」

目を丸くしたジノはセシルを見た。

「これが?
でもさっき似たような鳥を食べてましたよね?」
「鳥って鳳凰!?」

驚くスザクに、セシルは微笑みを咲かせた。

「すごく美味しかったわよ。お肉かと思ったら人参で……。
そういう料理なの?」

ぴろぴろピロリン、と覚えのある音が聞こえてくる。
撮影するアーニャに気づいて、セシルはスザクから離れた。
歩いて行く背中に『後ろの柄も可愛いなぁ』と思いながら、あたしはついつい追いかけた。
「これはポテトかな。 食べてもいいんだろ?」とジノが後ろで言ったのが聞こえる。
アーニャは熱心に携帯をポチポチしていた。
文字入力のスピードはすごく速い。

「アールストレイム卿、迎賓館の中ではメールを打っても……」
「ううん。これは記憶」
「ああ、日記ですか!」
「だったら記録だねぇ〜」

聞こえた声にビックリした。
ブラウンのロングコートに身を包むロイドが、通りすがりに言うだけ言ってスタスタ歩いていく。
ちょっと見ただけでも分かる。あのロングコートは超高級な生地だ。
そう言えば伯爵だった。いつもと違って近寄りがたい雰囲気がする。
目で追えば、ロイドが進む先にミレイもいた。

《ミレイもいるの!?》

マーメイドラインの青いドレスを着ている。
金髪を後ろでひとつに結び、桃色の花を頭に飾っている。
唇のルージュも美しい色だ。

「あの……私ってまだロイドさんの婚約者なんでしょうか?」
「あれ? 解消はしてないよね〜」
「あら、珍しいじゃない」

知らない人がロイドに話しかけてきた。
ミルクティー色の髪の男性だ。
ロイドに親しげな笑みを向けている。
軍服だ。ブリタニアの警護担当の人かもしれない。

「明日の式だけ参列して祝賀会には来ないと思ってた」
「たまには婚約者らしいこともしろって、スザクくんに怒られちゃったから。  
で、こちらがその対象」
「初めまして。ミレイ・アッシュフォードです」
「よろしくね」

薄く化粧をした顔は中性的で、ふわりと美しく微笑んだ。

「ロイドが人間に興味があったなんて驚いたわ」
「いや〜成長期だから」
「アイングシャが知ったらひっくり返りそう」
「うふふ。見てみたいねぇ」

ニコーッと笑ったロイドが「こちらはカノン・マルディーニ伯爵。シュナイゼル殿下の側近だよ」とミレイに紹介した。

《……側近!?》
《何があった》
《しゅ、シュナイゼルの側近がいた》

自分でも驚くほど動揺している。

《側近がいるなら、迎賓館のどこかにシュナイゼルもいるはずだよね。
い、今から捜そうか? そばにいたら何か情報が手に入るかも……》
《捜さなくていい。
怖いと思う人間に自分から近づくな》

怖い? あたしがシュナイゼルを?
優しく言われてやっと気づいた。
まさか自分の中で、ここまでシュナイゼルを恐れる気持ちが膨れ上がっていたなんて。

《到着した。
カレンの顔も見たいだろう。戻ってきてくれ》

ホッとして、パーティー会場から一目散に離脱した。
大きな通路をビュンビュン飛ぶ。
進行方向に3人の姿を発見し、ゆるやかに減速してから接近する。

先頭をしずしず歩く神楽耶ちゃんは着物、一歩後ろを歩く団員服のカレンはギクシャクしている。
顔を見るだけでホッとした。
次にカレンの隣を堂々と歩くゼロを見て安心した。

《ただいま、ゼロ》
《おかえり。気が滅入ったりはしなかったか》
《あたしは大丈夫だよ。そっちは?》
《神楽耶に参加者の名を伝えた》

チラッと神楽耶ちゃんを見る。
微笑みを浮かべているけど、なぜだろう……ちょっと雰囲気が……

《何かあった? 神楽耶ちゃん、いつもとちょっと違うような……?》
《よく分かったな。
スザクと浅からぬ因縁があるらしい》
《……そうなんだ。
だからパーティー会場に誰がいるか知りたがっていたんだね》

途中何度か、ゼロの姿に気づいた守衛が血相を変えて通行を妨害してきたけど、その度にギアスで穏便に通してもらい、パーティー会場に到着した。
入ってすぐに敵意を向けてくる守衛にゼロがスッと前に出てギアスを使い、すんなり通してもらう。
すごいですわゼロ様ぁ!!と言いたげなキラキラ笑顔の神楽耶ちゃんだけど、カレンは、ギアスを使ったのね……と言いたげな複雑そうな顔だった。

「皇コンツェルン代表……皇神楽耶様、ご到着!」

通してくれた守衛が高らかに言う。
ゼロ一行は階段を悠々と上った。

姿を現したゼロにパーティー会場はざわついた。
参加者は厄介そうに表情を曇らせ、嫌悪感に満ちた眼差しをゼロに向ける。
「誰が招いたのかこんな場所に……」「テロリストだぞ」という声が喧騒の中から聞こえた。

神楽耶ちゃんは歩みを止める。
赤ワインのグラス片手にシュナイゼルがやって来た。
無害そうな穏やかな顔。
優しい人にしか見えないけど、表情通りの人じゃないことは知っている。
あの人の瞳が怖かった。
ジッと凝視してたら呑み込まれてしまいそうな気持ちになる。
ルルーシュが恐れている男────それだけで、内側がギュッと縮むような恐怖を感じた。

ゼロの来訪に会場は騒然とする。
会場内の守衛が一斉に駆けつけ、ゼロ達の周りを囲み、いつでも攻撃できるように槍を構えた。
小柄な大宦官が奥から大激怒の顔で出てくる。

「捕らえろ!! 捕らえるのじゃ!!」
「やめませんか、 いさかいは」

シュナイゼルが仲裁に入った。
そばにはカノンもついている。

「本日は祝いの席でしょう?」
「ですが……」

身長差がすごいことになっている。
シュナイゼルの腰あたりに大宦官の頭だ。
穏やかな顔で柔和に微笑みかけてくるけど、あたしの警戒心は一層強くなる。
 
「皇さん。
明日の婚姻の儀では、ゼロの同伴をご遠慮いただけますか」
「それは……致し方ありませんね」

神楽耶ちゃんの返答に、シュナイゼルは大宦官に視線を送った。

「ブリタニアの宰相閣下がおっしゃるのなら……。
引けーいッ!!」

渋々と退却命令を出し、守衛達は一斉に走って帰っていった。
シュナイゼルだけが歩み寄り、無防備に近づいてくる。ギアスが使える距離だ。
スザクがバッと間に入ってきた。

《さすがに警戒しているか》
《スザクが居なかったらなぁ……》
「枢木さん!」

親しげに名を呼び、神楽耶ちゃんは軽やかにターンしてゼロの前に出る。
華やかな笑顔だけど迫力があり、ジノとアーニャを動かした。
シュナイゼルの前にラウンズが3人も立ちはだかる。
それでも神楽耶ちゃんは完璧な笑みを崩さない。 

「覚えておいでですか? いとこの私を」

スザクは眉間にシワを寄せる。
嫌な過去を思い出しているような顔だ。

「当たり前だろ」
「キョウト六家の生き残りは私達だけとなりましたね!」
《えっ!?》
「桐原さん達はテロの支援者だった。
死罪は仕方がなかった」
《そうなの……?》

全然知らなかった。
ルルーシュは何も言ってくれない。
今は目の前の事に集中しないと。

「お忘れかしら?
昔、ゼロ様があなたを救ったことを。
その恩人も死罪になさるおつもり?」

スザクの毅然としていた表情が動揺で崩れた。

「そ、それと……これとは……!」
「残念ですわぁ。
言の葉だけで人を殺せたらよろしいのに」

手を合わせてニコッと満面の笑み。強い。めちゃくちゃ怒ってる……。
背は低いけど、スザクより神楽耶ちゃんのほうが大きく大きく見えてしまった。

「シュナイゼル殿下。
一つ、チェスでもいかがですか?」

ゼロの誘いにシュナイゼルは目を細めて微笑んだ。「ほう」と吐息をこぼすように呟く。

「私が勝ったら、枢木卿をいただきたい」
「えっ」とスザクは小さく声を上げ、
「はぁ!?」とカレンは大きく驚いた。

「神楽耶様に差し上げますよ」
「まあ! 最高のプレゼントですわ!!」
「楽しみにお待ちください」
《シュナイゼルとチェスするんだ……》
《不安か? 俺が負けるとでも?》
《それは……思ってないけど……。
不安じゃなくて怖いんだよ。あたしは……シュナイゼルが……》
《スザクさえいなくなれば、ここにいる全員にギアスをかけられる。
逆転のチェックメイトだ》

シュナイゼルは面白そうに微笑んでいるけど、彼の瞳がずっと怖かった。

「では私が勝ったら、その仮面を外してもらうとしようかな」
「いいでしょう」

カレンは驚き顔でゼロを見た。

「ハハッ。楽しい余興になりそうだねぇ」

物腰柔らかな声、友好的な表情。
それでもザワッと悪寒が走る。あたし霊体なのに。

《こ! 怖ッ!! シュナイゼル怖いんだけど!!》

豪華な大部屋に案内される。
バベルタワーの時より広い空間、戦いの席にゼロとシュナイゼルは座る。
ゼロの隣にカレンが立ち、シュナイゼルの隣にスザクが立つ。
チェス盤は赤と黒の中華仕様だ。
戦う様子は頭上から撮影されている。
パーティー会場のモニターで天子ちゃん達が観戦しているそうだ。

対局は静かに始まった。
黒のキングの時と違ってハラハラする。少しも笑顔になれない。
ゼロとシュナイゼルはお互いに言葉を交わさず、盤上の駒を動かしていく。
ギャラリーも集中していて、緊張の静寂に満ちていた。
ジノとアーニャがこそこそ話してるけど、あたしも盤上を凝視しているから会話内容は頭に残らない。

迷いの無いゼロの一手に、シュナイゼルは3秒考え、白い駒を動かした。

「ほう。まさか切り替えされるとは」

ゼロは呟き、盤上を見つめる。
でもシュナイゼルが見ているのはゼロだ。
柔和な笑みを向けているけど、瞳がなんか怖
い。
観察してるみた……コッッッッワ!! 怖ーーーーーい!!!
ただチェスをしているわけじゃないと気づいた瞬間、怖すぎて悪寒が走った。

観衆が「おお!!」とざわめいた。
チェス盤に視線を戻す。
ゼロはキングを動かしていた。
シュナイゼルはキョトンとする。

「キング?」
「王から動かないと、部下は付いてこない」

シュナイゼルの顔に笑みが戻る。
余裕たっぷりだ。

「見識だね。ではこちらも」

シュナイゼルの一手はゼロと全く同じだった。
白のキング。
場がまたどよめく。
そしてゼロは、黒のキングを前に出す。

「どうです?
これ以上は進めないでしょう」
「ふむ。
このままではスリーフォールド・レピティションとなる」

シュナイゼルは愁い顔だ。悩ましげだ。
ゼロは指を組んだ。

「私も本意ではないが、引き分けかな?」

ゼロの言葉に安心する。 
シュナイゼルの瞳がすごく怖かったから。
ホッとしたのもつかの間、シュナイゼルが浮かべた笑みに、またゾワッッッッとする。

「いいや」

これが狙いだったような表情。

「ん?」
「白のキングを甘く見てはいけないな」
「まさか……!」

美しい指が白のキングを動かした。
黒のキングの目前へ。

「チェックメイト」

観戦する全員が息を呑む。

「それでは! ゼロが駒を進めれば!?」

動揺するカノンの声に理解する。
まさか自分から負けようとしてるなんて!
なんてふざけたことを!!
 
「何ですか? これは」

ゼロは肘置きに置いた手をギュッと握る。

「拾えと言われるのか、勝利を」

ゼロの視線は盤上に釘付けだ。
勝ちを譲るシュナイゼルの行為に、ルルーシュはきっと屈辱に震えている。
シュナイゼルはゼロを見つめていた。
観察する瞳にまた寒気が走る。
シュナイゼルはどうでもいいんだ。自分が勝とうが負けようが。

《ゼロ、顔を上げて。
今のシュナイゼルを見て》
《……空?》
《シュナイゼルは盤上じゃなくてゼロを見てる。
ゼロが打つ一手で、ゼロがどんな人間か観察してるのかも》

ゼロはギュッと握っていた手をほどき、力を抜く。
チェス盤から顔を上げてシュナイゼルを見てくれた。
シュナイゼルは小さく首を傾げる。

「おや。チェックをかけないのかい?」
「ええ。
シュナイゼル殿下、勝敗を決する前にお聞きしたい」

ゼロは指を組み、シュナイゼルと同じポーズをとった。

「“カラッポ君”という呼び名に覚えはありますか?」

その切り札をここで出すとは思わなかった。
シュナイゼルの顔から笑みが消える。
でもたった1秒で、なに考えてるか読めない微笑みが戻った。

「……ああ、驚いた。
まさかゼロ、君の口からそのニックネームを聞くとは」

ふふ、と息を漏らしてソファに背を預ける。

「“彼女”から聞いたのかい?」
「ええ。赤い瞳のおしゃべりな女に。
面白い話や興味深い話をたくさん聞きました。
“カラッポ君”についても」
「今も話すのが大好きなようだね。変わらないなぁ。
元気そうで良かったよ」

なんの話をしているの?と困惑するカノン。
側近にも明かしていない情報をゼロが話しているのに、シュナイゼルは変わらない声音で話に花を咲かせた。

《な、なにこの人……全然動じないじゃん……》
《想定済みか。
手ごわい。さすが我が兄上……!》

仮面の下で冷や汗をかいていそうな声だった。

「さて。雑談はこれぐらいにしようか」
「……ええ、そうですね」

ゼロは黒のキングを手に取った。
あたしはシュナイゼルの動向を見逃さないように彼を見る。

《え》

視界に入ったのはニーナだ。
勝負の席に近寄ってくる。手に金色のナイフを握っている。

《ゼロ! 左ッ!!》

素早く動いたのはスザクだった。ニーナの腕をガッと掴む。
カレンもゼロを庇って前に出た。

「ゼロ! ユーフェミア様の敵!!」

場が騒然とする。
カノンはニーナから視線を外すことなく、シュナイゼルを安全なところに後退させた。

「やめるんだ、ニーナ!」
「どうして邪魔するのよ!!
ゼロはユーフェミア様を殺したのよ!!
スザクはユーフェミア様の騎士だったんでしょう!?」

ニーナを見据えていたスザクの瞳が、一瞬だけどこか遠くを見る。隙が生まれた。

「あなたは! やっぱりイレヴンなのよ!!」

ニーナは手を振りほどいてゼロへと駆け出した。
刺そうとするのをカレンは全身で阻止した。
カラン、とナイフが落ちる。

「ニーナ!!」
「カレン!
あなただって半分ブリタニアの血を引いてるくせに……!!」
「違う! 私は日本人よ!!」
「日本人? イレヴンでしょう!
離して!! 離しなさいよ!!」

髪を振り乱し、身をよじって逃げようとする。カレンは離さない。
ゼロを睨むニーナの眼差しは刃物みたいに鋭かった。

「返してよユーフェミア様をッ!!
必要だったのに! 私の女神様!!
ゼロが殺したのに……!」

抵抗する力を失い、ニーナは膝から崩れ落ちた。
うずくまり、すすり泣く声が聞こえてくる。
スザクが落ちたナイフを拾い、カレンはニーナに寄り添った。

「ごめんなさい。今まででも……」

ゆっくりジノが歩み寄り、カレンに目配せしてからニーナを支えた。
歩く彼女は抜け殻のようで、それ以上は見ていられなかった。
ゼロはニーナから顔を背けない。最後までずっと見つめていた。

《ゼロ……》
《……俺は、引き返さない》

ジノに支えられながらニーナは退室した。

「すまなかったね、ゼロ。
余興はここまでとしよう」

冷徹な顔で言う。

「それと確認するが、明日の参列はご遠慮願いたい。
次は、チェスなどでは済まないよ」

淡々と刺し殺してきそうな眼差しだった。

参列を拒まれたけど、素直に従うわけがない。
結婚式当日、どんな方法で式をぶち壊すのかルルーシュに聞いたら教えてくれて、
(やる事が悪党そのものなんだよな……)
と、あたしは思った。

深夜、ゼロ率いる少数精鋭は、闇に紛れながらそっそり式場に行った。
警備員全員にギアスをかけた後、人ひとり隠れられるスペースを増設する。
そこにゼロが隠れる予定だ。
不自然な空間を国旗で隠せば完成。
中華連邦の夜空は日本と違って星がよく見えた。天の川かな?と思えるほど輝いている。
明日はきっと快晴だ。

みんなが作業している間、あたしは朱禁城の地下────シンクーさん陣営の様子を見に行く。
闇に乗じて策の準備を進めているのは黒の騎士団だけじゃないことを知った。




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