1.「どう作ったらいいんだろう……」


『ぷるぷるしたものかな。
プリン、とか』

ルルーシュさんの好きな食べ物を聞いて、
先生に週末限定のプリンの話を聞いて、
お礼をするならこれだ!!と思った。

ショッピングエリアの大通りを初めて見て、人の多さに目が回った。
前に後ろに斜めに大勢の人が行き交い、聞き取れない会話や物音がわいわい溢れ、心臓が嫌にドキドキする。
入ってみたい店がいくつもあったけど、入っちゃいけない気分になり、『プリン買ったら帰ろうかな』と思えてしまう。
気疲れして身体が重い。

「空、大丈夫? 休憩しようか」
「平気だよ。こんなに人多いの初めてだから驚いちゃって。
すごい賑やかだね。ここはいつもこんな感じ?」
「週末だけだよ。
普段は……平日はもっと歩きやすいから」
「買い物するなら今日じゃないほうがいいかもね……。
……プリン買ったら帰ろうか」
「いいのかい?」
「うん。他の物は歩きやすい日に買うね」
「そっか……」

スザクはシュンとしたけど、すぐにパッと笑顔になった。

「それじゃあ学校がある日は?
放課後にシャーリーを誘って」
「放課後? シャーリーを?」

スザクの提案にワクワクして、気持ちが一気に上向きになる。
重苦しい身体が軽くなった。

「行きたい!」
「シャーリーに用事が無い日に。
きっとオッケーしてくれるはずだよ。
僕も行くから」
「3人で……制服で……?
友達と買い物かぁ。
すごいな。学校行かないと経験できないやつだ」

店に入りづらい気まずさが消えた。
シャーリーと行くならどんな店がいいかな?と考えられる余裕が生まれる。

先生が教えてくれた店はスザクが案内してくれた。
ケーキ屋さんは白と淡いオレンジ色の内装で、入るなり、ふわりと美味しそうな匂いがする。
店内は広い。
カフェも併設されていて、お客さんは多かった。
L字のショーケースは奥まで続いていて、種類が多くてひと目見ただけでは数えきれない。
色彩豊かだ。全てのケーキが輝いて見えた。
ケーキの大行列は端から端まである。全てを視界に収められない。

「全部たべたい……」

願望がそのまま口から漏れ出た。
「毎日一種類ずつ食べてもひと月かかりそうだね」とスザクもキラキラの笑顔で言う。
ケーキを全種類じっくり眺めたかったけど、縦長の冷蔵ケースに陳列されたプリンがだんだん減っていくのが見えて、目的の品を購入するのを優先した。
週末限定のプリンはひとり2個まで。
あたしはルルーシュさんとロロ君ですぐ決まった。

「スザクはプリンどうする?」
「僕はシャーリーとアーニャかな。
ジノのお土産は上にいっぱい飾ってるケーキにして、会長さん達には……チョコレートの美味しそうなやつを」

スザクは買うケーキを即決して店員さんに伝える。
チョコレート系も全て美味しそうだ。
あたしならけっこう悩むものを、スザクはパパッと決められて尊敬する。
あたしはプリンの他にショートケーキとオレンジのケーキを注文した。
お会計・商品受け渡しもスムーズで、時間はあっという間に感じた。
満足感がすごい。
遊園地のアトラクションみたいだった。

店を出てから手提げ袋の中をちょっと見る。
箱はふたつ、大と中。
中サイズの箱がプリンかな?
週末限定────とびきり美味しい特別なプリンのはずだ。
このプリンをルルーシュさんに!と心に決めていたのに、どうしてだろう。
『これは違うんじゃないか』と思ってしまった。

「大丈夫?」

気遣う声にドキリとする。
プリンの箱から顔を上げれば、優しい瞳があたしを見つめている。

「お返し……これでいいのかなって思っちゃって……」

言って少し後悔する。
ここまで付いてきてもらってるのに何を言ってるんだ。
自分が嫌になる。

「そうなんだ」

スザクの声は明るくて柔らかい。
話しづらいことでも言いやすい空気にしてくれる。

「……ルルーシュさんは手作りの料理をごちそうしてくれたでしょう?
だからあたしも手作りでお返ししたほうがいいのかな、なんて……」
「プリンを?」
「そ……そう、プリンを……。
……でもプリンって難しそう。
どう作ったらいいんだろう……」
「え”?」

すごい声で聞き返された。
スザクらしくない声にあたしも驚いた。
「んん”!!」とスザクは言って、ゴホンゴホンしてから、また微笑んでくる。
どうしたの?と少し心配したけど、いつものスザクらしい表情だ。

「……そうだね。
確かに、作り方をよく知らないとすごく難しく思えるよ。僕もそうだ。
手作りのほうがいいか、なんて悩まなくてもいいんじゃないかな。
『お返しをしたい』っていう空の気持ちがルルーシュは嬉しいはずだから、このプリンをきっと喜んでくれるよ」

スザクの言葉に不安が消える。
自然と笑顔になれた。

「ありがとう。
ルルーシュさんのお返しはこれにするね」
「うん。ロロも喜ぶと思うよ。
だってこれは─────」

スザクの声が途中で耳に入らなくなる。
あたしの視線は、意識は、全て目の前の男の子に集中した。

瞳が赤く輝いている。
ヴァルトシュタイン卿、アーニャの時と同じ色。
あとは……最初の記憶をぼんやりと覚えている、巨大な男の人の瞳の色。
宝石よりも美しい、普通じゃない赤色。
その瞳に目が釘付けになる。見入ってしまう。
男の子の背丈はロロ君と同じだ。
全身黒ずくめで、スキンヘッドで、無表情だ。
見ちゃダメだって思うのに、輝く赤い瞳から目をそらせない。
凝視していたから、男の子の視線がこちらに向きそうになった。
心臓を掴まれたような気がして、とっさにスザクを見る。

「スザク、ごみ、ゴミが……顔についてるよ」

足を止め、スザクの頬をジィッと見る。
そこしか見ない。男の子の方は絶対に見ない。
見たらダメだ。見ていたことに気づかれるのも絶対ダメだ。
緊張に鼓動が早くなる。
心臓がうるさくて、首のあたりまでドクンドクンいってる。
「え?」と止まるスザクに「右、右の、ところに」と指差しながら指摘する。
言われたところを「どこ? ここ?」と触って探すスザクは、あたしの嘘を信じてくれた。

「も、もう少し外側の、そう、そこ」

男の子に不審に思われないように、スザクとの会話を必死に続ける。

「うーん……どこかな……?」

スザクは困った表情で顔を寄せてきた。

「分からないな。
ごめん、取ってくれるかい?」

距離が近くて安心する。
男の子は歩いてどこかに行ったはずだ。周囲を見て確認はできない。
スザクの頬を人差し指でチョイチョイする。
緊張はすぐには解けない。指先が震えていた。

「……取れたよ」

下ろそうとした手をスザクはいきなり握ってきた。
驚くあたしに、ふわりと笑いかけてくる。

「ありがとう。
今日は手を繋いで帰ろうか」

優しく手を引いてくれて、緊張が和らいだ。

帰り道は少し遠回りして、違うルートを通ってアッシュフォード学園に行く。
静かな道に人は少ない。
離れたところを歩く女の人、ベンチでゆっくりしている老夫婦、楽しそうに犬を散歩させてる男の人────それぐらいだ。
やっと肩の力を抜いた。

「もう怖くない?」

スザクは今も手を握ってくれている。

「怖い、って……どうして?」

どうして気づいたのか。

「空が何かに怯えているように思えたから」

真剣な顔だ。
あたしの異変の理由を知りたがっている眼差しだった。

「……うん。急に怖くなったの。
人混みの中にある瞳が。
でも、もう怖くないよ。
スザクが手を握ってくれたから」
「クラブハウスまでこうしていようか」

澄んだ瞳と明るい笑顔にホッとする。

「ありがとう、スザク」

罪悪感がジワジワと心を覆っていく。
あの瞳のことをスザクには言えない。
先生にも、誰にも話せない。
あたしだってあれには絶対関わらない。
関わっちゃいけないと無性に思う。

深呼吸して、『いつも通り』を意識する。
これからルルーシュさんにプリンを渡しに行くんだから。

クラブハウスに行って。
スザクとあたしの訪問を、ルルーシュさんは笑顔で迎えてくれた。
プリンの箱を渡したらわずかに驚き、そして微笑んでくれた。

「ラックライトさん、わざわざありがとう。
スザクもよく来てくれた。
お茶をいれるから入ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」

渡したらすぐに帰るつもりだったのに、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「ありがとうルルーシュ。
お邪魔します」

スザクはにこやかだ。
慣れた足取りで中に入る。
「持とうか?」とスザクに言われ、ケーキの箱を渡した。
あたしはドキドキだ。
スザクの後ろを、足音を立てずに付いていく。
清掃が行き届いたきれいな廊下だ。
オシャレな窓が点々と続き、日当たりが良い。
前回歩いた時は夜だったから景色が違って見えた。

「(どうしてだろう)」

歩くうちに、胸の奥から強い何かが湧き上がってくる。
嫌な気持ちじゃない。
心がぎゅっと締め付けられて、目を覆い隠して泣きたくなる。

「(どうして……帰りたいって思うんだろう……)」

政庁の自室じゃない。
ノネットさんのいる宮殿じゃない。
どこか分からないけど、『帰りたい』と無性に思ってしまう。

「ラックライトさん。
スザクと座って待っててくれ」

微笑むルルーシュさんの顔を見るとホッとする。
嬉しくなって泣きたくなる。
名前を呼んでほしい、と思ってしまう。
どうしてそう思うのか自分自身分からなかった。
 


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