17話(前編)


シンクーさんに連絡を取ってもらったゼロは、大宦官に十分な根回しをしていたようだ。
江蘇省 こうそしょう沖────黄海に浮かぶ潮力発電用の人工島、蓬菜 ほうらい島を、海氷船の日本人全員の居住地として貸し与えてもらうことになった。
蓬莱島は全体が鉄色で、遠く離れた中華連邦本土は豊かな緑色に包まれている。

海氷船から降りたゼロと騎士団幹部を大宦官4名が出迎えた。
シンクーさんと武人の女性が後ろに控え、赤い中華服の守衛達も勢ぞろいだ。
ゼロは、ふっくらした体型の温厚そうな大宦官の人と握手した。

大宦官達が飛行機で帰った後、海氷船からぞろぞろと人が降りてくる。
総出で衣食住を整えなきゃいけない。
管理者用の住宅棟は最初からあるけど、全員が生活するには全然足りない。
ナイトメアを操縦できる人・建築経験者は仮設住宅を建て、力持ちな人は生活用道路を造設し、食事だってたくさん作らないといけないから大変だ。

《あたしも何か手伝いたいな……》

とは思っても、自分が今出来る事は全然無い。空の上でため息をこぼした。
港には潜水艦の他に、すごく大きな航空艦もある。
名は斑鳩 いかるがだ。

《空、下でカレンが呼んでいる》
《ありがとう! 今行くね!》

カレンの髪色は上空からでもよく見えた。
人混みの中、情熱的な赤色を発見して、地上まで急降下する。
一般人の女の子が3人、カレンの前で並んでいた。
ガチガチに緊張していて、扇さんが「大丈夫だよ。カレンは……彼女はすごく優しい子だから」と女子3人に笑いかけている。

「ありがとうございます、ゼロ。
空が来たら教えてください」

カレンが携帯で話している。

《ゼロ、行ったよ》
《ああ。カレンの隣に並んでくれ。
新しく入団した者を空に紹介したい、とカレンに頼まれた》
《新入りさん?
……あ! この子達が!?》

眼鏡の子、縦ロールの子、長髪の子────みんな同い年かな?
女の子の入団者にテンションが上がる。
ドキドキとワクワクでビシッと背筋を正した。
カレンは「えっもう来てくれたんですか!」と言った後、キョロキョロする。
隣をジッと見つめてくれて、「ありがとうございます、ゼロ」と微笑みながら言った後、通話を終えて携帯を片付けた。

「ごめんねお待たせ。
初期メンバーでね、私と同い年の女の子がもう一人いるの」

「紅月さんの他に!?」と眼鏡の子が驚いた。

「名前は七河空。
カワグチ湖のホテルジャックで人質になった子って言えば分かるかしら」

「え! あの事件のですか!?」と長髪の子が目を見開く。

「直接話せたらいいんだけど、今は単独任務で姿を見せられなくて……。
あなた達の自己紹介を動画撮影してもいい?
空に見せたらすぐ消すから、どうかしら」

3人ともやる気に溢れた笑顔で頷いてくれた。
扇さんはカレンから小さいカメラを受け取り、「これに自己紹介をお願いしたい」と言った。
カレンは女の子達から背を向け、「空。目の前に立って聞いてあげて」と呟いた。

《うん。了解!》

扇さんが構えるカメラの前に立つ。
女の子達は一列で並んだ。
最初は眼鏡の子だ。髪型は茶髪ポニーテール。瞳はきらきらと輝き、満面の笑みを見せてくれた。

「名前は日向 ひなたいちじく。
できる事は何でもしたいです!
よろしくお願いします!!」

勢いよくお辞儀する。
声がミレイに少しだけ似ている。元気な子だ。
いちじくちゃんはカメラの前からサッと離れた。
次は長髪の子。扇さんと同じ髪色だ。

「私は水無瀬むつきです。
お役に立てるよう頑張ります」

落ち着いた声音だ。お姉さんみたい。
後ろでモジモジしている他の子に「はい。次は綾芽ね」と優しく声をかける。
3人の中で一番背が低い子が緊張しながら前に出る。
髪をゆるく巻いた子で、南さんと同じ髪色だ。

「は、初めまして。双葉綾芽と申します……。
日本を取り戻す為なら、最前線にだって出てみせます……」

覚悟のある瞳で、カメラをジッと見つめてくる。
声がシャーリーに少しだけ似ている。この子はきっと意志が強い。

《自己紹介ありがとう。
身体に戻ったら絶対話そうね》

扇さんはお礼を言ってからカメラを下げる。
「君達には斑鳩のブリッジでオペーレーターをやってもらいたい。俺について来てくれ」と言いながら、3人を案内した。
カレンはひとり、微笑みながらそれを見送る。

「……空。
『単独任務中で表に出れない』って言ってるけど、早い内にあなたの事ちゃんと話すから」

あたしがこの場を離れてもカレンは話し続けるだろう。
ここにあたしがいると信じて。
それがすごく、すごく嬉しかった。

「ビックリするでしょうね。
空が幽体離脱で世界中を飛べるんだって知ったら」
《驚かせたくないなぁ。
ラクシャータさんに説明お願いしようかな。
玉城が『キノコやろうぜ』って言いそう》
「玉城が得意げに話しそう」

あたしの声が聞こえているんじゃ?と思えるタイミングだった。
男の人も、荷物を運ぶ女の人も、不思議そうな顔でカレンをじろじろ見ながら歩いていく。
居心地が悪くなる視線を四方から向けられても、カレンは笑顔を絶やさない。

「……そうだ。歓迎会でスザクと一緒に歩いているのを見たわ。
楽しそうに笑ってて、記憶を失ってるなんて思えなかった。
でも全部忘れてるのよね。今までの事も、みんなの事も。
スザクは最低だと思う。
“七河空”を知っているのに、それをずっと隠したままで。
一発ぶん殴ってやりたかった」
《スザクも多分、自分自身を最低だと思ってそう……》

じろじろ見られ続けても、カレンは少しも気にしない。

「……楽しそうだけど、たまにぼんやりと遠い目をしていたの。
少し心細い感じで……迷子みたいに。
近くでたまたまそれを見ちゃって……すごく、辛かったわ」

カレンは苦しそうな顔で拳を握った。

「今のままじゃ絶対ダメ。
絶対取り戻さなきゃいけないって思った。
待っててね、空。
あなたの身体を保護する準備が整い次第、すぐに動くから」
《うん!》

カレンの携帯が鳴る。
相手はゼロだ。
管理者用住宅棟の最上階、ゼロの私室まで来てほしい────という内容だった。

「行きましょう、空」

呼びかけてくれる声がひたすら嬉しかった。

《ゼロ。新入りさんの自己紹介聞いたよ》
《気兼ねなく話せそうだったか?》
《友達みたいに話せたらいいなって思った。
今からカレンとそっち行くね》

目的地を目指す途中、カレンが「美味しそうな匂いがするわ」と呟いた。
キッチンが近いのかな?

ゼロの私室に到着し、カレンはノックしてから入室する。
ディートハルトがゼロと話していた。

「幹部候補の人材ピックアップは終わりました。当面は斑鳩に?」
「そうだな。あとは内政担当者だが」
「承知しております。
情報管理のセクションと合わせ、構築しましょう。では」

退室する。
カレンは自動扉が閉まってから、肩の力を抜いてゼロを見た。

「ディートハルトは信用できるの?
咲世子さんの時みたいに独断で……」
「逆に読みやすくなった。
あの男は、ゼロという記号を神にしようとしている。
行動はそこから推測できるだろう」

ディートハルトはゼロの強烈なファンだ。
ゼロの為と思って暴走しなきゃいいけど……。

「それに、情報操作に関しては得がたい逸材だからな」

ゼロは扉にロックをかけ、窓のブラインドも下ろした。

「お疲れ様。やっと一息つけるわね」
「休憩するにはまだ早い。
片付けなきゃいけない物が多すぎる」

言われて気づいた。
右には開封されていない段ボール箱が積まれているし、左には緑のラッコの着ぐるみが転がっている。
これは整理整頓したくなる。

ゼロはマントを脱ぎ、畳んでデスクに置き、仮面を外した。

《わぁ……》

カレンの前で! 仮面を! 外してくれた!!

「手伝うわ。私は何をやればいい?」
「これを接続ポートに刺してくれ」
「接続ポートって上? 下?」
「上だ。天井の」

カレンは靴を脱いでデスクに上がり、天井の蓋を外してカードを刺す。
ルルーシュはしゃがみ、デスク下の配電盤を開け、スイッチをポチポチ押し始めた。

信じられる相手にだけ素顔を見せてほしい、とずっと思っていた。
だからこそ今の状況がたまらなく嬉しい。

声を上げて笑いたくなったし、ロイドみたいに『アッハァ!!』って言いたい。
ハァ〜〜〜〜〜〜〜ニヤニヤしちゃう!!

《何をそんなに喜んでいる》

呆れた声にドキッとした。

《な。なん……なんで分かるの?》
《どうしてだろうな。
空が今どんな顔をしているか、何となく分かってしまった》

頬がゆるむ。
へへ、と小さく笑いがこぼれた。

《すごいなぁルルーシュは。
そのうち、あたしの姿も見えるようになるかもしれないね》
《ふふ。早く見たいな》

カレンはカードを刺した後、デスクの上からジッとルルーシュを見つめた。
彼女の視線に気づき、紫の瞳が上を向く。

「なんだ?」 
「教えてルルーシュ。
どうして戻ってきてくれたの?」

ルルーシュはゆっくり立ち上がる。
上目遣いの瞳は優しい色をしていた。

「……カレン。
全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰らないか?」
「え?」
「俺は……帰りたいと思っている。
その為に……」

キョトンとしていたカレンは、ルルーシュの願いを聞き、はにかんだ。
 
「そうね。
それなら記憶喪失の……あの子をどうにかしないとね。
スザクがそばに居なきゃいいのに」
「最大の障害だ」
「私も考えるわ。どうにかする方法」

カレンはグッと拳を握る。
スザクを実力行使で排除する気かな?
手のひらをふわりと開いた。

「無理やり連れ去りたくはないわね……」
「彼女の意思を無視して租界からは連れ出せない。
それに、位置情報を常に発信している心拍計を装着している」
「えっ!?」

慌てて飛び降り、スタッと着地した。

「何それ! 初めて聞いたんだけど!!」
「自分の意思で装着している」
「それじゃあ空の身体は……私達のところには……」
「今は無理でも、いつか必ず迎えに行く。
“ラックライト”を名乗るアイツは、自分を知っている人間を捜しているからな。
あっちから接触させる方法なんていくらでもある」

ゲスい笑みを浮かべる。
「悪い事はしちゃダメよ」とカレンはジト目で言った。

「……そうだルルーシュ。
新宿ゲットーだけど、空はいたの?
ルルーシュがひとり塞ぎ込んでいたあの場所に」
「ああ。カレンの言った通りに」
《あの時こっち見てくれたんだよ!
すごく嬉しかったんだから!!》
「空のいる方を見ていたようだな。
すごく喜んでいる」

自動扉からピッと電子音が聞こえ、ガーッと開く。
チーズ君を小脇に抱えたC.C.がやって来た。
ルルーシュはガバッと仮面を装着する。
C.C.の後ろで、ピザの箱を持った卜部さんまで来た。

「なぜ入ってこれる!」
「そ、そうよ! 確かにロックをかけたはずなのに!!」
「ここのキーを扇から貰った」

自動扉がウィーンと閉まり、カチッとロックがかかる音が聞こえる。
C.C.は部屋の端まで進み、モニター前の席に座った。
卜部さんはピザの箱をC.C.の前に置く。

「卜部……お前、こき使われているのか」
「ゼロ奪還の功労者だからな。
頼まれたら断れない」
「ちょっとC.C.! 卜部さんにそんな事させないでよ!!」

C.C.の視線はピザに釘付けだ。
中身はすでにカットされていて、もぐもぐと食べ始めた。

「運んだ褒美をやる。お前も食べろ」
「珍しいな。いただこう」

卜部さんとC.C.は二人仲良くピザパーティーを始めた。
ルルーシュは『何やってるんだお前は』と言いたげな険しい顔をした。
もぐもぐしていたC.C.は大きなため息を吐く。

「……やはりタバスコだ。
おいゼロ。ここにはラー油しかない。
タバスコっぽい調味料を作ってくれ」
「自分でやれ」「自分で作りなさいよ!!」

ピー!と通信音が鳴る。

『ゼ口様! 斑鳩に来てください!!
大変なことが!!』

切羽詰まった神楽耶ちゃんの声。

《何か緊急事態? どうしたんだろう?》
「行くぞ」

マントを装着したゼロと、カレンと卜部さん、C.C.はチーズ君を抱っこして、急いで現場に向かった。


  ***


斑鳩のブリッジに駆け込めば、いつもと違って余裕がない神楽耶ちゃんがゼロを迎えた。
幹部メンバーは全員揃っている。
綾芽ちゃん達はオペレーターの席に座っていた。


「ゼロ様! 政略結婚です!!」
「……神楽耶様、一体何が?」
「皇コンツェルンを通して、式の招待状が届いたのです!
新婦は、この中華連邦の象徴、天子様。
私を友人として招きたいと」

みんな先に話を聞いているようだ。
場にいる全員が深刻そうな顔をしている。

「そして新郎はブリタニアの第一皇子」と藤堂さん。
さらにラクシャータさんが「オデュッセウスとかいう人〜」と軽い口調で言った。
それは最悪な緊急事態だ。
結婚されたら黒の騎士団は活動場所を失ってしまう。
それに天子ちゃんが結婚だなんて。
今何歳だっけ? まだ小学生くらいだと思うけど。

ディートハルトもゼロに歩み寄る。
悔しそうな顔をしていた。

「用意していた計画は間に合いません。
まさか大官官が!」
「いや。ブリタニアの仕掛けだろう」
「だとしたら、俺達は……」

扇さんは不安そうだった。

「最悪のケースだな」
《こんなことが……》
《この手を打たれる前に天子を押さえるつもりだった……!
まさかこんなに早く、あんな凡庸な男が!》
「なに心配してんだよ。
俺達はブリタニアとは関係ないだろォ?」
「はぁ!?」
「国外追放されたんだからさ」

耳を疑うカレンに、玉城はヘラッと楽観的に笑う。
この場で玉城だけが分かってない。

「あの……罪が許されたわけじゃないんですけど……」と綾芽ちゃんがおずおず言い、
「それに政略結婚ですし……」と、むつきちゃんが難しい顔をしながら言って、
「中華連邦が私達を攻撃してくる可能性だって……」と、いちじくちゃんは呟いた。

「じゃあ何かよ!!
黒の騎士団は結婚の結納品代わりか!?」
「あら! うまいこと言いますね」
「使えない才能に満ち満ちているな」

神楽耶ちゃんとC.C.に言われて、玉城はやっと危機感を抱いてくれた。

「のんきこいてる場合か!!
大ピンチなんだぞ、これは!!」
「理解したようだな」

仙波さんは苦笑する。
ディートハルトはゼロを横目に見た。

「ゼロ、この裏には……」
「ああ。もう一人いるな。
険悪だった中華連邦との関係を一気に。
こんな悪魔みたいな手を打ったやつが」

声だけで分かった。
ルルーシュは今、仮面の下で苦い顔をしている。

《それってもしかして……》
《シュナイゼルだ》

凡庸な男呼ばわりされる第一皇子が打てる手じゃない。
シュナイゼルが入れ知恵したとなると、事態はゾッとするほど進んでいる。

神楽耶ちゃんが改めて見せてくれた招待状には、祝賀会もぜひ出席してください的なことが書かれていた。
シュナイゼルがいるかもしれない空間に神楽耶ちゃんだけ行かせるわけにはいかない。
ゼロとカレンの同行も決定した。

祝賀会では何が起こるか分からない。
招待状に記載されている日時を見てホッとする。
幸いにも猶予があって、黒の騎士団は総動員で準備できそうだった。

 


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