「7月7日に?」
「はい。昔から続いている風習ですわ。
その日を七夕と呼んでいます。
短冊に願いごとを書いて笹に飾ると、その願いが叶うそうです」
咲世子さんの言葉に、ミレイはすぐに笹を注文した。
***
7月7日。
空はどんより覆っているけど、今日は晴れだと天気予報で出ていた。
生徒会室の隅に、天井まで届く長さの笹がワサっと飾られている。
リヴァル達は珍しそうに、カレンは懐かしむように、笹をジーッと見つめている。
咲世子さんがナナリーを笹の場所まで連れて行く。
笹の葉っぱの感触を楽しむナナリーを見守るのはスザクとルルーシュだ。
嬉しそうな顔をしていて、見ていて微笑ましくなった。
「みんなー! 短冊ちゃんと届いてる〜?」
「たんざく……って、この紙ですか?」
シャーリーは厚みがある細長い紙を手に持ち、不思議そうな顔をしている。
みんなの手元にはヒモつきの短冊とペンが行き渡っていた。
「ミレイちゃん、これに願いごとを書くの?」
「手書きかぁ〜」
ミレイは満面の笑みで短冊とペンを掲げた。
「願いごとを書いた短冊を笹に飾ったらその願いが叶うんですって!
あ! ナナリーは短冊の代わりに鶴ね。
ナナリーの願いごとは鶴が空まで運んでくれるから」
「はいっ!!」
リヴァルがバッと手を挙げる。
「はぁーい会長質問!
願いごとってなんでもいいの?」
「もっちろん!
好きに書いてちょうだい!」
シャーリーとリヴァルとニーナの顔つきが変わる。
それぞれが真剣な表情でペンを握り、短冊に向き直った。
「それじゃあ私も書こうかしら。
あ、咲世子さんも書いてちょうだいね」
「ありがとうございます。
一筆書かせていただきますわ」
みんながテーブルに着席し、願いごとを書き始める。
スザクはペンを動かさない。
ナナリーが鶴を折るのを横目に見て、その後で書き始めた。
ルルーシュは短冊を見下ろしている。
生徒会の書類を片付けている時の眼差しだ。
ルルーシュはどちらかと言うと、願いは自分で叶えたいほうだろう。
そろそろあたしも願いごとを書かないと。
ペンを握り、短冊に視線を落とす。
どうしようかな。叶ってほしい願いが思い浮かばない。
それに、書いた願いを読まれるのは恥ずかしいな。
“七夕の夜、空が晴れますように”と書いた。
思い返せば、あたしは生まれて一度も天の川を見たことがない。ずっと曇りか雨だ。
七夕の夜空を一度でいいから見たかった。
サラサラ書いて、達成感に一息こぼしてペンを置く。
ほとんどの人が書き終わり、手を動かしているのはルルーシュとナナリーだけ。
鶴を折っていた手を止め、慌てた様子で顔を上げた。
「あの……皆さん、もしかして書き終わりましたか?」
「いいや、まだだよ。
願いごとたくさんあって決められなくて。
急がなくていいからな、ナナリー」
ルルーシュの言葉に生徒会メンバーの心がひとつになる。
「僕もそうだよ。すごく悩んじゃって」
「すぐには決められないよ。
ナナちゃん、ゆっくりでいいからね」
ナナリーはホッとした顔で微笑み、折り紙を再開させた。
ピンクの折り紙が鶴になっていく。
完成まであと少し、というタイミングでミレイが口を開く。
「それじゃあ、願いごとを書いた人から笹に飾っていきましょう」
リヴァルとニーナが席を立つ中、カレンがこっそり近づいてきた。
「ねぇ、空はどんな願いごとを書いたの?」
「あ! それ私も知りたい!
どんな願いごと書いたの?」
ギュンッとシャーリーも近寄ってきた。
あちこちから視線を感じる。注目しないでほしいなぁ。
「えー……っと。その……」
手のひらの上の短冊をチラリと見る。
緊張してドキドキしながら答えた。
「『七夕の夜、空が晴れますように』って」
「今日の夜?」
「空が晴れますようにって……」
「天気かよッ!!」
リヴァルのツッコミがグサッと刺さる。
ミレイはにんまり笑ってくれた。
「そういう願いごともありかもね」
「僕もそう思う。良い願いごとだ」
「晴れたらみんなで星空を見れますね」
優しい空気だ。すごく安心した。
「ジャジャ〜ン! 私のも見せちゃいま〜す!!」とミレイが短冊を高く掲げた。
「『ルルーシュがイベントにもっともっともぉ〜っと乗り気になりますように!』
これが私の願いごとよ!!」
「名指しは止めてください」とルルーシュがうんざり顔で言う。
スザクは笑顔で「僕の願いごとは『アーサーともっと仲良くなりたい』」と言った。
リヴァルも短冊をペラッと見せる。
「それじゃあ俺も。
『すごい幸せになりたい!』って書いたぜ」
シャーリーは照れ笑いを浮かべ、ニーナは頬を染めた。
「私は『燃え上がるような恋がしたい』だよ」
「『ユーフェミア様に会えますように』」
あたしは次にカレンを見る。
彼女はコホンと咳払いした。
「私は……『私の大切な人がずっと笑顔でいますように』よ」
ルルーシュはどうだろう?
視線がぶつかり、ルルーシュは小さく微笑んだ。
「俺のは『来年もみんなで七夕が過ごせますように』だ」
ナナリーは包み込むように両手で鶴を持つ。
「わたしは『今日見た夢が正夢になりますように』です」
「『無病息災 一陽来復』」
「願いごと叶ってほしいわね。
みんな! 短冊を笹に飾りましょう!」
ミレイの一声に、リヴァルやニーナが笹を目指して歩いていく。
ナナリーは鶴を優しく撫でていた。
『お願いしますね』って言ってるみたいだ。
「ねぇナナリー」
「はい」
「今日はどんな夢見たの?」
ふふ、と嬉しそうに微笑んだ。
「夢の中で、わたしは18才だったんです。
誕生日を皆さんが祝ってくださってました。
お兄さまが突然、『大事な話がある』って言ってきたんです。『紹介したい人がいる』って。
お兄さまが誰かを連れてきて……『結婚するんだ』って。
そこで夢が終わったんですけど、続きを見たいなって思えるぐらいすごく嬉しい夢でした」
シャーリーとミレイがバタバタと走ってきた。
「ナナちゃん! ナナちゃん!!
その話、もっと詳しく聞きたいなぁ!」
「ルルーシュのお嫁さんってどんな人だった!?」
目がすごくマジだった。
***
夜。
空を覆い隠していた雲はいつの間にか消え去ってて、数え切れない大小の星が輝いていた。
「咲世子さん、空は晴れてますか?」
「はい、雲ひとつありませんわ。
風が気持ちいいですね、ナナリー様」
「カメラを借りたよ。
写真をたくさん撮るからね」
パシャリとスザクは写真を撮った。
ルルーシュの部屋に視線を移す。
消灯していて暗いけど、C.C.が窓辺に立っているのが見えた。
あたしは小さく手を振った。
「まさか本当に晴れるとは……」
ルルーシュは驚き顔で呟いた。
「良かったね。
この夜空ならみんなの願いごと絶対に叶うよ」
「そうだな。
俺とナナリーの願いは確実に叶う」
「ルルーシュとナナリーの願いごとは……」
『来年もみんなで七夕が過ごせますように』
『今日見た夢が正夢になりますように』
「ナナリーの誕生日に、ルルーシュが結婚する……?」
ルルーシュが右手を差し出してきた。
手を繋いだけど、今日の繋ぎ方がいつもと違う。
「4年後だ」
そっと呟いてきた。
ルルーシュの親指が、あたしの薬指をゆっくり撫でる。
顔がクシャってなるほど恥ずかしくなった。