11話(後編)


廊下にはカレンがひとりだけ残っていた。
その場でジッと待ち、メモ帳をペラペラめくっている。
「なんにも書いてないわね……」と呟いていたら
シンクーさんが戻って来て、メモ帳を慌てて閉じた。

「お待たせしました。
紅月カレンさん、応接室にご案内します」
「は、はいっ!」

シンクーさんの後ろを、カレンはギクシャクしながら歩いて行く。
それを見ながら離れた場所で《ルルーシュ。あたしはカレンのそばに今もいるよ。応接室に行くからね》と伝えれば。
《ああ。電話にはいつでも出れる》とすぐに返事してくれた。

案内してもらった応接室は思っていたよりも広く、奥行きがあり、幽体離脱状態のあたしを知ってる全員が着席していた。
C.C.だけ大きい柱のそばに立っている。
みんな静かだ。
玉城までカチンコチンな様子で座っている。ちょっとでも傷ついたら高額な賠償金請求されそうなテーブルや椅子だから仕方ない。
入室するカレンに気付くなり、玉城は『こっちだこっち!! こっち座ってくれェ!!』と目で訴えかける。
空いてる椅子は4つ。
玉城の必死な様子にカレンは『うわ……』という顔で見つつ、卜部さんの隣に座る。
ガクッとうなだれる玉城だった。
扉を閉めたシンクーさんはすぐに本題に入った。 

「私の名は黎 星刻。
集まっていただいたが、ゼロは今、外にいる。
移動しながら電話で説明するそうだ」

場が少しざわつき、カレンが「ゼロは外にいる協力者の元に行くそうです!」と慌てて付け加えた。
全員が納得し、場がまた静けさを取り戻した。

シンクーさんはオルゴールのような赤い箱をテーブルに乗せ、コードを伸ばして携帯に繋ぐ。
携帯を操作すれば、赤い箱から呼び出し音が聞こえた。
ワンコールでゼロが出る。

『私だ。
面と向かって話すべきだが、今はこの形でしか説明できない。
空が諸君のそばにいる事を証明する為にも、受け入れてほしい』

赤い箱はスピーカーみたいだ。
ゼロの声が大きくハッキリときれいに聞こえる。

『今、空の姿は誰にも見えない。
声を聞くこともできなくなっている。
幸い、私だけが彼女の声を聞けるようだ。
信じていない者も当然いるだろう』

あたしは全員をサッと見る。
信じている人、そうじゃない人、半々といった感じだった。
シンクーさんは特に厳しい顔つきをしている。

『書くものを渡している。カレン、出してくれ』というゼロの言葉に、緊張した顔のカレンは無言でテーブルにメモ帳とペンを出す。
 
『全て白紙だ。
誰でもいい、書いてくれ。
そこにいる空が読み上げ、それを私がそのままキミ達に伝える』

書けと言われてもすぐには動けない。
手を伸ばす人はひとりもいなかった。

《ゼロ。いきなりのことだから誰も書こうとしないよ》
《誰か動いてくれたらいいんだが》

戸惑いで重い空気の中、手を上げたのは扇さんだった。

「ゼロ、俺が書いてもいいか……?」

自信の無い控えめな声にスピーカーからフッと笑う声が聞こえた。

『ありがとう、扇。
キミが一番に名乗り出たおかげで他の者も書きやすくなるだろう。
私の許可はいらない。
誰が書くか、それも空が教えてくれる』
「わかった」

全員の視線が集まり、扇さんは緊張しながらペンを手に取る。
書いたのは……

《ナオト、これ……カレンのお兄さんの名前だ!》
『……そうか。
今、空が教えてくれた。
扇はカレンの兄の名を……ナオト、と書いてくれたな』
「扇さん! お兄ちゃんの名前を書いたんですか……!」
「ああ。浮かんだのがこれしかなかったから」

扇さんは照れ笑いを浮かべた。

「空はここにいる、と言いたいところだが……」と南さんは難しい顔で呟き、
「文字を書く音は聞こえるからね。
それで筆記内容を判断したとも考えられる」と昇悟さんはにんまり笑う。

「よし! 次は俺が書くぜ!!」

元気いっぱい挙手する玉城に千葉さんはため息をこぼした。

「その一声で誰が書くのか分かるな」
『……ああ。すぐに分かった』

ゼロの声も呆れていた。

「空が見てるんならキレイに書かねぇとなー」

メモ帳を受け取る玉城はウキウキしながら書き始める。
“ゼロは細いからもっと肉食え!”と書き、横にマントを広げるゼロっぽいイラストまで描いていく。
隣に座る仙波さんは横目で見ながら半笑いを浮かべた。
「かなりの分量を書いているな」と目を閉じながら藤堂さんが言う。

《ゼロは細いからもっと肉食え!だって。
絵も描いてくれてるよ。マント広げてるゼロみたいなやつ》
「出来たぜ!!」
『……それを、私は読まなければならないのか』

引きつった声。すごい嫌そうだ。
「まるで、ゼロ自身がこの場にいるような物言いだな」とシンクーさんは冷静に分析し、
「言わなければならない。そのまま我らに伝えるという決まりだからな」と仙波さんは言った。
ごほん、とスピーカーから咳払いが聞こえて、

『ゼロは細いからもっと肉食え……』

ぎこちない声が聞こえた。
場の空気が一気に緩む。
何人かは吹き出し、真剣な顔をしていた藤堂さんですらちょっと微笑んでいる。
ヒー!と玉城は引き笑いをした。

「すげぇ!! 書いた字をそのままゼロが言ってくれるぜ!!
もっかい書くからそれも言ってくれ!!」
『遊ぶな』

被せるように言ったゼロの声は低い。お怒りだ。
「もう充分よ」と言ったカレンは不機嫌な顔で玉城から筆記用具を取り上げる。
全員を見渡してからカレンは言う。

「書いた文字を空が読んで、それをゼロが伝えてくれた。
空はちゃんとここにいる。
それを信じられない人はまだいる……?」

不安そうなカレンに、座っている全員が笑みを返した。
信じてくれている顔をしていた。

「私にも一筆書かせてくれ」

シンクーさんが挙手する。

『お願いしたい。
キミに信じてほしいと、空が誰よりも思っている』

物音を立てず、メモ帳を開いてペンを握る。
全員がシンクーさんに注目していた。
流れるように文字を書き、ペンを戻し、スッと下がる。
最後まで物音ひとつしなかった。

「このペンはゼロ、キミが用意したものだ。
書いた字をそちらに送信する仕掛けが施されているかもしれない。
私が何を書いたか読めても、それが意味するものを真に理解できはしない」

シンクーさんはフッと微笑む。挑戦的な表情だった。

『空は全て教えてくれた。
キミが彼女に会いたい理由も私は知っている。
何を書いたか読んでくれ、空』
《うん!》

スイーッと接近し、顔を近づける。
漢字が4文字だ。

《九……天……わかった!
これ九天玄女だよ! 前に話したやつ!》
『“九天玄女”……と今、空が言った。
彼女は大宦官に戦の女神だと勘違いされたな』

シンクーさんは息を呑み、見開いた目をゆっくり伏せた。

「……ゼロ、非礼を詫びる。そしてキミの言葉を信じよう。
空さんは確かに、ここにいらっしゃる」

恭しく頭を下げる。浮かべる笑みは喜びに震えていた。

「全員信じた。
ゼロ、そろそろ本題に入ろう」

黙って見守っていたC.C.がやっと口を開いた。
ニコニコしていた玉城も笑みを引っ込める。
『ああ』と返事するゼロに、うむ、と藤堂さんも頷いて口を開いた。

「聞きたいと思っていた。
ゼロ、彼女の身体は今どこで眠っている?」
『それは私も把握していない。空も同様だ。
ずっと戻れない、と彼女は言っていた』
「ブラックリベリオンで何かあった、というわけか」
『そうだ』
「ブラックリベリオンでよぉ、司令部にしていた一室あっただろ。
そこで空は眠っていた。
俺は確かに見たぜ」
「ええ。私も見た」
「扇が撃たれた後だ……。
それから戦況が一気に悪くなった」
「あー……あの時は逃げたな、俺ら」

バツが悪くなり、玉城は片手で顔を覆った。
南さんも表情を曇らせる。

「あの時は誰もが自分のことで手一杯だったからな。
その後は誰も知らない」
「それじゃあ、全員が逃げた後も、空ちゃんは司令部の部屋にずっと居たってこと?」
「眠っている空を、何者かが連れ去った」

C.C.の言葉に、部屋が緊迫した空気に包まれる。
卜部さんも苦しそうな顔で話す。

「俺達は身を潜めながらずっと捜していた。
手がかりは今も掴めていない。すまないな……」
『謝るな。捜索を続けてくれていたことに感謝する』
「この日本には……」

扇さんの声は震えていた。
続きは誰も言わない。

《……世界中を飛び回って捜すしかないね》
『ああ。空は敵の手の内にある』
「巧妙に隠しているだろう」

シンクーさんは鋭い刃物のような眼差しをしていた。

「こちらには独自の情報網がある。
私の部下にも探らせよう」
『ありがとう。キミがいれば心強い』
「救っていただいたからな。
今がお返しする時だ」

シンクーさんもいるなら安心だ。

「空は生きている」

C.C.の言葉に全員が顔を向ける。

「……きっと、この世界のどこかで生きている。
見つけるのは困難だ。
お願いだ。空を助けるのを手伝ってくれ」

C.C.の懇願をみんなはまっすぐ受け止めた。
力強い瞳をしている。
返事の声が一斉に上がった。

やるべき事を心に決めた。
ナナリーと、あたしの身体を、絶対に見つけ出す。


  ***


深夜の総領事館は静まり返っていた。
起きているのは一部の団員さんと中華連邦の人だけだろう。
ゼロの私室にはC.C.ひとり。白いインナーだけで、上に着ていた黒い服はつい立てにかけている。
明かりは卓上ランプだけついている 

「空は朝まで私のそばにいる、とアイツは言っていたが。
この部屋のどこにいるのやら」
《ここでーす》
「空なら、きっと……。
私の隣で横になっていそうだ」
《あっすごい! 大当たり!!
今寝っ転がってるところだよ》

ソファの真横、低い位置で宙に浮いたままだ。

「ただ一緒に寝るだけなら退屈だろう。
ここにいるなら、何か話してやりたいが。
空が聞きたいのは……」

枕にしていたクッションを取り、胸に抱き直した。

「……そろそろ、アリルのことを話さないとな」

ふふ、と息をこぼす。

「もうずいぶん昔の話だ。
アリルの顔も、もうぼんやりとしか思い出せない。髪は麦畑みたいな金色で、瞳は……確か、青い花の色をしていた。 
声だってもうあいまいだ。
忘れないのは名前だけだよ。アリルデリカ・ラックライト。
楽しそうに笑っていたのを覚えている。
あとは……そうだ。豊作祈願の祭りだ。連れ回されて変な格好もさせられて……」
《髪は金色、瞳は青。
祭り……変な格好……なんかミレイみたい》

過去に一度だけ会ったことがある。
暗闇に閉じ込められて出られなかった時、ミレイに似てる人に助けられた。
あれがアリルさんなのかもしれない。

「子供に頼まれ、助ける為にこの世界に来た……そんなヤツだ。私のことも放っておけなかったんだろう。
手を握って、抱きしめてくれて、私は……家族がどんなものかを知ったんだ……。
……あの頃の私は……魔女ではなく、人と同じように生きていた、そんな気がする」

クッションをギュッと握り、まぶたを閉じた。

「……変な夢を見た、とアリルが言い始めて……そこからだ。
全てがひっくり返り、崩れ落ちるように変わっていったのは……。
赤目の子供が夢に現れるようになって、アリルは空と同じあの姿に……。
赤い目の子供にお願いされたようだ。
体から抜けるのはアリルのほうが多かった。
ずっとそばにいたのに、だんだんと遠ざかっていくように思えたんだ……」
《それは……すごく寂しかったね》
「……行くな、とつい言ってしまった。私の所にいろ、と。
アリルが……どこかに行きたがっている目をしていることに……私は気づいていたのに……。
離れればよかったんだ。遠ざけておけばよかった。失いたくないと思うのなら……」

抱きしめていたクッションを今度は顔に持っていった。
表情が隠れて見えなくなる。
C.C.は息を潜めて静かになった。

透けた身体をむくりと起こす。
泣いていないけど、泣いているように見えてしまった。
C.C.の頭に手を伸ばす。
今は何も触れないけど、撫でるつもりで手を動かした。

しばらく経った後、C.C.の腕がやっと動いた。
重い息をこぼして顔からクッションをどけて胸に抱き直す。
暗い表情をしていた。

「おまえとルルーシュのように、私の中でアリルの声が聞こえるようになったのは、アリルが……。
……アリルを亡くしてからだった」
《亡くなってから……》

空は生きている、とC.C.は強く言っていた。
そういうことだったのか。

「不安には思うな。
アリルと空は違う。
おまえは生きていると全員が信じている」
《うん。あたしもだよ。
あたしは絶対無事! 死んでるなんてあり得ない!!》
「アリルの声を最初はただの幻聴だと思った。自分にとって都合が良かったからな。
それでもいいと、すがりついた。
アリルは長いこと語りかけてくれた。
私を独りにしないように。ずっと、私の心に寄り添うように。
聞こえなくなったのは……春だ。桜が咲き始めた暖かい日。
ブリタニアが日本に侵攻する、少し前」
《あ! 覚えてる!!
皇暦2010年8月10日!》
「声が聞こえなくなり、独りになって……そこで私は、自分の願いに気づいたんだ。
だから歩くことができた」
《C.C.の願いか。
ルルーシュと契約する時言ってたよね。
確か……“力をあげる代わりに私の願いを叶えてもらう”だったっけ?
C.C.の願いってなんだろう……》
「……今は。
空、私は……今は、おまえをひとりにしたくない。
『ひとりきりじゃないね』と空が言ってくれた時から、ずっとそう思っている」

C.C.は微笑んだ。
ふわり、と柔らかく咲く花みたいだった。

「次は……そうだな。最近のことを話してやる。
カレンと卜部と、他のヤツらと過ごした今までを」
《わー聞きたい!!》

音のしない拍手をする。
夜が明けるまでC.C.はたくさん話してくれた。


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