17-5 杉山編


『愛している』というのはどういう気持ちだ?────というゼロの問いかけで生じた盛り上がりは、ゼロがいなくなっても盛り上がったままだった。

「まさかあのゼロがなぁ〜愛を知りたがるなんてなぁ〜。
うへへっ! 真一郎お兄さんが教えてやらねぇとなぁ!!」
「ちょっと!! ゼロは真剣なんだから遊ばないでよ!!」
「ああそうだ。面白がるのは絶対やっちゃいけない」
「遊んでねーし面白がってもねーよ。
なぁ扇、俺は応援したいんだぜぇ〜ゼロの人生をよぉ〜」
「そうだな。もしゼロが俺達より年下なら────」

そう、南が話し始めた瞬間、直美さんが静かに立ち上がった。

「────人生の先輩として助けてやりたいな」

会話を邪魔しないように静かに2階へ上がっていく。
みんなは盛り上がっていて気にしない。 

「人生の先輩……そういえば南さんはおいくつでしたっけ?」
「扇と同い年だ。26」
「真一郎お兄さんは24な〜」
「ゼロって何歳なんだろう。
男か女かも分からないわね……」

音を立てないように席を離れ、自然な足取りを意識して2階を目指す。

「女だな。
前に空の包帯ひとりで替えてたんだから」
「女……にしては、出るところが全然出てブベッ!!」
「黙って」

2階に行けば、賑やかな会話は本当に小さくなる。
直美さんならきっとキッチンだ。
そう考え、そわそわした気持ちで足を運べば、やっぱり直美さんは思った通りの場所にいた。
壁にもたれ、お湯を沸かしながら空のマグカップを片手でプラプラさせている。
どこかを一心に見つめる顔は憂鬱そうだ。
心配になったけど、キレイだとも思ってしまう。

「……直美さん、大丈夫か?」

ビクッとしてマグカップを両手で持ち直した直美さんは、パッとこちらを見て笑顔を貼り付けた。

「あ、なぁに? ビックリした。
どうしたの?」
「コーヒー飲みに来た。
……で、来たら直美さんが少し具合悪そうに見えて、大丈夫かなって」
「え? 具合悪そうに見えた?
やだわぁ。寝不足かしら」

そう言って笑う。無理やりに。
直美さんの笑顔が好きだけど、そういう風に笑うのは見てて悲しくなってくる。
湯がちょうど沸いて、直美さんより先に動いて火を消した。

「悩みなら聞くから。
ほら、俺ら……仲間だから」

俺の視線の先は熱々のやかん。
直美さんの顔は見ないでおく。
観念したようだ。重いため息が聞こえた。

「……さっき、年齢の話が出たでしょう?
察知して逃げちゃった」

笑みのある声だ。
でも顔は、さっき見た憂鬱そうな表情だろう。

「女性に年齢はみんな聞かないわね。
でもほら、私は同い年だから」
「……そうだな。前に学校の話をしてくれたもんな」
「あーあ、もう。出身校言わなきゃ良かった。
後輩君にだけ特別よ。悩みを聞いてちょうだい」

心の中だけでグッと拳を握る。
横にずれ、戸棚から自分のマグカップを出した。

「聞きますよ、先輩。
だから教えてくださいね」
「はいはい」

直美さんは苦笑しながらコーヒーの粉を入れ、次に俺がお湯を注ぐ。
長いこと共に戦っていると家族みたいに感じてしまう。けっこうな大家族だ。
でも俺は本当は、ちゃんとした家族になりたかった。

「好きの気持ちがどれくらい積もったら結婚できるのかしら、なんて思っちゃって」
「け、結婚」

声が変に上ずった。
直美さんは気づかずに「ブリタニアと戦争してるのに、結婚なんて呑気なこと考えちゃダメなんだけど」とコーヒーをひと口飲んだ。

「私も……あと何年かしたら30歳だから。
どうしても結婚の事を考えちゃうのよね……。
……日本が占領されなかったら、きっと結婚して子どももいたと思うから」
「子ども、か……」

……いいな。
と、思ってハッとする。
悩みを打ち明けてくれているのに、顔がにやついて仕方ない。

「ニコニコしないでほしいわね」
「ごめん! ごめんなさい直美さん!
違うんです! 直美さんの子どもだったら絶対かわいいなって思って!!」
「そりゃあ子どもはみんなかわいいわよ。
私、誰かが赤ちゃん産んだら絶対うんとかわいがるわ。
夜泣きしたら代わりにミルクをあげて、寝不足のお母さんに毛布をかけたいわね。
結婚する前に、お母さんのお母さんになっちゃうかも」

まるでそれが自分の夢みたいに、直美さんは生き生きと話す。
いやだ、と思った。

「ごめんなさい。私、なんの話を……」
「好きの気持ちが積もってなくても結婚はしてくれるのか?」

直美さんの笑顔が固まった。
目を丸くさせ、俺を見る。

「……え?」
「いや、その……例えばだ。
『結婚してください』と、直美さんの知ってる男が言ってきたとする。
好きの気持ちが……直美さんの心に少しでもあったら、その……結婚、してくれるのか?」
「少しでも、ねぇ……」

直美さんは困ったように視線を泳がせる。
そのままこっちを見ないでほしい。
顔がものすごく熱くなってきた。

「……そうね。
結婚、したいわ」

直美さんはキレイに微笑む。

「私に好きの気持ちが少しでもあったら、その人の心にはそれ以上の好きの気持ちが積もってるはずだから。
そんな人だったら、私ももっと好きになる」

直美さんの笑顔が好きだ。
あの日から変わらない。
何年経っても好きだ。
卒業式、桜の木の下で笑うあなたを見た日からずっと。


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