10話(後編)


総領事館とその周囲は不可侵の領域だ。
だからこそ、ブリタニアは立て籠もる黒の騎士団を引きずり出す為に、中華連邦の領土ギリギリ目前の所で大々的に処刑しようとしている。

処刑する全員を大型の人員輸送車に乗せ、屋根の上には藤堂さん達をわざわざ磔にして。
安全地帯から一歩でも出たらカレン達は攻撃される。人員輸送車の周りを囲んで陣形を組むブリタニア軍に。
さらに戦車までいるから集中砲火だ。
処刑を聞いて駆けつけてきた大勢の日本人は、高さ4メートルはある強固なバリケードが張り巡らされているから立ち入ることもできない。
捕まった全員をどんな方法で救出するのか、考えても分からなかった。

ルルーシュは今回の作戦を具体的に話さない。
それでも、彼がかけたギアスの内容で何となく察することはできた。
“租界の階層をコントロールできる管理員に、ブリタニア軍がいる地盤を支える柱を片側だけ上げさせて意図的に傾斜を作り、総領事館まで転がり落とす”────そう予測したけど、ひとりだけ分からないギアスがあった。

“パターンデルタ。
ゼロの機体がその軌道を取った時、追っているナイトメアを背後から撃て。
その後、ゼロが脱出したなら相手のナイトメアを完全に破壊しろ。
脱出しない場合はその場で待機”

処刑場に実際行き、人員輸送車のそばにいる金色のナイトメアを発見して、ルルーシュのギアスの“ゼロの機体を追うナイトメア”はこれだと思った。
中に顔を突っ込み、学生服を着たロロを確認する。大事そうに携帯を握っていて、ハートのロケットがわずかに揺れている。

外に出て空へ昇ってから《ルルーシュ。ロロがいたから中で見てるね》と伝えた。

《ああ。引き続き、ロロのそばでは話さないようにな》

余裕そうな笑みを浮かべたきれいな声。
ルルーシュはいつも通りの声音だった。

コクピットに潜り込み、ロロと外の景色が見える位置に座る。

「ヤツは私の求める正々堂々の勝負から逃げたのだ」と、ギルフォードの声が聞こえてきた。

「構え!」
「違うな。間違ってるぞ、ギルフォード」

現れたゼロの声に、ロロが少しだけ前のめりになる。
引き続き会話するゼロとギルフォードに、冷めた顔のロロから静かな怒りが見え始めた。

「……出てきたね、やっぱり。
でも僕との約束を破ったら死んでもらうよ。
ゼロ、いや……ルルーシュ・ランペルージ」

『ゼロです! ゼロが現れました!』とリポーターの実況する声も聞こえてきた。
報道陣まで来てるのか。

『何という愚かな行為でしょう!
1人です! ゼロは1人です!
ナイトメアフレームに乗っているということは、自首が目的ではないのでしょう。
しかし、1人で戦うつもりでは……』

バリケードの一部が自動で開く。
ゼロのナイトメアは、陣形の先頭で待ち構えるギルフォードの近くまで進んだ。

「お久しぶりです、ギルフォード卿。
出てきて昔話でもいかがですか?」
「せっかくのお誘いだが遠慮しておこう。
過去の因縁にはナイトメアでお応えしたい」
「……ふん、君らしいな。
ではルールを決めよう」
「ルール?」
「決闘のルールだよ。決着は1対1でつけるべきだ」

“決闘”────そう言われたら正々堂々と戦わなきゃいけない。
ギルフォードにはよく効く魔法の言葉だ。

「いいだろう。他の者には手を出させない」
「武器は一つだけ」
「よかろう」

ギルフォードのナイトメア────深い紫色とマントがなびく機体の名前は確か、グロースターだ。
装備していた銃を放り捨て、武装を外し、ギルフォードのナイトメアは金の槍をビュンビュン回し、ゼロに構える。

「私の武器はこれだ」
「では私は、その盾を貸してもらおう」

ゼロが指差す先に、バリケード付近で控えるナイトポリスがいる。
盾は黄色でシンプルなやつだ。

「何? それは……」
「これでいい」

ナイトポリスが盾をゼロに渡し、決闘の邪魔をしないようにまた離れる。
攻撃は防げるけどこちらからは攻められない。ゼロは一体どう戦うのか。

「暴徒鎮圧用のシールドじゃあ……。
まさか、最初から……」

あ然としたロロの声が響いた。

「質問しよう。ギルフォード卿。
正義で倒せない悪がいる時、君はどうする?
悪に手を染めてでも悪を倒すか。
それとも己が正義を貫き、悪に屈するを良しとするか」
「わが正義は姫様の下に!」
「なるほど。
私なら、悪を成して巨悪を討つ!!」

ゼロが言い切った後。
いきなり地響きと揺れに襲われた。
外を映すモニターには、押し上げられた地盤が坂道みたいになっていくのが見える。
警告音がうるさく鳴り始めた。
ルルーシュのギアスが起こしたものだ!とすぐに気づく。
ロロは「ブラックリベリオンの時のッ!?」と驚きながらもすぐに動いた。
突然の急斜面に他のサザーランドやナイトポリス、さらには戦車も転落していく。
土埃が上がって視界不良の中、ロロが見るモニターにはちゃんとゼロの機体が映っている。
盾をスノーボード板のように扱って大ジャンプしていったのが見えた。
無事に着地したのか、

「黒の騎士団よ! 敵は我が領内に落ちた!!
ブリタニア軍を壊滅し、同胞を救い出せ!!」

と、ゼロの声だけが聞こえた。
ロロは急斜面を器用に走る。
爆発音や銃撃音が下のほうから聞こえてきた。
しっかりと着地したロロはスピードを落とさずに進んでいく。
土埃が薄くなり始めた時、総領事館に向かって走るゼロの機体が遠く見えた。

「やっぱり……やっぱり逃げるんですね……。
約束したのに……」

聞いててゾッとする声だった。
ギアスを使いながら距離を縮めていくロロは、加勢しに割って入る黒の騎士団のナイトメアにアンカーを飛ばし、破壊する。
ロロは怒りに震えていた。

「C.C.を差し出す約束は?
ルルーシュ、最初から僕に嘘を……!」

またアンカーを射出して、逃げる機体の左腕を破壊する。

「僕に未来をくれると言ったくせに……!!」

発砲音が大きく響き、ロロはハッとする。
横のモニターで遠く狙撃するナイトメアが見えた。
これはあの時ルルーシュがかけたギアス!!とすぐに思い至った。
狙撃に気づいてもロロにはどうしようもできない。彼のギアスでは弾丸は止められないから。
息を忘れたロロは死がよぎったような顔をした。

撃たれる寸前、ゼロの機体が割って入ってきた。
銃弾は右腕に直撃し、破壊される。
ロロが見るモニターには、ぐらりとよろけて倒れるまでの一部始終が映っていた。
ゼロの機体が倒れた後、ロロは息を吐く。

「な、なぜ……!!」

両腕を失い、もう二度と起き上がれない状態になっていた。
“ゼロが脱出したなら相手のナイトメアを完全に破壊しろ。
脱出しない場合はその場で待機”のギアスの意味は分かったけど見ててハラハラする。
中のルルーシュは多分無事だ。でも今の転倒で体のどこかを打ったかもしれない。

「どうして……僕を……?」

瞳が揺れ、額には汗も浮かんでいる。
ルルーシュの行動をロロは少しも理解できなくて、心の底から動揺していた。

『おまえが、弟だから……』

通信機越しで聞こえる声は、ロロにとっては耳に馴染んだ兄の声だ。
あ、無事だこれ。
迫真の演技にウワァと思った。

『植え付けられた記憶だったとしても……おまえと過ごしたあの時間に、嘘はなかった……!』

痛みを堪えながら、それでも必死に伝える声に、ロロは息を呑む。
熱のこもった演技をウワァと思った。

「今までのことが……嘘じゃなかったって……」

ジッと見つめるロロの瞳が、顔つきが、徐々に柔らかくなっていく。
眉をグッと寄せ、泣くのを堪える顔をする。

「弟? 僕が……?」

しっかり握っている携帯の、ロケットを見下ろした。
誕生日のプレゼントをもらった日を思い出しているんだろう。
ロロはモニター横の四角いボタンを押した。

「……自分の命が大事だって、そう言ったくせに。
そんなくだらない理由で……!」

ロロの声が通信機越しでルルーシュにも届く。

『約束したからな、おまえの新しい未来……。
おまえの未来は俺と……』

演技だと分かっていても、ルルーシュが本当にそう思っているように聞こえてしまう。
素晴らしい名優だ。

『ゼロ、ここで因縁を絶とう!!』

邪魔するタイミングでギルフォードの声が聞こえた。
ロロが機体の向きを変えたからよく見える。
傾斜にぶら下がったまま槍を握っていた。

『私の一撃で! この鉄槌で!!』

金の槍を素早く投擲する。
凄まじい勢いで、ルルーシュの機体めがけて一直線に飛んできた。
今度はロロが庇った。刺さる前に槍をガシィッと掴む。

『何!?
どういうつもりか! キンメル卿!!』

ロロは自分の行動に驚いていた。
「いや、これは……」としどろもどろに言っている。

『まさか! ゼロの仲間か!?』

否定したいけど出来ない顔だ。
追い打ちをかけるようにロロの携帯が鳴る。
モニター横の四角いボタンを押し、電話に出た。

「は、はい」
『ロロ、まずい。ヴィレッタ先生からだ。
IMオープンでつなぐぞ』

ロロに考える余裕は与えないようだ。
すぐに相手はヴィレッタに代わる。

『ロロか? どこに行っていた?』
「その……」
『やだな、先生。
トイレぐらい別々にさせてくださいよ。
で、なんでしたっけ? さっきの……』
『総領事館の話だろ』
『ああ……すごい騒ぎらしいですね』

ロロは会話に参加できない。
そんな余裕は少しもなかった。

『分かっていますよ。
もう危ないことに弟を巻き込みません』

切羽詰まって焦点が合わないロロの瞳が、ルルーシュの声でハッと戻る。

『当たり前じゃないですか。
ロロには、人殺しがある世界なんて似合わない』
『本当にお前は……良い兄だな。
こっちの要件は以上だ。帰りは気をつけてな』
『はい。ロロと一緒に帰ります』

プツ、と電話が切れた。

『そこまでだ! ブリタニアの諸君!!』

シンクーさんの鋭い声が総領事館から響いた。
拡声器か何かで喋っていて、ギルフォードのところまで届くほど大きい声。

『これ以上は武力介入とみなす! 引き上げたまえ!!』

鋭い一閃のような声に、ブリタニア軍は一斉に退却した。
横倒しの状態になっているけど、すべての人員輸送車が領内に流れ着いている。
ロロの機体はルルーシュの機体を倒れないように支えている。
ルルーシュの完全勝利だった。

日が沈み始め、雲まで濃いオレンジ色に染まっていく。
拘束されていた全員が解放され、紅蓮弐式から降りたカレンが「よかった〜!!」と満面の笑みで、みんなのところに走り寄る。
それを玉城が「お〜い!! ハハハハ〜!!」とキラッキラ笑顔で両手を広げながら迎えるものの、カレンは扇さんのほうに走っていった。
「扇さん!!」の喜びの声を聞きながら、玉城は「そっち〜!?」と勢い余ってドシャッと転倒する。
元気で変わらない姿に思わず笑ってしまう。
飛びつくカレンを抱きとめ、扇さんはホッとした顔で笑う。

「ありがとう、カレン」
「うん! 本当に良かった……!」

それを後ろで、藤堂さんや四聖剣の3人が微笑ましそうに見ていた。

卜部さんが遅れて走ってくる。
ひとりシクシク泣く玉城をスルーして藤堂さん達のところに駆けつけた。

「藤堂さん! ご無事ですか!!」
「ああ。卜部、よく逃げおおせた」

藤堂さんが珍しく笑顔を見せた。
朗らかな表情だった。
藤堂さんは真剣な眼差しをカレンに向ける。

「紅月もすまない。迷惑を掛けた」
「苦労したんでしょう?」

昇悟さんの言葉に、カレンは目に涙を浮かべて笑った。

「へへへ。そっちだって」
「なあ、カレン。あのナイトメアは?」

離れたところで杉山さんから聞かれて、

「さあ? あの機体は敵だったんだけど、今のパイロットは私も……」
 
困った顔でカレンは答えた。
ロロの機体は今もルルーシュの機体を支えたまま動かない。
そばにはC.C.が立っている。

「ゼロを守ったんだ。少なくとも敵ではないだろう」
「命の恩人かぁ?」

ムクッと起きた玉城が、ロロの機体のほうへズンズン進む。

「おぉ〜い! いつまでも中にいないで出てこいよぉ〜!!」

腕まくりして今にも機体をゴンゴン叩きそうな玉城の耳をつまんだのは南さんで、
「そっとしておけ」と冷たく言いながら耳を引っ張っていった。

再会を喜ぶ声がいろんな所から聞こえてくる。
仙波さんと千葉さんに話す卜部さんは嬉しそうだ。
カレンも、扇さんと杉山さんに話している。

生身だったらいいのに。
こんな幽霊じゃなかったらよかったのに。
あたしもたくさん話したかった。
C.C.を抱きしめたかった。
……ダメだ。こんなことばっかり考えて。
頭を振って追い出し、ルルーシュの様子を見に行こうと、背を向ける。

「空! いるんでしょう!?
ここに来てちょうだい!!」

呼びかけるカレンの声が大きく聞こえた。
あたしの心に届くぐらい、本当に大きい声で。

振り返れば、カレンがあちこちに手を振っている。
夕焼けが赤い髪を照らして、きらきら輝いてきれいだった。

バベルタワーでも呼びかけてくれた。 
今も、そうだ。
いないのと同じ状態になっているのに。
ぶわぁっと涙が溢れる感覚がした。

《カレン!!》

すぐに飛んでいった。瞬間移動みたいなスピードで。

《カレン!!
カレン、大好きだよ!!》

手を振り続けるカレンに、周りの人達は困惑を隠さない。
「空が近くにいるのか?」と扇さん。
「カレン達と一緒にいたんだな」と杉山さん。
「どこにもいないな」と仙波さん。
「いる、と思うんだが……」と卜部さん。
「いないだろう」と千葉さん。
「まだ来てないね」と昇悟さん。
気配を探るように目を閉じて沈黙する藤堂さん。
「空だって〜!?」と走りながら戻ってくる玉城。南さんまで来てくれた。
C.C.も歩み寄ってくる。

「カレン、空ならもうここに居る。
この場にいるはずだ」

地面を指差しながらの言葉に、カレンはやっと手を下ろす。
ここに?という疑問の空気が満ちた。
カレンは言いづらそうな顔で説明する。

「えーっと……空は本物の幽霊になったみたいなの」
「彼女の声はゼロにしか聞こえないそうだ。
詳しい話は、後でゼロに説明してもらおう」
「ホントかぁ!?
ゼロのヤツ嘘ついてんじゃねぇだろなァ〜!」
「嘘じゃないわよ! ゼロは言い当てたんだから!
私達がバベルタワーを襲撃する時に乗っていた飛行船を!!」
「空が教えたんだ。
じゃないと、正確には答えられない」

C.C.の言葉をキッカケに場の空気が変わる。

「それじゃあ……本当に空はここに?」
「う、嘘じゃねーのか……?」
「空はどの辺りにいるんだろうな……」
「きっとこの辺だと思うわ!」

心の底から信じているのはカレンとC.C.と卜部さんぐらいだ。
あとは半信半疑な様子。
いつまでも、誰も見えない幽霊状態のままでいるわけにはいかない。
早く体に戻らないと。


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