9話(中)


クラブハウスには生徒会が使うキッチンが別にある。
今日の活動はみんなでごちそう作りだ。
リヴァルもシャーリーもエプロンを装着していて、ルルーシュもいつものエプロン姿だ。
フリルがかわいいミントグリーンのエプロン姿のミレイは、ボウルをカチャカチャかき混ぜている。
シャーリーは緊張しながら電動泡立て器を準備し、リヴァルは野菜の皮を剥いている。
ロロは不参加だ。監視部屋に行ってるんだろう。
あたしは、みんなのわいわいした声が聞きたくてお邪魔している。
生身だったら文句を言われる場所に立ち、テキパキ動くルルーシュを見守っていた。

「ルルーシュ、オーブン」
「はいはい」

ミレイの指示でオーブンを開け、ドリアの大皿を外に出す。

「塩」

野菜たっぷりのミネストローネの鍋に塩をパッパッと入れる。

「フライパン」

手早くフライパンも振る。
ジュウジュウ焼かれる具材が踊っているように見えた。

「卵」

器用に片手で割る。
ルルーシュだけ別次元の動きをしていた。

「ベシャメルソース」

ミレイは司令塔みたいだ。
ルルーシュは小さい鍋の白いソースをかき混ぜる。

「ジェラートは別皿、ああローズマリーは出してソルベに、それとザワークラウトはディルシードね、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテは」
「無理ですよそんなに! どうして俺だけこんなに……!!」

早口言葉な指示に、ルルーシュもとうとう文句をこぼす。
ミレイは軽く唇を尖らせた。

「仕方ないでしょう。リヴァルは味音痴だし、もう一人は……」

近くでガッチャガチャガチャと忙しない音が聞こえてくる。
シャーリーは今、電動泡立て器と格闘していた。

「わ、わ、わ、わ、ひゃああああ!!」

悲鳴を上げながら大きく転倒して、カンカラカーン!!とボウルが転がる音も響いた。
ルルーシュはシャーリーを一瞬見て、すぐにフライパンに向き直る。

「……細かいことは苦手でしたね。よく分かりました」
「うん! 素直でよろしい!
……にしても、この手のキャラは生活力がないってのがお約束なんだけどね〜」

ミレイの笑みに、リヴァルもジャガイモの皮を剥きながら「家計簿まで付けてるからな〜」と楽しそうにニヤニヤした。
「なぜ知っている!」とルルーシュが声を荒らげると「本当に付けてるのね」とリヴァルは少しだけ驚いた。
立ち上がろうとしたシャーリーが、ズルっと滑って大きく転ぶ。

《い、痛そう。大丈夫かな……》
《大丈夫だろう。シャーリーなら》

聞こえる音にハラハラして、思わずシャーリーを見に覗き込む。
ボウルの中身を被ってべちゃべちゃになっていた。

「タオル要る?」のリヴァルの声に、シャーリーは疲れた顔で「自分で……やります……」と返した。

「会長、聞いていいですか」

ルルーシュはフライパンをジュウジュウさせながら言う。真剣な声だった。
ミレイは鍋つかみを手にはめながら「答えないかもしれないけど、いいよ〜」と軽い声で返事する。

「今日は俺とロロの、生還記念パーティーですよね」
「うん。テロ事件からよくぞ生還した!
もうシャーリーなんて大変だったんだから。
私、ルルが死んだら……」

目をうるうるキラキラさせながらの物まねに、ガバっと飛び起きたシャーリーがミレイに突撃した。
「わあああああああ!!」と叫びながらミレイの口を慌てて塞ぐ。

《ほんとだ。大丈夫そうだね》

リヴァルは皮剥きの手を止め、顔を上げた。

「そういやロロは?」
「声は掛けたんだけど……。
……ほら、兄と違ってナイーブで」

口を塞がれ、もごもごしながらミレイは答えた。

「そんなんだから友達いないんじゃないの〜?」
「おとなしいって言ってあげなよ」

密着するシャーリーにミレイは眉を寄せる。

「あのぉ付いてんだけど、いろいろと」
「あ、ごめんなさい」
「こら、ベタベタになっちゃったじゃない」

見ているだけで楽しくなるやり取りだ。
ルルーシュも同じ気持ちなのか柔和な笑みを浮かべている。

《すまない。ロロの所に行ってほしい。
おそらく例の場所にいるだろう》
《うん。今から行ってくる》

フライパンに向き直る背中はどこか思い詰めているような空気があった。
クラブハウスを抜け、最高速度で校舎に入る。 
図書室のある方に狙いを定め、監視部屋までビュンと飛んでいった。

生身では出せないスピードで入室する。
本日の監視役は男4人とヴィレッタとロロだ。

「バベルタワーの事件以降も、ルルーシュ・ランペルージに特段の変化は見られません」
「校内には180の隠しカメラ、偽装した監視も47名」

ちょうどいいタイミングだ。
男のひとりがロロに顔を向け「監視は48名」と訂正した。
聞き逃すまいと、耳に意識を集中させる。

「カルタゴ隊の全滅と、ルルーシュを結び付ける情報は今のところ存在しません」と男。
「監視は完璧。
やつがゼロなら学校に戻ってくるのも妙だし」とヴィレッタ。
「結局、C.C.はどこにいるんですか?」とロロ。
「ルルーシュと接触していないとしたら、総領事館にいる可能性は低い」とヴィレッタ。
「つまり、事件前と一緒。どこにいるか分からない」とロロ。
「われら機密情報局はC.C.捕獲作戦を続行する。各員、これまで通り餌の監視を続けよ」とヴィレッタ。
「「「「イエス、マイ・ロード」」」」と声が重なり、ガタガタと席を立つ音が聞こえた。
ヴィレッタがこの中で一番上の人間か。

モニターをジッと見据えているロロが「これは僕を捜しているみたいですね」と呟いた。
ヴィレッタもモニターに視線を戻す。

「……ふぅん。全員バラバラに動いている。
ルルーシュは生徒会室だな」
「生還記念パーティーの準備が整ったのではないでしょうか」

男の言葉にロロは立ち上がった。

「出ます」
「ああ。私はここにいる」

ロロがエレベーターに乗ったのを確認してから、最短距離で外に出た。

《ルルーシュ、終わったよ》
《あっちではたくさん話が聞けたか?》
《バッチリ》

聞いた話を全て報告する。
そして、ロロが生徒会室に向かっていることも伝えた。 

《俺がいる所を目指して、か》
《……あと、ルルーシュに言ってなかった話がある。
監視している人達にも“局員の所持品に触れてはならない”ってルールがあるんだけど、ロロのロケットを触った人がいたみたいで。その人をロロが。ロロが……。
あたし……それを偶然見ちゃって……》
《……そうか。それ以上は言わなくていい。
俺の所に戻れそうか?》
《行けるよ。ロロより先にそっち行くね》

生徒会室に戻った。
ルルーシュはパソコンを開いている。

《ただいま》
《おかえり。
空、こっちへ。これを見てくれ》

“これ”はパソコンか。座ってるルルーシュの隣に着席する。
表示されてるのは写真データだ。

《部対抗ボール大会……》

カチ、カチとクリックする度、違う写真が表示されていく。
まずはハロウィンの仮装だ。
吸血鬼のルルーシュと、黒ドレスにコウモリの羽つけたミレイが寄り添っていて、シーツを頭からかぶった白オバケ姿のリヴァルがムキー!という怒り顔で箒を振り上げようとして、それを仮装していないロロが止めている。

次はクリスマス。
ツリーの飾り付けをピンクのサンタ衣装のシャーリーがしていて、後ろにはトナカイの着ぐるみのロロ。
着ぐるみがもう一体、ツリーに飾り付けしてるけど腕しか写っていない。

《この、腕だけのトナカイは……》
《……俺だ》

さらに集合写真。
天使のリヴァルと赤いサンタ服のミレイ、シャーリーとロロ、着ぐるみ姿のルルーシュは後ろを向いている。

《ふふ。ルルーシュかわいい》
《醜態だ……》

次はマラソン大会、かな。
下は体操ズボン、上は燕尾服のルルーシュの胸には97番のゼッケン、ロロは201番だ。
写真はロロが来てからのしか無さそう。

《以前のやつは消されているな。
ニーナがいないし、アーサーはスザクが連れていったようだ》
《だからいないのか……》
「兄さん」

入ってきたロロに慌てて口を閉じる。
ここに来るの早すぎない!?

「何見てるの?」
「パーティーの前に見ておきたくなったんだ」

入って来たロロがルルーシュのそばに立つ。
距離が近くてビャっと離れた。

「そうなんだ。珍しいね。
それ、生徒会のマラソンダンスのファイルでしょ?」
「会長のイベント好きにも困ったもんだな」

次の写真が表示された。
何かの大会でミレイがリヴァルにトロフィーを渡している。

「あ、失恋コンテスト」
「泣けるよな。
優勝したリヴァルに、トロフィーを渡すのが会長だなんて。ハハハ」

ピリリッピリリッピリリッと携帯が鳴る。

「僕だ。出るね」

ルルーシュは横目でそれを見る。

「もしもし。
……ケインか。どうしたの?」

相手はクラスメイトなのか、ロロは気さくな声で話している。

「……うん、うん。それなら持ってるよ。
……いいよ。また後でね」

ピッと通話を終え、携帯を胸ポケットにしまおうとする。
白いハートのストラップが揺れた。

《あれは……そうだ。
そのロケットは、誕生日プレゼントに俺が渡したんだ。
いや違う。あの日は……10月25日はナナリーの誕生日》

そのロケット、本当はナナリーにプレゼントするはずだったのか。

「ロロ、そのロケット」
「え?」
「よく考えたら男にロケットってのもな。もっと別の……」

ロケットに手を伸ばす。
それをロロに持っていてほしくない、というルルーシュの気持ちは痛いほど分かった。

「駄目だよこれは! 僕がもらったんだ!!」

ルルーシュの手をロロは全身で拒んだ。
取られないようにロケットを両手で隠す。

「だから、僕のなんだ……!!」

初めてだ。この子がこんなにも嫌がるのは。
ルルーシュもあたしも戸惑った。
本当に大切な物なんだ。

「あ、ああ……。分かったよ、ロロ」

戸惑うルルーシュは、ぎこちない声でそれだけ言う。
ホッと息を吐き、ロロは手のひらに隠したストラップを確かめるようにソッと見た。
安心したのか、表情はやわらかくなっている。

「兄さん。僕はクラスメイトに本を貸してくるから」
「ああ……。
戻ったらみんなでパーティーをしよう」
「……うん」

見送った後も、ルルーシュの顔から困惑が消えない。

《ロロは……すごく嬉しかったんだよ。
多分、生まれてから一度も誕生日なんて祝ってもらったことない》

過去で見た飛行機の内部、ロロが座っていたあの部屋は、子どもを乗せるにしては何も無さすぎた。
床に直接座って、それが当然のような顔をして。
無気力で感情は希薄で。
“懲罰房に送るぞ”なんて怖い声で脅すように言われて。

《家族もいないと思う。
優しくしてもらったことも、無かったんじゃないかな……》
《……空のことを、ずっと覚えているくらいだからな》

ルルーシュはグッと眉間にシワを寄せる。
どこかやりきれない顔だった。

《俺にはナナリーだけだ。
あいつの家族にはなれない。なるわけがない》

その通りだ。
キッパリとした拒絶にあたしは何も言えなくなる。
この後のパーティーで、きっとロロはルルーシュの作った料理を食べるだろう。
その時に見せる表情が簡単に思い浮かんですごく苦しくなる。
パーティーを見守ることなんて到底できなくて、あたしはクラブハウスから遠ざかった。


  ***


パーティーの後、ロロは真っすぐヴィレッタのところへ来た。
場所は地下の循環室。
薄暗いそこはマオの件でよく覚えている。
二人だけで話したいことがあるのか、監視部屋で話をしないのを意外に思った。

「ルルーシュはどうだ?」
「はい。ルルーシュの監視状況に変化はありません。
ギアスを使った形跡も皆無です」
「ギアスの詳細は私には分からん。
嚮団の……」

コツ、と歩くのを止める物音が真後ろから聞こえた。
やって来たのは監視部屋の男だ。ロロがバッと振り返る。
予想外の訪問だったのか、ヴィレッタもロロも驚いていた。

「あっお話し中のようでしたら後で」

ロロの右目がカッと赤く輝き、

「よせロロ! 同じミッションの仲間────」

ヴィレッタも、男も、ピタリと止まる。
静まり返った世界で動いているのはロロだけだ。
折り畳みナイフを握っていて、刃を出す鋭利な音が耳に入る。殺す気だ。

《ロロッ!!》

反射的に叫んだけど、あたしの声はロロには届かない。
ロロは腕を振り、男の首にナイフを滑らせる。
目の前で起こった一部始終を眺める事しかできなかった。

《……ッ、……あ! あぁ……!!》

ギアスが解除され、男がドサッと崩れ落ちる。

「────なんだから上の指示を!」

ヴィレッタの目にはどう映ったのか。
きっと一瞬で殺したように見えたんだろう。
ハッと息を呑むヴィレッタは、目の前の光景に顔を強張らせた。

「聞かれた可能性があります。
ギアスのことは、トウキョウセクションでも僕らだけの機密ですから」

ロロは折り畳みナイフを片付けながら言った。

「しかし、これで何人の隊員を……」
「最も確実で迅速な方法でした。違いますか?」

声のトーンが全然変わらない。
人を殺したとは思えないほど平然としていた。

あたしの手は震えていて、もう何も見たくなくて両手で視界を塞ぐ。
口からうめき声と、押し殺した悲鳴が漏れ出た。

ロロが死ぬのは嫌だと思った。
それと同じくらい、殺してほしくないと思ってしまった。


  ─────────────────


“空の声を聞きたい”
それが変化のトリガーだろう。
名前を呼ばなくても声が聞こえるようになっていた。
音量はいつもより小さい。俺に話してかけているわけではないことに気付く。

《ロロッ!!》

緊迫感があるそれに、無意識に肩がピクリと跳ねる。

《……あ! あぁ……!!》

頬杖をつき、わずかに俯いて寝たフリをする。
平静を装って聞ける声音じゃなかった。

《その人をロロが。ロロが……。
あたし……それを偶然見ちゃって……》


空は殺害現場に居合わせてしまった。
ハッキリとは言っていないが容易に想像がつく。
そしてまた今日も見てしまった。
意図せず、ロロがまた誰か殺すのを。
空の心が悲鳴を上げている、そんな声を聞いてしまった。
胸の内側の、ずっと奥のほうが痛んでどうしようもない。

監視カメラの向こう側にいる奴らに悟られないよう、結んだ唇の裏側を噛む。
ただ聞いていることしかできない自分が何よりも腹立たしかった。


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