3話/ルルーシュには言えない


《俺が望む情報を持って来い。
話を聞くのは今まで通り、俺がひとりきりの時だけだ。
対話する時刻と場所を指定するから従うこと。
話を聞けない時はその都度言うから沈黙を貫くこと。
それらを全て遵守しろ》

ツンとした冷めた声だけど、その言葉に目の前が明るくなった。
全身が軽くなったし、どこまでも飛んで行ける気がした。

《うん。全部守る。
ありがとう、ルルーシュ》

ルルーシュと話ができるだけじゃなくて役にも立てる!
と喜んだけど、すぐに気づいた。
情報を持ち帰る前に身体に戻るかもしれない!!と
これは先にルルーシュに話しておこう。

《あの……いつになるか分からないんだけど、あたし急にいなくなっちゃうかもしれない。
情報持って行く前に消えたらごめん》
《幽霊はいつか消えるものだろう。
俺の事は気にするな》

素っ気ない声で返された。
情報が手に入らなくても構わないといった表情だ。でもいい。
会話してくれる条件を出してくれたから、あたしは全力で頑張るだけだ。

《今から調べに行ってくるね。
幽霊は疲れないし、睡眠も食事も必要無いから24時間毎日ずっと動けるよ。
あたしはルルーシュの役に立ちたい。
だから、知りたいと思っている事を全部教えてほしい》
《……本当に、俺が知りたい事を全て調べるのか?》
《もちろん!
あたしはルルーシュを助けたい。ルルーシュの力になりたいの》

美しい顔を不快そうに歪めてルルーシュは下を向く。
黙ったまま一言も喋らない。
長い沈黙のあと、やっと小さなため息をこぼした。

《名前を教えろ》

不機嫌で無愛想な声。
まさか名前を聞かれるなんて!
驚きで絶句していたら、チッと舌打ちされた。

《呼びかける時に名前を知らないと不便だろう。さっさと名乗れ》
《あ、あたしは……》

声が震える。 
得体の知れない声だけの存在を、ルルーシュは全部受け入れないと思っていた。
名前を呼んでくれるとは思わなかった。

《……空だよ。七河空》

ルルーシュはバッと顔を上げる。
瞳は驚きで見開いていた。

《お前、日本人か?》
《うん》

答えてからハッと気づく。
そう言えばこんなやり取り、ルルーシュと初めて会った日にもやっていたな。懐かしい。
ルルーシュの顔から驚きが消え、困惑の色が浮かぶ。

《日本人がどうしてブリタニア人の俺を助けたいと思うんだ。
なぜ、初見の時から馴れ馴れしく話しかけた。まるで知己のように。
俺はお前を知らないのに》
《馴れ馴れしく、か。
そうだよね。最初からそうだった、ごめん。
助けたいと思うのは……ルルーシュがあたしの大切な人にそっくりだから》
《お前の? 大切だと思える奴がいるのか》
《うん。世界で一番大切な人!》

ルルーシュの目の色が変わる。
聞き流すかと思ったけど、興味を持ってくれて嬉しくなった。

《髪と瞳の色がルルーシュと同じだよ。
その人には妹さんがいて、世界でひとりしかいない家族を大切に思ってる。
すごく優しい人だよ。
あたしの『寂しい』に声を掛けてくれたルルーシュみたいに》
《世界で一番大切なら、俺じゃなくてそいつのそばにいればいいだろう》

その通りだ。
でもそれをルルーシュに言われると苦笑しかできなくなる。

《あたしの事忘れちゃって……。
ブラックリベリオンの後に何かあったんだと思う。
記憶が戻るまで、あたしの声が聞こえる人を助けようって思ったの》
《だからお前、聞こえる俺を追いかけ回していたのか。
それに、ブラックリベリオン……。
あれには俺とロロも、本国に帰ろうとしたぐらいのやつだからな。
……理由は分かった。“そいつの記憶が戻るまで”とは約束できないが、知りたい情報を全て得られるまではここにいてもいい》
《ありがとう。
これからよろしくね、ルルーシュ》
《ああ。
それじゃあ早速、調べに行ってもらおうか》

そしてルルーシュは、こっちが驚くほど注文してきた。

租界の端から端まで飛び、一般人が入れない地下のエリアに侵入したり、よく分からない施設に潜り込んだり、どこまでも行く。
ついでに大声でC.C.を呼びながら飛行するけど、誰も反応しなかった。

ほぼ24時間働きっぱなしで二週間が経った。
場所は学園の教室で、ルルーシュは授業中でもお構い無しだ。
先生の声だけが聞こえる静かな空間は居心地が悪かったけど、今ではもう慣れてしまった。

《ルルーシュ、来たよ》
《時間通りだな。収穫はあったか?》

真剣な顔で授業に臨んでいるけど実態は全然違う。
今回の報告は来週行くバベルタワーについての情報だ。

《チェスしてる男がいたよ。
ブリタニア人で、黒のキングって呼ばれていた。
後ろにボディーガードを2人つけて、午後はいつもバベルタワーで『ウサギ狩り』なんて言って趣味の悪い事してる》
《午後……もしかしたら戦えそうだ。
他にあるか?》
《うん。
第7区画の主要道路の工事申請、総督が今日受理してた。
優先順位高いみたい。そのうち工事が始まりそう。
あとは中華連邦からお客様が来るみたい。
バベルタワーの近くの総領事館に》
《まだ公式発表されていない情報まで持って来れるとはな……。
……他にあれば言ってくれ》

声のトーンは変わらず淡々としている。
ゼロと騎士団の人のやり取りみたいだ。
会話できるようになったけど、ルルーシュとの距離はまだまだ遠い。

《R製薬って名前の製薬会社がエリア11で臨床試験を開始するって情報が》
《聞いた事がない社名だな》
《エリア11の病院でR製薬のやつが処方されてるよ。
長い名前で、R2-14って呼ばれている。
服用すれば細胞を修復したり治癒力が向上したりするみたい》
《軍が欲しがりそうな薬だ》
《軍と言えば、訓練場でこそこそ話しているのも聞いたよ。
ナイトオブセブンがまた武勲を立てた、って軍人が悔しそうに話してた》
《ナイトオブセブン?
……ああ、スザクのことか。
話していた軍人は純血派だろうな。
名誉ブリタニア人が華々しく活躍するのを嫌悪する連中だ。
まさかスザクが妬まれるほどの功績を挙げるようになるとはな》

心の声は嬉しそうだ。
でも表情は授業をまじめに受ける生徒の顔で、ルルーシュ器用だなぁって感心した。

《報告はそれだけ。
ルルーシュ、次は何を調べる?》
《……十分だ。今日はもういい。
俺に聞きたいことはあるか》
《えっいいの? 授業は?》
《問題ない。
居眠りしても支障がない内容だ》
《すごいねぇ。
それじゃあ、ルルーシュとロロ君が小さかった頃の話を聞かせてほしい》
《わかった。
星に名前をつけた日の話をしてやろう》

ロロの話をする時、ルルーシュの声音はひときわ優しくなる。
過去を思い出しながら話してくれるけど、聞いてて薄ら寒くなった。
ルルーシュの頭の中が嘘の記憶で上書きされている。
ギアスをかけられた人みたいでゾッとした。誰がルルーシュにギアスを?
一番怪しいのは弟を自称するロロだ。
もしあの子が過去に会った少年なら、あたしにギアスをかけようとしたみたいにルルーシュにも?
ううん。それだけじゃない。
シャーリー達もだ。
ナナリーを忘れて、ロロを弟だと思っている。

ロロの次はヴィレッタが怪しい。
なんであの人が普通に先生しているか分からない。
情報集めに外を飛んでばかりいたけど、次はこっちを重点的に調べよう。

授業が終わり、放課後になった。
帰りの準備をするルルーシュのそばにリヴァルがやって来る。
廊下からヒョッコリとロロが顔を覗かせるのも見えた。

「なぁルルーシュ、今日こそどっか遊びに行かねぇ?」
「いいぞ」

ルルーシュが返答した途端、ロロの顔が恐ろしく強ばったのをあたしは見逃さなかった。

「お! マジかぁ〜」

喜び満面のリヴァルと違い、ルルーシュはロロに気づいた。
視線を向けて顔をほころばせる。

「ロロ」
「兄さん」

教室に入ったロロは硬い表情のままルルーシュの元へ行く。

「兄さん……この後遊びに行くの?」
「ああ。夕方には戻る」
「悪いなぁロロ。今日だけちょっと遊ばせてくれよな〜」

見ててハラハラするほどロロの顔は強張っている。
歩み寄ったのはルルーシュだ。
ふわっとした手付きでロロの頭を優しく撫でる。

「心配するな。
リヴァルには安全運転で行ってもらうから」

氷が溶けるみたいにロロの顔つきが柔らかくなる。
ルルーシュの手が離れると名残惜しそうにシュンとした。

「ロロ、行ってくる」
「……行ってらっしゃい、兄さん」

本物の兄弟みたいなやり取りだ。
でもあたしには違和感しかなかった。
ナナリーがそばにいないのに平然としているルルーシュなんて。

《俺は封鎖されないルートを調べる。
空、翌朝キッチンに来い》
《うん》

ロロは教室を出るルルーシュ達を見送った後、姿が見えなくなってから歩き始めた。
スイッチを切るみたいに無表情になる。

《……ッ!!》

この瞳をあたしは知っている。
ズイッと近寄り、凝視する。
過去で出会ったあの少年とまるっきり同じだった。
大きくなったらこんな風になるんじゃないか、と思えるほどに。

ロロはどこかを目指して廊下を歩く。
これはもう付いていくしかない。

行った先は図書室だった。

「早かったな、ロロ」

にんまり笑う女教師が一人いた。

「……ヴィレッタこそ」

ロロは『先生』って呼ばないのか。
待ち合わせしていたみたいに、二人は並んで奥へ歩く。
思っていたより仲良しなんだけど。

「珍しいな、ルルーシュの奴。
まさかリヴァルと外出するとは」
「授業をまじめに出るようになったと思ったらこれだよ」
「体育はサボっているがな。
そろそろ補習が必要だ」
「きっと逃げるだろうね。
気まぐれに動いてばかりだよ」

無表情だけど、少しだけ怒っている声だった。
それをヴィレッタは横目で見ながら微笑んだ。

「動いてくれたほうがいい。
ルルーシュが外に行けばC.C.も接触しやすくなるだろう」
《えっ!?》
「僕がそばにいたほうが捕獲しやすいのに……」
《捕獲!? C.C.を!?》
「不満か? 一緒に行けなかった事が」

ブスッと沈黙するロロをヴィレッタは面白がっている。
先生らしくない、アニメでよく見た表情をしていた。

これはあたしが知りたかった情報だ。
聞いていて心がひどくざわついた。

離れないようにぴったりくっついて一緒に行く。
奥まったところにある本棚の前で、二人の足がやっと止まった。
本を探しに来た感じじゃない。
ロロは手を伸ばして一冊の本を掴む。
カチッと音が聞こえて、秘密基地の入り口みたいに棚がズズズと動いた。

《うわ!? な、なにこれ……》

中はエレベーターで、乗り込む二人にあたしも慌てて続く。
会話は無し。地下にはすぐ到着した。
扉が開き、ショッピングモールの警備室みたいな空間に出る。
大きなモニターにはどこかの監視カメラの映像がビッシリと並んでいる。
図書室の地下にこんな空間があるなんて……。
スーツ姿の男2人がモニターの前に座っている。

「ルルーシュは今どこに?」とロロが聞く。兄さん呼びじゃないの!?
モニターを見る一人が「想定ルート9を走行中です」と答えた。
モニターを眺めるヴィレッタは楽しそうだ。

「餌は今日はどこに行くのやら。
外で動いているのは?」
「15です」

ひとつだけ動いている映像がある。
どこかの高速道路を空から撮影しているやつだ。
リヴァルが運転するサイドカーに乗るルルーシュが小さく映っている。

この部屋で何が行われているのか、ヴィレッタ達が何をしているのか、やっと分かった。
ロロがただの弟としてそばにいるわけじゃないことも。
こいつらの目的はC.C.で、そのためにルルーシュを利用している。
都合がいいように記憶を上書きした。
ルルーシュだって記憶を消すギアスは使ったけど、あれはシャーリーを守る為だ。
こんなの全然違う。
生きているけど、これじゃあ殺されたのと同じだ。
ナナリーを大切に思っていたルルーシュはどこにもいない。
霊体なのに頭の芯から冷えていく感覚がする。
なんてひどい。

《ルルーシュに早く、これを、でも、ダメだ、ルルーシュはロロを、本当の弟だと、思って……》

心がぐちゃぐちゃと掻き回されているようだ。
悔しくて、胸の奥から怒りが噴出しそうになる。
ここの情報を調べ尽くさないと、頭がおかしくなりそうだった。


 ***


ルルーシュはずっと監視されている。
生活している空間にも、学園にも、外出する先にも、監視カメラと盗聴器を付けられている。
外には一般人のフリをしたストーカーもたくさん。
今日のルルーシュはリヴァルと映画を鑑賞したと報告がきた。
さらに何時何分にどこで何をしたかの詳細まで逐一記録されている。気持ち悪くて悲鳴が出た。
ヴィレッタはルルーシュを『餌』と呼び、C.C.を捕まえる為の道具扱いを平気でしている。
監視データをどこかに送っていて、彼女達に命令する黒幕がいるのは確実だった。
でもみんな口が堅い。気軽に喋ればいいのに。
弟役をしているロロがギアスを使えるなら一番黒幕っぽいのはV.V.だけど。
もしかして、ナナリーを捕まえて監禁しているんじゃ……。
その考えに行き着いてゾッとした。
『監視するなら妹は居ないほうが都合がいい』なんて理由でルルーシュからナナリーを奪ったの? ふざけるな。
今すぐ探しに行きたい。
V.V.は今どこにいるんだろう? 紫一色に染まる洞窟の街に居ればいいんだけど。
あそこがどこの国にあるか特定しないと。

《でもダメだ……今ルルーシュをひとりにしたら……》

プライベートを隅から隅まで監視されて、もしもの事があるかもしれない。
C.C.をおびき寄せる為に、あいつらが危害を加えるかもしれない。
全部話したい。でも言えるわけがなかった。
ロロはルルーシュの弟じゃない、なんてこと。
監視カメラと盗聴器だってそう。
話しても信じるわけない。幽霊の妄言だって思われる。
カメラの位置を信じてくれたとして、戸惑うだろうし意識させてしまう。
ロロ達に不自然だと思われたらどうなるんだろう。
想像できないけど、不自然だと思われたらヤバイのは分かる。
それなら言わないほうがいい。
今日知った事を全て飲み込んで、何も無かったように振る舞うしかない。

夕方には帰ると行ったルルーシュは、空がオレンジ色になる前に戻ってきた。
ロロのところに早く帰りたいんだろう。
そう読み取れる表情は、クラブハウスの屋根の上に居てもよく見えた。

言えるわけない。
ルルーシュはロロを唯一の家族だと思っているんだから。
真実を隠して、嘘をつき続けるしかない。

《ごめん……。
ルルーシュ、ごめん……ごめんなさい……》
《また泣いているのか》

頭の中でルルーシュの声が響く。
空と地上で距離はだいぶ離れているのにどうして。

《うわ、あ、ごめ、ごめん、ルルーシュに言ったわけじゃなくて、あたし今空にいて》

しどろもどろで言えば、クラブハウスに入ろうとしたルルーシュが空を見上げた。

《俺に言ったわけじゃない、か。
『ルルーシュ』という名の人間は俺以外にもいるのか?》
《ううん。
『ルルーシュ』はこの世で一人だけだよ》
《俺に向けての謝罪か》
《……はい》
《俺に謝罪したくなった理由を聞かせろ》

尋問かと思えるほど厳しい声音だ。
『今は話せない。いつか絶対話すから』と言い逃れはできそうにない。
真実を話せって? 無理無理言えるわけない。
霊体なのに頭が痛くなりそうだ。

《それは……》
《ああ》
《実は……》
《ああ》
《その……》
《さっさと言え》

ツンツンした声に、これはこれで良いなぁと心から喜ぶ。

なんとかここを切り抜けないと。
真実は話せないけどルルーシュが納得しそうなやつを……。
頭の中にあるものを必死でかき集めて、それっぽいことがひとつ浮かんだ。

《……幽霊にずっと取り憑かれているのってすごいストレスじゃないかな、って……。
ルルーシュの生活をずっと邪魔して、あたしのワガママに、ずっと付き合ってもらって……》
《それで『ごめんなさい』か》

これが謝罪の理由なら、罪悪感があるなら、この生活をもう終わりにするべきだ。
監視されている事もロロの事もちゃんと話せないなら、あたしはルルーシュから離れなきゃいけない。

《……いつまでも取り憑いてたらルルーシュに迷惑かけちゃうし、そろそろ終わりにしなきゃ、いけない、って思って》

自分で言っててグッと泣きそうになる。
これでルルーシュが頷けば、もう本当にさよならだ。
寂しいけど、迷惑や負担はかけたくない。
もう十分話した。だから会話できなくてもいい。寂しくてもいい。
C.C.か、カレンか、あたしの声が聞こえる人を捜して、ルルーシュを助けてもらって、ナナリーがどこにいるか捜して。
話せなくなっても、あたしに出来る事はまだ他にある。だから……。

《翌朝キッチンに来い、と学校で言っただろう。もう忘れたか》
《……それは》

なんで忘れてたんだろう。
ルルーシュは確かにそう言っていたのに。

《今のお前は迷惑をかけていないし、今の俺はストレスを感じていない。
ずっと俺を尊重していただろう。
そんなお前だから『いてもいい』と思ったんだ。
お前がもたらす情報を今は活かせていないが、いつか必要になると俺は考えている。
だから、今はまだここにいてもいい。
終わりは俺に決めさせろ》

涼しい顔で言い聞かせる声は優しくて。
言葉だけで、ぼろぼろと涙が溢れてしまう。
ルルーシュには絶対勝てないと思ってしまった。

《……ごめん。ありがとう……》

震えた情けない声が出た。


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