Mit Vergn・gen.(喜んで)



僕には何も言うことが出来ない。
言いたいことや言わなきゃいけないことがたくさんあるけれど。

言えないんだ。
喉が全てを押し止めて、でもそれを肺が押し出そうとして。
それが苦味を作り出して、心臓を浸していく。


いくら手を伸ばしても。
どんなに叫んでも。


僕は西を見て、君は南を見ている。
なぜこんなにも近そうで遠いのか。



「……お兄ちゃん…」


ようやく言えた僕の声は、掠れていて。
僕の心は何にも掬われずに、堕ちていく。


「……白石」

「………、…何や、不二?」


その声も僅かに揺れていて。
それを許さないように、風が木々も世界をも揺らしていた。


そして、僕の声が白石の鼓膜を揺らすときがきた。


「………バイバイ…」

「………」

「……バ、イ…バイ」

「……またな…」


僕が一歩白石から離れたのを。
彼は気にした風もなく、彼もまた僕から一歩離れた。

しかし、白石はさようなら、とは言わなかった。
またな、と。

また会おうな、と言った。
これは僕の都合のよすぎる解釈かも知れない。
きっと、そうに違いない。
そうでないと嫌だ。
僕は怖いんだ。


僕は得意の笑みを顔面に無理に押し付けて、白石と背中を合わせたまま、言ったんだ。


「振り返らずに。振り返らずに、せーので歩きだそうよ」

「いつものあれやな」

「そ。振り返ったら、負け。いつもと同じ、バイバイだよ」

「…皮肉なもんやな」

「え?」

「…これやったら、俺らが…未練たらたらみないなもんやないか」

その声が。いつも頭を撫でてくれるときに天から降ってくる声が。
今日は背後から流れてくる。
僕はそれに背を押されて、何かが溢れて来そうで。
焦った。焦って、苦しくて。

「せーの」

僕はゆっくりとそう言ったんだ。

お互いにゆっくりと歩き出す。
もう振り返ってはいけない。
見えない何かに引っ張られる腕やら髪やらを必死に自分に引き寄せながら。

しかし、白石が、不意に呼んだ気がした。

「不二くん。」

確かに聞こえた。
彼は、振り返っていないはずだ。ルール上は。
しかし、僕にはなぜか白石がこっちを見ていると確信できた。
それがなぜか、なんて複雑な方程式は僕には到底とけそうもなかったから、僕は振り返る。
意外にも、楽しそうな笑みを浮かべ、真っ直ぐな光を宿した目とぶつかった。
僕の目は自然とそれを受け止める。

「不二」

白石の形のよい唇が言葉を紡いだ。

「何?」

ぶっきらぼうな声ながらも、僕はちゃんと白石に言った。
その裏に隠れた感情は、期待が溢れていたんだろう。
僕は唇を噛み締めた。

「またいつか…」

その答えにはやはり、正しい回答なんて有りはしなかったんだ。

「また、いつか。お前を俺の所に連れ戻したるわ」

白石の声に、言葉に、僕はクスリと笑って、答えた。

「待っててあげるよ、君が来るその日まで。」

「永遠に?」

「永遠に」

「ほな、また会おうな」


僕はようやく喉が空気を求めてきて。

「白石。………ありがと」

だから、笑って白石にそう告げることができた。

「………不二」

「ありがとう」


僕はくるりと身を翻して再び歩きだした。


「忘れんなや」


命令形の強い口調にも僕は振り返らずに、でも足を止めた。

「何を?」

しばらく間をおいて、白石が酸素を吸うのを背後に感じた瞬間、白石の大きな声が辺りの空気をすべて揺り動かした。

「…俺はー!俺は不二周助が好きでしたー!!」

その響きはこの切り取られた、僕が閉じ込められていた空間の壁を割ってしまって。
僕の頬を暖かい風が撫でていった。

その震えは空気だけではなく、僕の鼓膜にも、心臓にも地震を起こした。

僕も振り返って、思いっきり笑って叫んだ。

「忘れないよー!次あったときは、必ず殴ってやるからー!」


それから白石が、優しく嬉しそうに笑ったのを脳の裏に深く刻印として残して。

僕らは歩き出すんだ。
僕は東へ、白石は西へ。


すっかり暗くなった東の空を見上げて、反対側はまだ夕日が見えるんだろうと密かに思った。

僕の目からは止めどなく涙が溢れていて、僕はそれを拭った。
今までなら拭うのは僕の仕事じゃなかった。
だけど、今はもう違うんだ。

途中から僕らの行く道は、見ている道が違っていたんだ。
それは拙い僕らの足掻き方では、引き寄せられない波だった。


さあ、明日は何をしよう。


僕の涙は止まりそうもなかったけれど。
それはどうでもよかったんだ。
君が笑ってくれたから。
それだけで僕は未来を見れる。


明日はきっと雲一つない空が広がっているんだ。
絶対に。


+--+--+--+--+--+--+--+
一体お題から何を汲み取ればこうなるんですかね…。


これを読んだ友達が、アンタの小説で初めて"好き"って言葉を見たよ、って…サラリと…。

あぁ、悪かったな、畜生!!

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