『どうする?』
永らえたいかと尋ねると、想像通り、あいつは首を横に振った。
『いい。てめえと、話がしたい』
『…このドM』
いくらか痩せた目元を細めて、ふ、と十四郎は笑う。
『悪いな』
『何が』
『傍にいてやれる時間が、減る』
少し掠れた声が呟いた。
『いいよ』
不意に、随分と昔のことを思い出した。
何かが、落ちるような。あたたかいけれど重い何かが、腹の奥底に、沈むような。
彼女を見送った時のあいつは、こんな気分だったんだろうか。
ぎゅっと肩を抱き寄せる。
『その分濃くしてやるから、覚悟しとけよ?』
大分白の混じったあたたかい黒髪を掻き回して俺が笑うと、十四郎は僅かに唇の端で、笑った。


See you later, my dear.

痛みはない。
薬ってのはすげえもんだな、と、不思議に凪いだ感情で思った。
だけど同時に、薬なんてのは何の役にも立たねえな、とも思う。
こんなに胸が苦しくて仕方がないのは、逆に満たされている証拠だろうか。
あたたかい体をままならない手で抱き返しながら、俺は思った。

「なあ、」

銀時。呼ぼうとして、喉がしくじる。
声にしそこねた名前はそれでも届いたのか、銀時は少し体を離して俺の目を見た。

「なに?」

手のひらが頬を撫でる。
穏やかな声と、手つきとは裏腹に、赤い瞳には俺の目からも、唇からも、なにひとつ取り零すまいとする緊張が見えた。
年寄りにそんな気苦労をかけて、俺ァ悪い相方だな、と、思わず笑いたくなる。唇の端が引き攣れた。

「急くんじゃねーぞ」

何十年でも、待っててやるから。
相変わらず勝手気ままに跳ねた白い髪を、くしゃりと手のひらで撫でる。どうにか俺が笑うと、ぐいと背中を抱き寄せられて抱き締められた。

「ああ」

微かに、語尾が震えて消える。笑おうとして、しくじったような声だった。

目蓋が、ひどく重い。重力に負けて、俺はゆっくりと目を閉じた。閉じた目蓋の端から僅かに何かが頬を滑る感覚があって、ああ、零しちまった、と悔やむ。歳食うと、涙腺もどこもかしこもゆるくなっていけねェな。その首筋に顔を埋めて、あたたかい肌に頬を擦り付ける。
規則正しい脈が聞こえた。着物に縋ってその体を抱き締め返すと、ぼやけた感覚に少しずつ、ぬくもりが伝わってくる。

――悔いがあるとするならば。

愛するものに看取られる、この幸せを。
こいつに味わわせてやれなくなってしまったことだけが、悔しい。

「…銀時」

ふ、と息が漏れる。
うん、と銀時が声を漏らした。下手くそに笑う声だった。俺も、笑う。

幸せだ、とか。
愛してる、とか。
…もう少し、このまま、だとか。

言いたいことはまだ、喉の奥にこびりついているけれど。
どうやらすべてを声にするには、残った息では足りないらしい。

もう、時間だ。


不意に、まだ同じ家を寝床にしていなかった頃のことを思い出した。
スナックお登勢の二階にあった万事屋で、人目を忍ぶように会った後、決まって銀時が口にした言葉。気恥かしくて俺は一度も、同じ言葉を返したことはなかったけれど。

――願掛けも、あったんだぜ?
二人で暮らすようになって、最初の朝、はにかむように銀時はそう言った。


軋む腕を挙げて、くしゃりともう一度、その髪を撫でる。いつかの口調を真似て囁いた。

「…じゃ、またな」

俺はしばらく、ここを離れるけれど。



地獄の果てでも、もう一度。

どうか笑って、抱き締めてくれ。





→ After a while, forever.

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