「ギアッチョーごはんー」
「今作ってんだよ!黙ってろ!」


振り向きもせずに一喝され、フォークとスプーンを片手ずつ握り締めてテーブルに待機している名前はそれっきり口を閉じた。肩を怒らせながらフライパンの中身をかき混ぜて延々悪態を吐くギアッチョ。せっかくの休息、気持ちよく爆睡していたところをお腹がすいたと子どもに叩き起されてから、彼の機嫌といったら最悪を極めている。アジトにいるのが自分一人ならば一食抜こうが二食抜こうがまるで構わないのに名前がいる限りそうはいかない。仮に名前が(そんなことはまず有り得ないが)遠慮してご飯いらないと言ったとしても、そうはいかないのだ。子どもにきっちり三食与えることはリーダー命令なのである。更にそれをプロシュートが念押ししてくるのだから一体このチームの誰が文句を言えようか。


「ギアッチョー…」
「おい、危ねーからこっち来んな」


いつの間にかすぐ後ろまで接近していた名前に、落ち着きのねえガキだな…と彼は呆れかえる。


「うー…ギアッチョ…」


ギアッチョの足へ名前が手を回してまとわりついてきた。これが他のメンバーやごろつきだったらすかさず蹴り上げているところだが、その行動には至らない。どれだけイラつこうと子どもに対して非情になれるほどギアッチョは冷酷に出来上がってはいなかった。仕方なく火を止め本腰を入れて叱ろうとしたところ、あることに気付く。


「……おい、お前…」


ジーンズ越しに伝わる体温が異常な熱を持っている。視線を下げて名前をよく観察すると顔が赤い。息も荒く、いつも大きく開かれている眼はいかにも気怠い風にとろんとしている。状態異常であるのは明らかだった。


「熱あんのか?風邪かよ」
「うん…あつくてきもちわるい…」


そう言いながらも足から離れようとはしない。どうすべきか考えてもどうしようもなかった。ここの連中は職業柄頑丈なのが揃っているから、ギアッチョは薬はおろか体温計のありかすら知らない。そもそもそんな物がこのアジトにあるとも思えない…

リゾットはまだ帰ってこない。たかが子どもの発熱に振り回されるのも滑稽な話だが、されど大事にされている子ども。このまま放置したところで対峙しているギアッチョの責任問題は膨れ上がる一方だろう、いずれにせよ面倒事を厭う彼にとって楽な最善策などほんの欠片も無い。


「どうしろってんだよ…」


名前がナチュラルに両手を上げたものだから、つい抱き上げてしまった。彼女がチームに来てから彼に抱かれるのはこれが初めてだった。ぎこちない体勢で、改めて名前の熱を感じ取る。脱力する子どもの身体は意外と重みがあることを知る。抱えたままうろうろ歩き回るギアッチョの唸り声と名前の荒い吐息ばかりがリビングに響いた。熱いのならば冷やせばいいのか、と至極単純な結論を導いた瞬間、彼は偶然にも自身のスタンドが非常に都合が良いことに気がついた。氷や水を求めて冷蔵庫に向かう必要もない。しかしこれで解決した訳ではないのだから安心はしていない。

プロシュートはそろそろ戻る予定だったはず。とりあえず連絡するか、とギアッチョがジーンズのポケットからケータイを探り当てた瞬間、ドアの開く音がした。グッドタイミングだ。コツコツ近づいてくる靴音がこんなにも待ち遠しかったことはない。リビングへと踏み入ったプロシュートはまだ冬の外気を身に纏っていた。ストールを外しながら、名前を抱いたまま突っ立っているギアッチョを見てしばらく言葉を失う。

「…よお」
「……………」
「おい、なんか言え」
「…なんだ、ずいぶんと珍しい光景じゃねえか。そりゃあアルノ河も凍るわけだな」
「茶化してんじゃねーよ。熱出てんだよこいつ。今電話するとこだった」
「あ?熱?」


素っ頓狂な声を出した相手に名前がよく見えるよう少し上体を捻る。潤んだ眼をした子どもの赤い顔を眺めてからその額にプロシュートが手を宛がうと、冷えた指先が痛むほどに確かな熱を伝い取る。


「マジだな」
「どうする」
「とりあえずよこせ」


ぐったりギアッチョにもたれている名前に向けてプロシュートは手を伸ばした。


「こっち来い、名前」
「やだ」


即答だった。

明日は豪雪かもしれない。大人二人の間に流れた微妙な空気のなか、プロシュートの手は行き先を見失う。ギアッチョはどうリアクションするべきか困ってしまった。名前が彼を拒否する場面なんてただの一度も見たことがない。


「お、重てーからそっち行けって」
「やだ。つめたいからギアッチョがいい」
「お前の彼氏ものすげー顔してるぞ」
「しらない…」


それきり黙り込んでしまった。相当辛いようだった。一連のやり取りを見届けて端正な顔の眉間にくっきりとシワを刻みながらプロシュートは告げる。


「言っておくがここに薬はねえ。ガキ用なんざ尚更だ」
「んなこたーわかってる。だから困ってんじゃねえか」
「とにかくそのまま冷やしとけ。くれぐれも凍らせるなよ。いい使い道だぜそのスタンド」
「オレのはこういう用途じゃねーよ!」
「喚くな、うるせえ」


水分もしっかり摂らせろよと更に忠告してプロシュートはまた外出した。薬の調達に行くのだろう。愛用しているストールはテーブルの上に投げ出されたままだ。何食わぬ顔でしっかり動揺してんじゃねーよと小さい悪態を心中で呟き、すでに半分寝入っている名前を抱えなおす。面倒なことになったと憂鬱な気分を道連れに水入りのペットボトルを持ってギアッチョはリビングを後にした。




続く。