底抜けに愛しているから離れ難いのだと黒目の男は言った。その膝の上で、彼女はぽかんと口を開ける。ずいぶん似合わない台詞だと思った。それと同時に、彼が口にして似合う愛の囁きなんて存在するのだろうかなどと失礼なことまで考えてしまった。
腰元に巻き付いて抱きかかえる腕の力は強い。宙に浮いている自分の足と、床に張り付いている彼の足を見つめる。目線を反らして黙りきった相手を不安に思ったのか或いはいまさら自分の言葉に恥を感じたのか、彼は華奢な肩口に額を押し付けて表情を隠した。重みを感じながらこれはもしかして甘えられているのかと彼女はようやく察することができた。どこかでスタンド攻撃でもくらってしまったのだろうか。厄介な敵だ。心臓が持たない。


「リゾット、さぁ」
「ああ」
「私のこと愛してくれてたんだね」
「ああ」


どうせ見えないから、と彼女は苦い顔をする。想いを伝えたら今と同じたった二文字の返事で飲み込まれてしまったことを思い出したのだ。
変化とはなんだろう。二人でいる時間が増えた。リーダー、ではなく名前で呼ぶようになった。それだけである。なんせ忙しい。それだけ、が可能になっただけマシだった。彼女は十分幸せだったし、彼も笑いかける回数が多くなった。こうして密着されることも極稀だがありえる出来事となった。
手に手を重ねると、指が絡まった。なにもかも大きいな、と思う。高い体温が飽和していく。


「どう思う?」


どうとでも受け取れる疑問を投げかけてみる。


「幸せには感じる」
「満足?」
「ああ、…いや」
「…まだ足りない?」
「そうかもしれない」


視線は合わない。名前。呼ばれた名前が耳に優しく馴染んでいく。彼の胸に頬を当てて、先程のお返しと言わんばかりに表情を隠す。


「キスしたい」


べつに聞こえなくてもよかった呟きが落ち、しばらくしてから真っ赤な頬に指が触れた。離れ難いのはお互い様なのだから、もっとずっと近づいて殺すように愛してくれればいい。幸せはすぐそこにある。