荒々しい風が吹き荒れる丘、足の長い草は風に煽られその身を悪戯に散らし、そこに立つ者の視界を遮りながら何処かへと運ばれて行く。
 容赦なく振るわれるその力。遮る物もなくその身を風に晒しながら、それでも彼女の凛とした姿勢は揺らぐ事が無い。まるで挑むかのように風を受け止め、その場に立ち続けるその姿は見る者に勇気を与え続けてきた。
 後数刻もすればその身を地平の彼方へと沈めるであろう太陽が、その日最後の輝きを惜しげも無く地上へと降らせ、その恩恵を受けた大地が赤く染まっている。暖かでありながら、どこか不吉な印象を齎すその光景。
 まるでそれは、今の彼女自身の心境のようだった。


 眼前に広がる平原に視線を巡らせれば、視界に映るのは兵士の群れ。彼らの表情には一様に疲れが滲んでいるのが伺えた。鈍色の甲冑に反射する赤色がその顔色を隠している。
 だが疲労の極致を垣間見せているにも拘らず、その瞳に鋭利な刃物のようなぎらぎらした光を宿しているのが遠目にもはっきりと認識できた。
 明日になれば彼等は此処より彼方、戦場へと旅立って行く。
 脳裏に蘇る、先程慰問した際の、彼等の姿。
 あの中で、一体何人の者達が戦場の中、その命を散らす事だろう。この国に生まれた者として、この国を護りたいと思うのは当然の事なのだとAまだ年若い兵士が胸を張って語っていた。
 彼等は一様に、戦える己の身が誇りであると語り、そして跪くのだ。彼等が誇り、そして称える大輪の薔薇へと。
 その姿を見る度、本当は彼女が泣きたくなっていると気付いている者がどれ位いるだろう。
 国を背負う者として、その立場を望んだのは彼女自身。その志に光を見出し、彼女を王と戴いたのは民。そんな皆の期待に応えたいと、持てる力の全てを国に捧げる覚悟は出来ている。
 だが、彼女とてまだ年若い娘。例え、民の間で賢王と崇められていたとしても。

 彼女、ローザはその生い立ち故に、親の愛情を知らずに育った。
 ローザの唯一の縁者とも言うべき彼女の叔母である先の女王は、ローザに対し其れほど熱心ではなかった。自身に子が無かったが故、血脈を絶やさぬようローザを引き取ったが、そこに在ったのは打算でしかなく。
 時期女王としての教育は厳しいもので、幼い時分にはそれが辛くて涙を零した事もある。だがその度、家庭教師や傍付きの者達は口を揃えて言うのだ、『上に立つ者は、人前で泣く事は許されません』と。
 次第に彼女は陰で泣く事を覚え、ある程度の年月が経つと泣く事自体を已めた。
 そんな幼少期を過ごして来たからなのか、ローザは他人に頼る事が苦手だった。
 特に親しい侍女や唯一気を許せるパーシファルにだけは、想いを零す事はあったが、それも女王という立場になってからは前ほど気安くは無くなった。ならば、彼女の胸の内は何処で露吐するのか。それは誰にも、それこそ彼女自身も分かってはいなかった。


 闇が徐々に支配を広げ始めた事に気付き、思考の淵に沈んでいた意識が引き戻される。今はまだ完全に安全とは言い切れない状況で、夜陰に乗じて不逞を働く者が現れないとも限らない。そうなれば、護衛する者達の身にも危険が迫ろうと言うもの。
 ローザはそう思い立ち、急いで丘を降りるべく踵を返した。その拍子に、金属同士が擦れる音と共に、胸元から何かが足元へと落下する。
 ローザは軌跡を辿るように視線を足元へと落とし、その正体に気付くと同時に慌てて屈んでそれに手を伸ばす。
 拾い上げると丁寧に汚れを払い、傷が付いていない事を確認して安心したように息を吐いた。
 それはペンダントヘッドの中央に、朱色の石が填められた金の鎖のネックレス。

 このネックレスの持ち主はもうこの世には居ない。彼は、アーベルジュは身を挺してローザを護り、死んで逝った。
 物に執着する事が無かった彼が最期まで肌身離さず持っていた唯一の物。アーベルジュの故郷に彼を埋葬する事になった時に一緒に棺に入れる予定だったのだが、彼との唯一とも言えるよすがを手放す事を惜しんでいると察したパーシファルが、ローザに持っていてはどうかと勧めてくれた物だ。 

 手の中にあるネックレスを見つめるローザの脳裏に、在りし日の彼の言葉が蘇る。彼は、女王として未熟だと感じていたローザの気持ちを察し、言ってくれた。迷う事は必ずしも悪い事ではないと言う事を。それが国や民を想っての事ならば、それは必要なものなのだと。それが、ローザの心をどれ程軽くしてくれた事か。
 彼は、何度もローザを助けてくれた。彼女の身を、そして心を…。


 ローザは立ち上がると、改めて野営をする彼等へと視線を向ける。
 忙しく立ち振る舞う彼等を見つめ、これからも、己は自身に問い続ける事だろう。それでも、自分を王と仰いでくれる者達の為にも、歩みを止める事だけはしない。そう、誓いを立てた。





END.

 お題を見て最初に思いついたのがローザ様でしたので、そのままいかせて頂きました。
 王だって人間なのだから、悩む時もあるだろう、と。2000文字以内は中々難しいと痛感しております。

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