自分の都合の良いように視点をずらしてみても、若い女性がカエルみたく荷物の下敷きになってのびているなんてあまりにも不自然だった。海列車が核爆弾を燃料にしてレールの上を走っているのなら話は別だが、ポストカードにしたくなるほど鮮やかな海と空が窓の外で流れている穏やかな車内では騒ぎになるような大きな揺れもなかったのだ。さらにその下敷きになっている女性の左腕は筋肉や骨の構造を無視してとんでもない方向に捻れている。只事じゃねえな。考えられるのは彼女達の間に何かトラブルが生じた。それも普通とは言い難い彼女達の。それにナマエというどこか聞き覚えのある名前も引っ掛かる。しかし状況把握が出来ない怪我人を一人放置するわけにはいかない。純粋な親切心とは言い切れないにせよ、傍にいよう。最初はただそれだけだった。

耳を疑う独り言が耳に入った。どうやら彼女は記憶をどこかに落として来てしまったようだ。まるで誰かさんのように。自分のルーツがあやふやでぽっかりと穴が空いている状態の危うさを知っている。今までの自分から未来の自分を想像すら出来ない事の恐怖を知っている。何も分からないでいるのはなんて残酷なんだ。彼女は今、心の内で無理矢理自分に言い聞かせているのだ。直によくなる、記憶喪失は自分が初めてではない、大丈夫。たぬき寝入りをしていたサボは正真正銘眠りについたナマエの、涙で湿っている目尻をそっと拭った。

彼女自身気付いていないだろうが病院の連絡先を控えたメモを受け取った手は震えていて、気丈に振る舞う姿がサボの目には余計痛々しく映った。先日入手した革命軍支部長暗殺計画の情報に彼女と同じ名前があった。偶然であってほしい。それが同一人物なのか、こちらが手に入れた微々たる情報と照らし合わせる為に革命軍に確認の連絡を取る必要がある。今の時点では信憑性が薄いとはいえこんな事になるのなら出会わなきゃよかったなんて一瞬でも思ったのは、彼女があちら側にいる可能性があるからなのか、それとも。透明度の高い夕日の中、シルエットの霞む彼女の背中を見つめた。おれは革命軍。きっとこの先苦い想いをする。そんな予感がした。




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