「何か言ったか」
「何か言ったよ。風邪引いてるわけでもないのに何でこんなに身体が熱いんだろうね?ちょうどこの島は季節の変わり目なのかな」
「環境保護団体も口だけで活動してねえんだよ。おれ達が庭師の真似事する方がまだ社会貢献になるだろうに」

まともじゃない。しゃがんでスコップ片手にガーデニング作業に勤しむ海賊を想像してみた。鼻先に土を付けながらチューリップの球根をもそもそ埋めているエース。あれ、結構悪くないんじゃない?早くこっちにおいでよって意味で手招きする。

「なーに笑ってんだよ。にしても一応まだ春だってのに迷惑なこった。お前さえよけりゃまた冷やしてやってもいい」

足首から斜めに伸びた影が定休日でシャッターが閉まっている雑貨屋の日除けの下で混ざると、エースは片眉と口の端を器用に吊り上げて悪戯っ子の顔をする。冷やしてやる、とは海をストライカーで駆け抜けて風で全身を冷やすという原始的な方法の事。それもピラニアよりもお腹を空かせた海王類が大口開けて待っているというのに、エースは夕食時のモビーみたいに炎を燃え上がらせ続ける。どうしたんだよナマエ、マルコに半日説教されたって顔して?その手離したらどうなるか分かるよな?水しぶきが南の空に舞い上がる数時間前の出来事を思い出して首を真横に振ると、声を上げて笑い出す。調子に乗ってる二番隊隊長。

「分かった分かった、普段の安全運転で行こう。それよりもっと良い方法を知ってるんだが…好きだろ」

移動販売で買ったばかりのティーソーダの栓を開けて渡してくれる。記録指針の球体ガラスに水滴が飛んでいた。胃まで急降下するフレイバー。市販も美味しい。まだ一口しか飲んでないのに、エースは指先で抜き取って瓶の半分まで飲み干してしまう。喉仏が引っ掛からずに動くのが不思議だった。

「待ってよ、私の分じゃないの?」

胸の奥がキュンとする笑顔に何も言えなくなってしまう。無銭飲食の常習犯で宵越しの金は持たない主義だったのが、ちゃんと料金をテーブルに置いてから店をあとにするようになっても肥料の下で構えている根っこの色は変わらないのだった。心臓が跳ねて口から飛び出そうなのに自分だけ意識してるなんて馬鹿みたい。人に与えるばかりで、受け取る資格がないって平然と言ってのけてしまう事を知っている。それをほんの少しだけ寂しく感じるのはわがままなのだろうか。でも多くを望むとバチがあたるもの。

「おれも大概だけどよ、はっきり言って変だぜ。何面相すんだよ」
「そうかな。世間の少数派が正しくて多数派が特殊だったりするのかもしれないよ、エースちゃん全部飲まないでね」

怖い顔したってコーヒー牛乳の牛乳割りが好きなエース。それから涼しげなベルの音が鳴った。日の当たる向かいの古本屋から青年が読み終わるのに何ヶ月も掛かりそうな本を抱えて出てくるところ。目が合うと星の散らばるウインクを飛ばして坂道を駆け下りて行った。簡単な「こんにちは」のご挨拶。

「おいおい何だ今のは。おれが隣にいるの見えてねえのかよ」
「見た?あれきっと本物の金髪じゃないかな。前にエースを待ってる時にヘビースモーカーな紳士とお喋りしてたんだけどね、綺麗な金髪の男の人ってちょっと憧れる」
「ふーん。お前さ、それわざと言ってるんだとしたらあの野郎より罪深い奴だな。何だか渇いてきた」

半分も飲んでおいて?言い終わる前に音を立てて唇をぶつけられた。顔を振って逃げても逃げても後頭部を抑えられて、動く度に腕輪と記録指針が耳の横でカチャカチャぶつかる音がする。苦しい!クラクラしながら無駄な脂肪の一グラムも付いていない背中をトントン叩くとようやく解放された。顔に似合わず今時流行らないんじゃないかってくらいプラトニックだと思っていたのに勘違いだったみたい。




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