十一月の始めに支給される小型電気ストーブのおかげでベッドの周辺は暖かいのに、部屋の隅と鼻の頭だけが冷たくて毛布を顔の半分まであげたのだけどなんだか息苦しい。例年よりも駆け足で訪れた硬い冷気のせいで昼夜問わず憂鬱な気分になる。コンクリートを溶かした雲が覆い被さる今夜は、人口的に作られた無機質なオレンジ色だけが部屋を照らす唯一の光だなんてついてない。晴れていれば広がっていたはずの星がセンチメンタルな気持ちも吸い込んでくれたのに。ハロウィーンで使ったダイヤの模様にくり抜いたランタンをダンボールにしまわないで貰ってくればよかった。さらに寒くなるけどカレンダーを捲ってしまいたくなる。南東の空に浮かぶ一等星がもっと明るく瞬くのは楽しみだったから。そんな事を考えながら床へ消えていく加湿器の水蒸気を眺めていると日付変更線を跨ぐ前に眠りについてしまった。

微睡みの中で、どこかで嗅いだ覚えのあるバスソルトと優しいミルクの匂いを感じた。ストーブが消えている。身体を起こしてじっと目を凝らすと上下に動く毛布の塊が隣にあった。部屋の鍵も窓も厳重に閉めたのにゴーストの恋人はどうやって入って来たんだろう。今夜は来ないと思っていたのに。毛布の隙間から覗く指の関節をつついてみるとnとuの間くらいの発音で返事をしたから驚いて反射的に手を引っ込めてしまった。

「起きてたの」
「いや寝てたよ…もう朝か」
「ううんまだ夜明け前みたい。起こしちゃったのは悪いと思ってるけど、本当に寝てた?」
「生贄の羊が草原を駆け回って柵を跳び越える前に夢の世界だ。逃げ出せたかどうかは天の上のお偉い様の匙加減。指先一つ、サイン一つでどうにでもなるのはどこの世界も同じだな」
「サボは一緒じゃないよ」
「分かってるよ」

次期参謀総長はくぐもった声で続けた。

「ん?いつもの抱き枕がねえな…おいおいあんな所まで蹴飛ばしたのか」
「嘘、真っ暗なのによく見えるね」
「自分が貴族の出だなんて思えねえよな。まあ何かの間違いであってほしいもんだが…どういうわけか昔から夜目の方が利くんだ。逸らすなよ」

視界に捉えたら片時も離さない自信があると言われた時は咄嗟に自分のブーツの爪先を睨み付けていないとだめだったし、今だって零れる柔らかな息の音だけで全身が痺れそうだからなんて不公平なんだろうって今までに何度も思った。スプリングが緩やかに軋む。

「角砂糖舐めながら待ってればよかったかな」
「何だそれ、やめとけ」

呆れた声と抱き枕を抱えて戻って来たと思ったら、息を飲んでしまうような言葉を嵐のように囁くと首にキスの雨を降らせた。ベルベットブルーの海底で漂うのってきっとこんな気分。下唇の膨らみをとろける親指の端で撫でて、必要ねえだろと言う。

「歯と歯を擦り合わせるのはザラザラするから好きじゃない」

そう伝えるのが精一杯でそっぽを向いた。すぐに大きな両手で頬を挟まれて顔を上げられる。

「どこ見てるんだ」
「何も見えてないよ」

目を伏せて倒れ込むと薄明の空が目を覚ます前にコンポートの息を浴びた。




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