フラタニティ

おれはここでの生活を気に入っている。任務を終えてバルティゴへ帰還した日から三日後の朝は騒音に叩き起されるわけでもなく体調も良くてそれなりに良いものだった。窓の外は核爆発でもしたのかというくらい真っ黒な雲で覆い被さっていて雨でぽつぽつとガラスを濡らしていた。こんな天気なのに良い朝だなんて思うのは馬鹿らしいか?目覚めのシャワーはもう少し経ってから。泡が溢れそうなカプチーノと新聞のセットも時間をずらそう。だって目を覚ました時に隣にナマエがいるんだ。単純明快。素直に朝から面白いじゃねえか。最後に確認した時と同じ体勢だが寝てるのか起きてるのか。起きてるな。

「寝たら忘れるんじゃなかったのかよ」
「もう嫌だ猫になりたい」
「じめじめじめじめ…ほら外を見てみろ、お前と一緒だ」
「マリア様の足元をうろちょろするメインクーンになる。慈愛に包まれるの。癒しが欲しい」
「野良猫がお似合いじゃねえか?」

相変わらずナマエの発想はよく分からねえ。ついこの前世界に根強く存在する宗教が及ぼす争いと救いについて話し込み、無宗教はこの世で一番誇り高い宗教だと決定付けて十字を切るのをやめると宣言したのに聖母の元でぬくぬく暮らすのか。まあ癖でナマエは咄嗟の時に救いを求めるんだけなんだけどな。神様どうか無事で生きて帰れますようにって。ちなみにおれも無宗教。ちょっと遊んでやりたくなって、肘枕をしたまま顎の下をぐりぐり撫でてやる。

「おれ犬派だけど猫もいいかもなー」
「実のところ私も犬派なんだよね」

深夜の一時頃、ベッドサイドの照明を消してさあ寝ようかといったところでナマエはいきなり部屋に飛び込んで来たと思ったら、声も掛けぬ間にベッドで丸まった。顔だけ出してシーツに包まれるあれだ。正しく人見知りの激しい猫の如く。何かあると昔からナマエはそうやっておれの元へやって来るのだ。それからぽつぽつと今日の任務の事を話し出したのだが今回はちょっとしたヘマをやらかしたらしい。おれだったら別にいいんじゃねえか?と気にも留めねえがそこは元々の性格もある。後悔する事は真っ暗い部屋で目を潰される事と同じだ。何となしにべらべらと言ってしまったわけだが、いっそ死なせてくれたらと後悔する出来事が頭上に墜落してくるのはそう遠くない未来の話。いつの間にか起き上がっていたナマエがますます雨音の激しくなる窓の外を見ていた。良い朝か悪い朝か。その黒い目にはどう映っているんだろう。

「はーあ。だめだめだなあ。成長しなきゃ」
「だからなんだってんだ。自分が変わるしかないってか?簡単に言うけどそれってどんな事よりも難しい事だ。お前はお前のままでいていいだろ?…分かんねえけどさ」
「今日のサボはお兄さんだね」
「ナマエが妹か…手が掛かりそうだ」
「お兄さんって言っても妹を振り回す自由奔放な兄だからね」

たぶんおれが死んだらナマエは泣いてくれるだろう。長年の付き合いだしそんな関係を築けていると思っている。友人なのか同僚なのか家族なのか。或いはそのどれとも当てはまらないのか。

「ところでおれは今日まで休みなんだけどさ。どうしてもナマエの部屋の模様替えしたい気分なんだよな。椅子の上で必死に爪先立ちしなくても電球を替えられる。買ってそのまま服が押し込んであるクローゼットを窓の近くに移動させられる。どうだ?良い兄ちゃんだろ」

これがだめなら限界までマシュマロの詰め合いっこしよう。お互いの口に。そう言うとやっとナマエは大声で笑ってみせた。ここで突然雨が止んで雲と雲の隙間から光が差して重い黒が晴れる、なんてそう都合良く小説の様にはいかねえけどおれはここでの生活が気に入っているんだ。





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