極性

熱のこもった目を見続けるくらいなら失明した方がずっとマシだった。一晩の過ちなんて御免被る。

「本当に何でも?…じゃあ最後まで」
「…馬鹿、大馬鹿だてめえは」
「何でもするって言ったじゃないですか」
「言ってねえ」
「ひどい!」

喚くナマエを端に転がせて無機質な天井を眺める。馬鹿になったのはお前じゃなくておれの方だ。何を言って何をするつもりだったのか。今、こいつがおれの傍にいて離れないのは人道に反する薬のせいで本心からじゃない。何度も自分に言い聞かせたはずだった。サラサラと流れ落ちていく砂時計の砂を塞き止める方法があるなら早く教えろ。おれにも理性というものがある。隣で布が擦れる音がする。ナマエの細くて熱い指先が手の甲をなぞった。

「…触んな。今やめれば何もしないでいてやる」
「本気で殴るつもりですか?」
「そっちの意味じゃねえよ。つーか上に乗るな!」

掴んだ華奢な手首に込めた力を加減できているかももう何も分からない。

「…いい加減にしろ。一ミリも理解出来やしねえのか。わざわざそんな事しなくても…寝れねえなら一緒にいてやるっつってんだ」

丸い目が大きく見開かれた。途端に動きを止めてもじもじと恥じらいを見せるナマエは睫毛が濡れていた。口から出てしまった。こんな事死んでも言わないと決めていたのに。暗くてよかった。月が隠れていてよかった。今まで蓋をしていたものが溢れ出す気がした。そんな顔されたら。

「…いくらでも一緒にいてやる。ずっと傍にいる。これでいいんだろ。文句言ったら無視してやる」

どうせあと数時間後には何もかも忘れて離れて行くのならなるようなればいい。腕を引いて胸の上に崩れ落ちたナマエをそのままきつく抱き締めた。もう死ぬまで二度としないだろう。これが最初で最後。お前なんか窒息しちまえ。

「ちょっと苦しい」
「うるせえよ。絶対離さねえ。おれがこうなったのは全部お前のせいだ」
「ずっと思ってたんです。船長って私みたいな使えない人間なんて大嫌いなんだろうなって」
「嫌いだ。お前みたいな馬鹿は」

嫌いじゃねえよ。好きだ。ぶっ殺してやりたいくらい好きだ。柔らかい髪を何度も撫でると照れくさそうに笑う。夢から覚めた時お前はどこに行くんだ。

「時を止める方法って三つあるらしいですよ」

人は何かの理由の為に生き続けている。おれには命を賭してでも成し遂げるべき目的があって執着するものは後にも先にもこれしかなかった。だが全てが終わるその時まで連れてく。永遠なんて脆いもので確約なんてできやしない。それでも今決めた。お前が拒否しても無理矢理連れてく。胸の上でクスクス聞こえる。

「何笑ってんだ」
「このまま寝ちゃうのはもったいないなあ」
「おれは寝る」
「夢に出てきてくれますか?」
「お前が出てこい」

本当に言いたい事はいつも言えない。遠慮がちに繋がれた手を強く握った。


▼▼▼


目が覚めたのはあと数分でドラッグ切れを起こす時刻だった。隣で寝息を立てるナマエは幸せそうに腕にしがみついていた。熱帯夜には恋人にうんざりされるだろう。雑に廊下に放り出して医務室へ。あんな物がまだあるのなら早急に処分しなければならない。ある程度引っ掻きまわしてみたがそれらしき物は見当たらず安堵して部屋を出た。だが何か勃然とわいてくるものがあって、柄にもなく窓の外で飛び回る鳥を見ていた。種類なんか知るか。変わらない少し遅めのテンポの足音が近付いて来るが、今はその顔を見たくなかった。

「おはようございます。もしかして今お目覚めですか?」
「要件を言え」
「強い睡眠薬ください。…寝れてはいるんですけど、さっきなんか廊下で寝てたっぽいんですよ?何がなんだかで」
「…昨日渡しただろ」
「え?そうだっけ。なーんか記憶が曖昧なんですよね」

こいつは何も覚えてない。前後の記憶も消えるとは何て優秀な薬なんだ。表彰に値する。全てあっさり終わった。終わったというより元に戻ったという方が正しい。

「反応無しですか」
「何でもねえよ早く行け」

見なくてもお前の目にはダイアモンドどころか熱もこもってはいやしないのが分かる。手で適当に追い払う動作をすると来た道を帰って行った。あの二十四時間は実在した時間だったのかと思うほどおれとナマエの間にはひと欠片も残らなかった。それでいい。自分にだけ残っていたものを瓦礫と一緒に埋め立てる。浮かび上がる心情だとかをすぐ口に出すと直に埃を被っていくのだから。馬鹿に効く薬は無いのだ。


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終わり!
お付き合い頂きありがとうございました。




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