瞳は開けたまま

肩を並べて歩きたがっていたから歩幅を合わせてやった。手を繋ぎたがっていたから手首なら掴んでもいいと言ってやった。下手くそな鼻歌がだんだんと大きくなってきたところで我に返った。何やってるんだ、おれ。

「ナマエ」
「んー?」

惚れ薬がキマっているナマエは顔を覗き込んだだけでこれだ。その丸い目はダイアモンドでも入ってるんじゃないかというくらい輝いている。こんなことになるなら普段通りの決して交わる事のない平行線のままでよかった。ドーピングなんて誰が頼んだよ。ひねくれてるのは百も承知、おれはナマエに程々に素っ気なく接してからかって虐めてやるのが好きなのだ。付かず離れず。スキンシップといえばこんなもので充分で甘い反応なんて求めちゃいない。しかし今のこいつはどうだ。普段とはまるで違う慕い方。頭では理解している。理解しているつもりなのだが。

「今日の船長って優しいですね。こんなふうにされると惚れ直しちゃいそう」
「あ?おれはいつだって優しいだろうが」
「うん、そうだよね、そうだった」

ギリギリまで爪先立ちをして首筋に触れられた唇に再度体が固まった。こんな不意打ち、耐えられそうにない。

正午をとっくに過ぎ、食堂には昼を食べ損ねたらしい数人のクルーが各々の時間をゆったりと過ごしていた。そんななかナマエの暴走ぷりったらなかった。完全密着で隙あらば食べさせようとする。阻止すると途端に大人しくなり、食わないのかと聞くとただ見ていたいのだと答える。まるで正気じゃねえ。ナマエがイカレた事は既に船内中に広まっていて、クルーからの生暖かな視線と隣から真っ赤な視線を浴びながら口に運んで噛んで飲み込む、その行動をいつもの倍のスピードでしなければならなかった。

「お前が船内で物食ってるの見るの初めてかもしれねえ」
「ご飯食べに来る頻度少ないからじゃないですか?これからはちゃんと一緒に食べましょうよ」
「……そうだな」
「おかわりいります?」
「いる」

喜々としてカウンターへ向かうこいつを見ているとドフラミンゴの所にいたベビー5が重なって溜め息が出る。あの女ほど馬鹿になってないところが唯一の救い。なんやかんやで、真っ直ぐ好意をぶつけてくるナマエを邪険に扱う事は出来なかった。まずこいつは一番の被害者であったし、おれは自分で思っていたよりも単純な奴が嫌いではなかったからだ。頬杖をついてナマエを目で追っていると斜め前に異様にニヤついたペンギンが座った。

「ナマエ可愛げあるっすねー」
「あんなの病気だ」
「このままあらぬ関係になっちゃったりします?」
「馬鹿言うな」

今のナマエの行動は全部薬によって引き出された偽りの感情からであるが、ただそれだけなのだろうか。このまま元に戻らなかったらおれとお前はどうなる。馬鹿げた疑念と共に残り僅かになった冷めたコーヒーを飲み干すと、ナマエがカップを二つ持って戻って来た。

「コーヒーなんて飲めねえだろ」
「ご飯もそうだし一緒の物飲みたいなーなんて。いろんな事を共有したい。だめ…ですか?」

薬とは関係無くおれが知らないだけで元々人との距離が近いタイプなのかと思っていたがやはりそうでもないらしい。ナマエとよくつるんでいるペンギンが勢いよく茶を噴き出した。やっぱり苦いねと言ってシュガーポットの蓋を開けて角砂糖を二つ落とすと白い喉が滑らかに動く。

「これからの予定は?」
「お前にゃ関係ねえ。絶対ついてくんなよ、お前今日の仕事まだやってねえんだからな。やる事はきっちりやれ」
「頑張って掃除してきます!」

空になった食器類を片しに行ったナマエの背を見送って立ち上がった。これ以上振り回されるわけにはいかない。できるだけ書庫に篭ってやる。今のおれにはそれしかできないだろうよ。


▼▼▼


一つの事に集中すると時間を忘れて没頭してしまうのは良くも悪くも昔からのおれの悪い癖。本を閉じて首の骨をポキポキと鳴らす。壁に掛かる時計の針は夜中の一時を指していて長いと思っていた二十四時間も早いもので残り半分を切ったが、あれからナマエは一度も姿を現さなかった。あの薬は時間が経てば経つほど効果が薄れていく物なのかもしれない。ぬるいシャワーを浴びた。部屋の前まで戻ると、おれが寝惚けていなければ扉の前でロングシャツ一枚のナマエが体育座りしているのが見えた。馬鹿かこいつ。

「どこ行ってたんですか!夜ご飯も一緒に食べたかったのに」
「書庫」
「やっぱり!行こうと思ったのに皆に止められちゃって。ほら早く部屋に入れてください。…もしかしてシャワー浴びました?」
「悪ぃかよ」
「匂いが消えちゃう」

悪い夢は薄れるどころかより色濃くなってるじゃねえか。言葉が詰まった。ベッドで丸まる馬鹿に完全にペースを狂わされている。このおれが!

「ナマエ。お前が望む事全部してやる何でもやってやる。そうすればお前は満足するのか」

何が匂いが消えちゃうだ。おれがどんな顔をしていたのかなんてこいつ以外知らない。


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第二話目!続きます。




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