まるで天罰

女は欲の捌け口でしかない。これは一定の特別な関係を作らない海賊であるが故という意味で、決しておれが本能的に生きているというわけでも女を貶しているわけでもない。普段ならどうでもいいと思うような事を永遠と考えてしまう日が誰にでもあるだろう。所謂理想の女についてだ。それに求めるものといえば、ある程度の教養と愛想。会話が成り立たないほど喧しいのと自己主張が強すぎるのは論外。ガツガツくる女は嫌いだ。だからといって従順すぎるのも面白くない。文句を垂れながらもちゃんとついてくるくらいがちょうどいい。
立ち止まって、数歩後ろにいる奴の名前を呼ぶ。何ですかいきなり。別に。そんな距離感が妥当でおれは気に入っていた。こいつはただのクルーの一人だが。


蛍光灯の一つがチカチカと点滅して切れかかっているが馬鹿が買い忘れただけで医務室は通常通り利用されている。乱雑する戸棚にある手前から二番目の瓶の蓋を開けて中身を確認し、少量を小さな紙袋に入れて手渡した。

「寝る前に一錠だ」
「これサイレースじゃないですよね?」
「レンドルミンだ。最初から薬に頼るのが間違ってるんだよお前は。まずは弱いヤツから飲んでけ」
「えーガンガン強いのでもいいのに」
「やるだけ有難いと思え」

頬の絆創膏を思いっ切り剥がしてやると呻き声を出した。つーか昼寝やめりゃすぐ寝れるだろうが。目の前の回転椅子に座るナマエは先程廊下で鉢合わせるなり、船長!薬ください!とにかく強い薬を!とジャンキー顔負けにせがんで来たのだが、聞けば睡眠薬が欲しいんだと。やっぱりこいつは馬鹿。鬼かよ…なんてぶつくさ言いながらつなぎの右ポケットに紙袋を入れたナマエの頭を引っぱたくと親の敵といった目でキッと睨むのだがいつもながら効果はない。そろそろ学習した方がいい。

「お、鬼!大魔王!」
「うるせえな。ついでだから棚の整理手伝えよ」
「はあ…分かりましたよ」

何だその態度は。こいつは成人してるわりに言動が幼い。というよりもうちのクルー達は総じてアホで何でそんな奴らばかりこの小さな船に集まったのか自分でも謎だ。ゴンと鈍い音と何かが割れるような音が後ろからして振り返った。こいつのドジは今に始まった事じゃない。いくつかの黒いガラス瓶とナマエが床に転がっていた。しゃがんで顔を覗き込むと白いつなぎの肩の部分が濡れていた。ナマエがいじっていた棚のガラス瓶の中には錠剤しか入っていなかったはずだが液体でも被ったのか。

「ったく…頭打ったか?」
「…いえ、大丈夫です…」

反応は鈍いが異常はない。手を引いて立ち上がらせ、作業に戻るよう言い放つ。割れたのは幸い一つだけでガラスの破片を拾い集めて戸棚整理を再開させた。突然背中と腰のあたりに熱を感じて体がピシリと固まる。ナマエが後ろから抱き着いている。おい、何がどうなってるんだこれは。

「…離せ」
「ううんずーっとこうしてる」
「ついにおかしくなったか」
「何もおかしくなってませんいつも通りじゃないですか」

どこがだよ。肺の中に上手く酸素が入っていかない気がする。どんどん腕の力が強まって体温が混ざり合いそう。まるで訳が分からない。

「てめえいい加減にしないとぶん殴るぞ」

本気で殴ってやろうと背中からナマエを無理矢理引き剥がすとその頬は普段からは考えられないくらい赤く染まり、目はとろんとしていて握りこぶしをつくった右手が行き場を失った。どうしちまったんだ一体。

「えへへ」
「えへへじゃねえよ。いつもよりアホに見えるから今すぐやめろ」
「嬉しくて嬉しくてしょうがない時は笑顔になっちゃうものですよ船長」
「…さっき力の加減間違えたか?」
「せ、船長…それ、おれのせいっす…」

開けっ放しの扉から恐る恐る顔を覗かせてそう言ったのはクルーの一人のシャチで、キャスケット帽と黒いサングラスで目元は隠れているものの動揺しているのは誰が見ても明らかだ。

「早く説明しろ」
「ひいっ!」

廊下に追い詰めたシャチの顔の横を殴ると冷たい鉄の壁が少しへこんだ。

「あ、あのですね、ナマエが被った薬はこの前の島で買った所謂惚れ薬ってやつで副作用も無く一番最初に触れた異性に効果を表すって代物…ま、魔が差しただけなんです!こんなん持ってたら皆にいじられちまうって思ってここに隠しておいたんスよ!でもふと我に返って朝こっそり回収しようとしたら船長とナマエが…」
「…別におれはお前らが普段何してようが構わねえがこの有り様だ。どうすれば元に戻る」
「効果が切れるのは二十四時間後で前後の記憶も消え…すいませんすいません!!!」

思わず足も出た。さっきから背中に感じるジリジリと体を貫かんばかりの熱い視線を二十四時間浴び続けるなんて気が狂う。振り向く。嬉しそうな顔をするな。

「シャチばっかりずるいよ!私も船長と話したいのに」

その言葉にシャチが一目散に逃げ出した。が、追う気になれなかった。

「…もういい。早く終わらせて飯……お前は座ってろ。絶対そこから動くな何もするな」

うっとりとした顔で頷くナマエに頭を抱えたくなった。誰だよこいつ。おれなりに可愛がってやってたいつものお前はどこへ行ったんだ。


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続きます。




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