点綴されしリスタート

夕方から降っていた粉砂糖みたいな雪が少しずつ大粒になり、日付が変わった頃に店の外に出てみれば目の前に広がるは銀世界。あっという間に積もっていた。そのまま宿に戻ってもよかったがそんな気分じゃなかったんだ。ラムが足りねえやらアイツはまたあの姉ちゃんの店に入り浸りだやら家族達とガヤガヤうるさい店で、いつもより過剰摂取したアルコールのせいで脳味噌が溶けている気がするが意識はちゃんとしている。覚束無い足取りで坂道を上って行く屈強な男達の背中を見送ったのが今から十五分前。寒くないのかと聞かれればいくら飲んでようがそりゃ寒いに決まっている。このおれが厚手の真っ黒なロングコートを着込んでいるんだぜ。自室のクローゼットの奥の奥にぐしゃぐしゃに押し込められていたそれを引っ張り出せば上から二つ目のボタンが糸が解れて取れかかっていたが持ってきておいて正解だった。サクサクと雪を踏み進む足は今日も変わらず絶好調。とっくに静まり返った街では街灯だけが白と黒を照らす。大丈夫、酔ってない。石畳の階段から真っ白な地面目掛けて片足で飛んでみたら着地出来ずにすっ転んだ。訂正。やっぱり酔ってるのかもしれない。何故か妙に可笑しくなってそのまま仰向けになったのが三分前。

「そんな事してたら死んじゃいますよ」
「死なねえよ」

くるくると振り回していた黒い傘を投げ飛ばして寝転ぶこいつもおれと同じ酔っ払い。

「このまま雪に埋もれても気付かねえんだろうな、誰も。あいつらは自分の限界も知らずに飲むんだ。今ごろベッドの中で大イビキだろうぜ」
「マスターが今夜はやまないって言ってましたよ。これって隊長と心中って事になっちゃうんですかね」

たぶんナマエは嫌だなって言いたかったんだと思う。いきなり繋いだ手にびっくりしたようだったがそっと握り返してくれた。繋いだのは何となくだ。溶けた雪が背中からだんだん服の中まで染み込んできたがもう少しこうしていようかなんて考える。大雪ですねなんて言いながら繋がれていない方の左手を器用に使ってマフラーを外しているものだから、いよいよナマエもおかしくなってきたのだろう。腹の底から大笑いした。アルコールは思考回路をだめにする。

「ホットワインの海で泳ぎたいですね」
「いーや、絶対ホットビアだな。シナモン多めの」
「カナヅチなのに?」
「笑うなよ。お前に手を引いてもらうさ。離したら怒るからな」

顔を左に向けるとナマエは静かに降ってくる雪をただ見つめていた。二人っきりでこんなに話すのはいつぶりだろうか。笑い声を聞いたのも随分久しぶりのような気がする。年月は人を変えるというがまさしく人も環境も変わった。おれは船長じゃなくなって白ひげ海賊団二番隊隊長に、ナマエは副船長から一船員になった。表面上はそうでなくても確実に距離ができた。遠くなればなるほど壁は厚くそして高くなっていくのだ。沈黙を破ったのはおれじゃない。

「…私、こうやって隊長とお喋りするの楽しいです。モビーに乗って家族が増えてからは会う機会は減りましたけど、毎日、楽し…………ごめんなさい、やっぱり寒いよ、エース」

声を震わせるナマエの目から流れ落ちたのは雪の粒が溶けたものなんかじゃない。反射的に腕の中に閉じ込めた。

「ごめんなナマエ…おれが悪かったんだ……なあ、暫くこうしていてもいいか?……そうだ、今もまだやってる店があるかもしれない。お前はホットワイン、おれはホットビアでも頼んで暖まろうぜ。なあ、そうしよう。だから…泣かないでくれよ」

きつく抱き締めた体は震えていて、止まらないナマエの涙が深く心臓に突き刺さって痛い。泣かせたのは自分なのによくそんな事が言えたものだ。ナマエがあれからずっと変わらずおれの事を見ているのを知っていた。それでいて気付かないふりをしていた。二人の関係をずっと考えないようにしていた。おれはもうお前の望む海賊王にはなれない。おれの勝手でこうなったのに前と変わらずついて来てほしいなんて誰が言える。答えは聞かなくても分かりきっていたのに何もしなかった。ナマエは何も悪くない。湧き上がる後悔と自分の言葉を誰かの言葉で訳してほしかった。大人のふりをするのが下手だから。





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