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けたたましい内蔵まで響く轟音と同時に重たいはずの身体が吹き飛んだ。受ける衝撃を最小限に抑える為に足を踏ん張らせたつもりが敵船の床はワックスを掛けたばかりなのか、ツルツルに滑ってそのまま背中を床に打ち付けた。口を閉じていて良かった。舌を噛みちぎっていたかもしれない。眼前には偉大なる航路の気まぐれな空に浮く入道雲に向かって立ち上る黒煙。誰だって今が緊急事態だと理解出来るのに、どうして私は寝転んだままでいるんだろう。立ち上がれない、立ち上がりたくない。その時、突然舞い上がった熱風に全身が包まれた。パチパチと耳の奥で弾けては消えていく煌めき。投げ出したままだった右腕は痛いくらいに掴まれている。何かが燃えている。違う。火拳のエースだ。その逞しい首には一人の人間が一生遊んで暮らせるだけの懸賞金がかけられているという。

「ここはお前のベッドなのか。おい何とか言ってみろ」

鎖に繋がれた野生のライオン。太陽を背負っているせいで目元は暗く、表情ははっきりとは窺えないが機嫌が良くないのは明らかだ。彼の羽織る色褪せたシャツがぱたぱたと風に揺れている。腕を引っ張られゆっくりと上半身が起き上がった。

「あるはずない」
「じゃあこんな所で何してるってんだ」

それは、と言いかけたところでしゃがみ込んでいるエースの後ろに大きな斧を片手で軽々と持った男がいる事に気が付いた。いや、それどころか無数の銃口が私達を睨み付けている。喉がカラカラする。この状況にあの火拳のエースが気付いてない訳が無い。それなのにエースは全く周りを気にする様子も無く私の腕を掴む手の力を強める。

「ねえ、」
「チッ…動くなよ」

耳の奥で銃声がした。


▼▼▼


「さっきはありがとう。怪我してない」

真正面に座り込んで様子を伺っても返事は無かった。その代わりに膝を立てて座るエースは気圧がぐんと下がる視線だけを寄越した。貼ってもらった湿布が背中でひやりとしたのは夜風のせいだけではない。心が折れそうだがこれくらいで怯んでなんていられない。この勇敢なるモビーディック号の船員達は珍しく星とともに寝静まっている。甲板には私と彼だけ。空気を肺の奥底まで入れてからコンバットブーツの爪先に話し掛けた。

「ナマエ。ここの船員の一人のナマエだよ。あのままだったら蜂の巣よりも穴だらけになってたかも。その…ただお礼が言いたいだけよ、助けてくれてありがとう。ねえ、本当に怪我してないの」

どうして助けてくれたのとは聞けなかった。ポートガス・D・エース。通称、火拳のエースはエドワード・ニューゲイトの首を狙っている。導火線がジリジリと燃えている彼が、モビーに襲撃して来た海賊船を返り討ちにしてやろうと無様に叩きのめされた私を守った上にモビーまで連れて帰っただなんて夢よりも夢みたいだったから。それはそうとも自分の船長の命を狙っている者が乗船しているなんて何とも可笑しな話だが、我らが船長にとって火拳のエースは生後一ヶ月のじっとしていられない子犬が昼夜問わずじゃれ付いて来るくらいにしか思わないらしい。それは長年偉大なる航路で死地をくぐって来た他の家族も同様だった。私は彼に対しての想いを上手く表せないでいる。可能性は限りなくゼロに近いが万が一にもエドワード・ニューゲートに何かあったらと思うと背筋がヒヤッとする、それだけは確かだ。助けてくれた事に感謝している。それでも船を、家を壊すのはそろそろやめてもらいたいなあなんて。

「服だってそのままでしょう、風邪引いたら困るよ。良かったら中に入って何か飲もう」

回数はもう覚えてないがエースは今日だけで三回は頭から海にダイブしているので数日肺も鼻の奥も焼けるように痛んでいるはず。悪魔の実の能力者は特異で唯一無二の力と引き換えに水に対しての抵抗力を失うらしく、この事はアダムとイヴに続く話題の一つであった。目と目が合ってる訳でもないのに研いだナイフよりも鋭い視線に頬の傷と心臓がチクチクとしてしまう。ふいと逸らされほっとした自分が情けない。

「見てなかったのか?おれに銃撃は効かねえ。おれが欲しいのはあいつの首だけだ。それ以外はどうなろうが知ったこっちゃねえんだよ」
「悪魔の実って不思議ね。便利」

初めてだった。エースが自分の事についてほんの少しでも話したのは。エースが話している所は見た事がある。しかしそれはここの船員に投げ掛ける、うるせえの素っ気ない一言だけだったから余計に驚いた。そして不思議な事といえばもう一つある。この時感じていた事は身体中の痛みだけだったのだが。

「どんな些細な事でもいいの、何かあったら言ってね。とにかく今日はありがとう。守ってくれて」

予想通り返事は無かった。水平線が交わる事も永遠に無いのだろうか。





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