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「何か言っておきたいなら先に聞いておくけど」

背後から不自然なほど優しく肩を叩かれて、首を捻った。

「ごめんなさい。勝手な行動取って」

コアラちゃんの表情は昨夜予想していた通りで、腰に手を当てて目尻を吊り上げている。蚊も潰せぬような可愛い顔してぷっつんすると結構怖い。謝罪の言葉は本心だ。

「どれだけ心配したと思っているの」
「休みが…夏休みが欲しかったの」

子供のままだと呆れられても反論出来ない。不思議な事に彼女の表情はみるみるうちに和らいでいく。胸がちくりとした。一瞬だけ寂しそうな顔をした気がしたから。手すり側に寄り年季の入ったトランクケースを膝の上に乗せて空けたスペースにコアラちゃんは背を付けずに腰を下ろす。太陽はまだ目覚めたばかりで、早朝の大通りは来客が一人増えても静まり返っていた。

「もう…いくつになってもちっとも変わらないんだから…忙しくて気付かなかったけどちょっとだけ髪伸びたんじゃない?後で整えてあげるね」
「お願い。自分でやると上手くいかなくて」

目にかかる前髪をはらい、星が散らばるコバルトブルーの瞳に覗き込まれた。聡明な彼女は全てお見通しな気がする。心身共に強くて優しい彼女が世間ではテロリスト集団の一員として認識されてるなんておかしな話だ。

「お説教は二人揃ってからにするとして…肝心の共犯者はどこにいるのかな」
「忘れ物したから先に行けって。はぐれるのも嫌だしとりあえずここで待つ事にしたんだけど…やっぱり革命軍の皆の方が速かった」
「あら、珍しい事もあるものだね。サボくんったらいつだってナマエちゃんにべったりなのに。ここだけの話ね、ついに君達があの有名な強盗二人組の真似事でも始めたんじゃないかって部下が噂してたの」

誰もいないのに周りをきょろきょろ見回してから耳元に口を寄せるのは革命軍共通の癖。

「まさか。蜂の巣にされる最後なんて嫌だよ」
「とんだ笑い話ね。実際は可愛い休暇だものね?そうだ、一度戻らなきゃいけないんだけどナマエちゃんはサボくんが来るまでここから絶対に動かない事。いいね?」

電伝虫片手に真剣な顔をするコアラちゃんに頷くと、膝から下が長くて綺麗な脚で駆けて行った。しばらくスタイルの良い後ろ姿を眺めていたのだが急に動きを止め、振り返ってもう一度念を押されたので笑ってしまった。

「言っただろう。あいつはお前には怒らねえんだって」

どうして人が立ち上がってあくびをしている最悪なタイミングでわざわざ、おまけに遠い所から声を掛けるのか。サボは背が高くてピアノ線で吊るされているかのように姿勢が良いのでどこにいてもよく目立つ。コアラちゃんが向かった方向とは逆の道から現れた。

「盗み聞き」
「耳に入っただけ。おれも蜂の巣は溺死の次に嫌だ」

普段は見上げないと目が合わないので仕方が無い事とはいえ首が痛いと不満を漏らすのだが、今日だけはこの身長差に感謝した。なんだか目を合わせづらいようなむず痒い感覚がする。もっと私の頭が良ければ何か導き出せるかもしれないのに。元々何かに長けていたり特別才能があるわけでもない私が出来る事といえば後方支援や緊急時における戦闘だけだった。向上心がないわけではない。微力でも誰かの助けになりたかった。革命軍に拾われ籍を置くようになってから今日までずっと思っている事だ。それはこれから先、将来何らかの箱におさまる時まで変わらない、変わりたくない。

「ねえサボ、私も…」

言葉を遮るように紙袋を差し出された。両手で受け取るとずしりと重みがあり心なしかひんやりしている。何だろう?沸騰しすぎた思考が緩やかにクールダウンしていく。

「どうしたの、これは?」
「食いたいって言ってただろ朝飯に。時間もねえし今朝は市販で。おれの手作りはそうだな…明日の朝にでも振舞ってやるよ」
「明日…そうだね、出来栄えは期待しないでおくね」
「絶対美味いって言わせてやる」

私達には明日があるようだ。安宿で身支度をしながら一言だけ呟いたのだ。そろそろ帰ろうか、と。道連れだなんて話していたがサボは優しいから革命軍以外で生きる事が出来ない私を無理に連れ出そうとはしない。だからさよならも言わずに一人忽然といなくなってもおかしくなかったのだ。しかしサボは今こうして私の目の前で腕組みをしている。アイロンのかかってない皺だらけのシャツに袖を通し、世界の為に暗躍する今まで通りの生活をサボは選んだのだ。

「青写真描けないにせよおれはお前が大事だし、今はもう自分だけの人生じゃねえんだよな……ん?待て待て、今の無し。めちゃくちゃ恥ずかしい事言ってるよな…?」
「うん、物凄く。壮大なメロドラマみたいだった」

片手で項垂れた顔を覆い隠すようにしてぶつぶつ言ってる。長い指の隙間から覗く頬は熟れたトマト。恥ずかしがられるとこっちまで顔の真ん中にじわじわと熱が集まってしまう。

「とにかくだ!おれはこれからも革命軍のサボとして生きる。例外は…まああるが。秘密の意味って分かるか?何があっても誰にも言わないって約束する事だ。出来るよな」
「はい。放棄したら毎朝ヨハネの黙示録第一章を唱えるって誓います」

嘘吐いたら針千本飲ます。二人で馬鹿になる約束をした。でもわざわざ小指を絡ませなくても夜の事だけは誰にも言わない、言えないと思った。サボが打ち明けたのはほんの一部。全てを知ったからといって私はサボにはなれない。でも一人で抱えている痛みに触れたかったのも事実だ。朝日を遠ざける夜はこれからも続くのだろう。

「私も見返りがなくたってサボを助けるからね」

一度だけ目を合わせた。首元のスカーフにすぐ逃げたがこれだけははっきり伝えておきたかった。

「頼もしいな。しょうがねえ、海に落ちた時はありがたく救助してもらおうか。ただし一回限りな。やっぱダサい」

窓の外を見なくても天気が分かる日のように、顔を見上げなくてもどんな表情をしているのか感じ取れた。

「お前が望むおれのままでいるよ」





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