4

恒常的な日常の一ページ、いや、書き置きしたメモの文章にして五行いくかいかないか程度の取るに足らない出来事だったのだが冬の朝ってわけでもないのに何故こんなにも酷く感傷的になっていたのか。しっかりしろ革命軍参謀総長。自分に出来る事を続けていれば自然と道は拓けていくものだろ。

「誰の手も届かない所まで行っちまおうぜ。おれとお前の二人で」

こんな戯言が口から飛び出したのはここ数日、眠れない日々が続いていたのが原因なのは明らかだった。戦友で幼馴染みも同然のナマエは何が起きてるのか分からないって顔をしているがごく自然な反応だと思う。あからさまに拒絶されたらもう立ち直れないかもしれねえ、なんてな。冗談だと笑って済ませるつもりだったがナマエはどうしようもないおれに付き合ってくれる。世界を見てきて学んだ事、それは良くも悪くも欲している物は簡単には手に入らないというこの世の理。いくら専門的な知識を吸収しようが運次第で人生は良くも悪くもあっさり傾くらしい。仮にそれが抗いようもない事実だとしたらあいつは運が悪くて死んだのか。あいつは運が悪くて消えない傷跡を残したのか。あいつは。あいつは。あいつらは。冗談じゃねえよ。

「わっ」

申し訳程度の仕切りとして垂らしていたシーツの端が捲り落ちるのを視界の端で捉えると同時に間抜けな声で現実に引き戻された。ゆっくり身体ごと顔を向けるとメデューサの瞳にでも捕まったようなぎょっと固まった顔をしたナマエがいる。

「…ごめん、違うの」
「見すぎ」

何に対して謝り、何が違うのかは全く分からないが、一時間前にナマエが目を覚まして眠れないのか何度も寝返りを打っていた事だけは知っている。平均寿命をとっくに超えているベッドの上に立ち、シーツを布テープで天井に貼り付けてから寝られるわけでもないのにもう一度横になった。壁掛け時計が四時を示している。

「そっちの寝心地も最悪そうだね。こっちは誰かさんの膝といい勝負」
「はいはい褒めてくれてありがと。明日も早いんだからとっとと寝ろよ。移動しなきゃならねえ」
「移動って…ねえ、もう船を飛び出してから時計の短針は一周したし革命軍のお迎えが来る前に戻るべきじゃない?どこに行くつもりなの」
「さあな?行ける所まで行っちまえばいい。帰りたいのか」

眠そうで素っ気ない態度につい口調が強くなる。窓の外から銀色の月明かりが差してシーツにナマエのシルエットが浮かんだ。息を飲む音。

「帰りたいっていうより帰らないといけないでしょ。参謀総長がこのまま遊んで暮らせって指示を出すならそれもいいかもしれないけどそんな事言ってられない。心配はしてないだろうけど皆待ってるもの」
「…ならいいじゃねえか」
「良くないよ」
「頼むから一緒にいてくれ」

丁寧に磨いたガラスのように澄んだ空気が満ちている部屋が静けさに包まれた。今おれは何と言った?無意識であれ、一度投げた言葉はどれだけ大量の修正液を使っても無かった事にはできない。ナマエは返答に困っているのか呆れているのか黙っている。なんとかぼやかそうと口を開いたが、喉元に引っ掛かってまともな言葉にならなかった。それから自分が息を止めていた事に気付き、深く息を吸って吐いて脳に酸素を行き渡らせる。ダサすぎて目も当てられねえ。嫌われるならとことん嫌われた方が互いの為になる気がした。

「適当なセリフ並べて無関係のお前を道連れにした事謝るよ、ごめんな」
「道連れって…何の話をしているの?」
「二年経っても何もかもを放り出したい、捨てたいと思う夜が続く事が未だにある。やっと取り戻した自分をもう一度まっさらにしようとしているんだ。馬鹿だよな、何にも無くなったってどうにもならねえのに」

何が起ころうともナマエの前では強い自分でいたかった。弱さだけは絶対に見せないと固く決めていた。それなのに次から次へと溢れ出す。今ここでみっともない姿でいるのはおれじゃない誰かなんじゃないか。

「戻らないつもりでここへ来た。水みてえに薄情な奴だろ?でもお前と離れるなんて考えたくもねえ。この行動が一時の迷いなのかそれとも…悪いが今はまともに判断出来そうにねえ。生意気にも胸の奥が痛むよ」

ナマエは何も言わない。銀色の夜明けはすぐそこまで来ていた。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -