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がんじがらめになっている世界の仕組みを解体して一から建て直すにはどれだけの根気と犠牲が必要なのか。いくら考えてみても答えは出なかったし、安易に出すべきじゃねえんだろう。それでも嘘だらけの王座に鎮座する誰かの一言で白鳥の羽を黒にされるのを平然と見ていられるわけがないのは確かだ。ありとあらゆる可能性を模索し手繰り寄せる。そして現実を直視する心に理想が生まれるのだ…おれだってたまには本くらい読む。

「ねえ見て。天使が降りてくるよ」
「天使のはしごか?お前の天使はどこにでもいるんだな。よく分かんねえけど今の気分は」
「サボの膝は硬すぎる」
「余計な事ばっか言ってると口輪嵌めるぞ」

八割程頭に入って来なかった本を閉じ、表紙でおでこを叩くとナマエは大袈裟にギャーギャー騒ぎ出した。軽く乗せただけじゃねえか。これだけ大声を出せるならもう大丈夫だろう。普段と反対でブラウスのボタン一つ留めるにも指がもつれて時間が掛かる。ピースの白いパズルを枠に嵌めるような脳が疲れる感覚。もちろん外すのにも手間取った。それから解いた細いリボンタイをゆるく結んで終わり。黙り込んでいたナマエは目をきょろきょろさせてから口を開く。

「ありがとう、一生ないと思うけどサボが海に落ちたら真っ先に飛び込むね」
「ミニマムサイズのお前に抱えられるなんてダサいからやめてくれ。気持ちだけ受け取っておく」
「サボは見返りがなくても私を助けてくれるの」

首を縦に振る。頼まれなくても深海まで潜ってやるつもりだ。そう答えたら戻るに戻れない所まで行きそうだったから今はやめておいた。普通の幸せから最も遠い所で生き長らえるのは苦しい。それよりも船酔いした革命軍なんてナマエ以外にいるのか?任務を終えた地で出航準備真っ最中だった革命軍を抜け出し、小型の遊覧船に飛び乗ると青白い肌からさらに血を抜いたような顔をしてナマエは革命軍以外の船に乗るのは初めてだと呟いたのだ。聞いた事のない街で降り、三半規管が狂ったナマエを背中におぶってひとまず無駄に広い公園まで足を進めたのだった。

「私って意外と繊細なのかも」
「枕が違うと寝れないなんて言い出さねえだろうな」

妙に熱を帯びた膝の上で仰向けになっていたナマエはのっそりと起き上がる。ペットボトルの蓋を捻って飲むように促すと口を付けた。視線を飛ばした先、雲と雲の隙間から太陽の光が斜めに差していて新緑に染まった木々をまだらに照らしている。それこそ信じてない神や天使の一人や二人でも降りてきそうな空だった。体温がぐんと上がる。

「任務が過酷じゃなくて良かったよ。激しい戦闘にでもなっていたら今頃包帯ぐるぐる巻きでベッドの上で天井の染みを数えるだけの悲惨な休日になってたもの。それにしても…せっかく結んでもらって申し訳ないけど少し暑いね」

まさかバルティゴを発ってから一週間の内にさらに気温が上がるとは思わなかったのだ。顔面蒼白の戦友と一緒に運んだトランクケースの中ももちろん同じ素材の服ばかり詰め込んであったし、任務前にナマエはこれも念の為詰め込んでおくと言って真冬の夜に履くような厚手の靴下をクローゼットから引っ張り出していた。そんな隣のナマエは空になったペットボトルを狙いを定めて放った。放物線を描いて網カゴに吸い込まれていく。

「百点。休みの日って何すればいいんだろうね。そうだ、ビールはどう?昼間から飲むなんて次逃したら海賊にならない限りいつになるか分からないよ」

さっきまで死にそうな顔してた奴がよく言う。馬鹿なんじゃねえのか。

「断言する。いいか、お前は繊細なんかじゃねえ。でもその案は良い線いってる」
「でしょ。まだ何にもしてないのに帰りたくなくなってきた。そういうのっておかしいかな」
「おかしくねえよ」

なんて事無い今まで共に過ごした日常が脳裏に浮かんで肺の奥が痺れた。ナマエはおれの言葉の意味を理解しているとは思えない。最初から帰るつもりなんてないんだが。能天気なナマエに正直に明かしても今と同じ顔を見せてくれるのだろうか。一番馬鹿なのはおれだ。何が正しくて何が間違っているのか。赤と白で塗り潰してくれればいいのに。





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