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朝目が覚めて窓の外を見なくてもその日の天気が分かるって事がある。それは気まぐれな偉大なる航路の航海以外での話であって、船上での天気予測の意味の無さといったら!比較的平穏なバルティゴに長い間留まっていた寒さに別れを告げたのは数日前で、金色の粉を降り注ぎながら遅足でやって来た空気は柔らかい。カレンダーを捲る度に思うのだが、速度は別としても順当に季節が巡るのが不思議だった。何でもありな海に慣れてしまった証拠。振り返ってまばたきを一つ。

「起きてる?近くまで来てるからそのまま待機しててくれって。私達を拾ったらまたすぐ出航」
「んー必要な物は」
「足りてるって。大丈夫?頭から水でもかけてあげようか?」
「今朝シャワー浴びたよ熱めの」

夢の世界への境界線を行ったり来たりしていたサボの声は間延びして少し掠れている。座ったまま伸びをすると再び椅子の背もたれに両腕を置き、頬を乗せた。また寝てる。詳しい事は聞いていないが任務続きで疲れが溜まっているのだろう。朝からぼんやりしていたし少しの間でも寝かせておいてあげたかった。ソファに放ってあったサボの真っ黒なコートを広げて肩に掛け、先程の通信連絡で頼まれていた資料の捜索に取り掛かる。一生足を向けて寝られない人物であり革命軍総司令官でもあるモンキー・D・ドラゴンのデスクに末端の自分が近付いて良いものかと不安を覚えるが、本人に直接頼まれてしまえばやるしかない。目をやった壁はドーム型になっていて、定期購読している世界各国の新聞の記事や植物図鑑のコピーの切り抜き、青いインクで走り書きしたメモなんかが無造作に貼ってある。

「荷物まだ纏めてねえんだろ」

急にブラウスの背中に投げ掛けられた低い声に驚いて肘があたり、机に山積みになったファイルが激しい雪崩を起こした。寝てたんじゃなかったの?サボは膝を付いてしゃがみ、床に散らばる資料を手際良く集めて手渡してくれる。それからくすくす笑い。

「その顔は何。そう、そうだよとろい私はまだ終わってないの」
「責めてるわけじゃねえだろ。手伝おうか」
「だめだよ、絶対にだめ。個人的な物だもん」
「お前の荷物じゃなくてこっちだよ」

サボが自分の部屋よりも悲惨な有り様になっている机の上を顎で指すと、ようやく勘違いに気付きじわじわと恥ずかしくなってきた。また馬鹿にされる。

「まあその必要もねえみたいだな。ドラゴンさんに頼まれてたのってこれだろ?ほら、よく見てみろ」

無意識の内に力を込めていたせいで皺が寄ってしまった資料。その一番上をトントンと指し示す。端にコーヒーの染みが数滴、セピア色に滲んでいた。

「本当だ…さっきの連絡聞いてたのね」
「寝てたわけじゃねえし。うーん、何でこんなにとろんとしてるんだろうな」

楽しくなる薬でもやってるのか?でも血走ってねえよな。顎を掴んで分別の付かない野蛮な海賊よろしく失礼な事を言ってくる。その何でもない言動に数々の女の子達はいとも簡単になぎ倒されるのだ。いつからかは断定できないが戦友で幼馴染みでもあるサボは、背伸びをしなくても本を取れるようになる頃には既に真っ赤な視線を浴びていたはずだ。

「なあナマエ」
「何と言おうと薬なんてやってませんからね」
「誰の手も届かない所まで行っちまおうぜ。おれとお前の二人で」

心臓が止まりそうな事をさらっと言うが、目が冗談を言ってない。ジャンキーなのはそっちじゃないの。

「どうしたの?だめだよ、今から仕事だよ」
「無責任に任務を放り出すわけにはいかねえよ。全部終わってからだ。最後に無断で出たのは五年前だったか。昔みてえにふらっとどっかに行きたくなったんだ」
「その気持ちは分かるけどそんな事許されるの?サボはもう参謀総長なのに」

サボの周りの気温が下がった気がした。結んだ唇からか細く息が漏れる。

「いいんだよたまには。支障が出る前に戻って来ればいいし、叱られるのはいつもおれなんだ。納得いかねえが…お前が責められるなんて事が今までにあったか?」

口を開けば普段と変わらないいつものサボ。腕組みして呆れ顔をする。

「それなら昔に戻るのもいいかも。暖かくなってきたし、二人だけの短い夏期休暇ってところね」
「まずは目の前の任務に集中。気を抜くなよ」

我らが参謀総長にこくりと頷くとにっこり微笑んだ。昔から変わらない大好きな表情。さっきの冷たい雰囲気は気のせいだろうか。もう子供じゃないはずなのに二人だけの約束に心が踊ってしまうが、たまの息抜きに神様も目を瞑ってくれるはずだ。だって私達は革命軍の戦士で仲間の棺桶を引き摺って帰るのも珍しくはなかったし、十年ぶりの記憶が戻ったというのに救われない、そんな事ばかりの日常だったから。





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