褪せる事なく

前髪が揺れる。痩せっぽっちの北風が凍てつく空気を大きく混ぜたのだ。夜中に降った大雨のせいで太陽が地平線から顔を出しても底冷えのする寒さが続き、雪こそ降らなかったものの足元にあった水溜まりには夕日を遮る小さなスケートリンクが出来ていた。骨まで凍る。冬の短い一日も直に暮れるだろうし一刻も早く戻りたかったのだが、鼻先を赤くする戦友にはどうしても逆らえないのだった。気が触れたとしか思えねえ。

「目の前に流星群が見えたの。その時は気付かなかったんだけどきっと銃のグリップで殴られたんだよね。意外と綺麗だったけど今度こそ死んじゃうのかなって思った」
「馬鹿野郎、今だって凍え死にそうなくせして。もう絶対助けに行かねえからな」
「助けてもらったっけ?サボはその時景気良く壁を壊してたじゃない」
「皆の意見を代弁したんだよ。こっちの事情を知らねえからそんな事ばっか言ってられるんだお前は」
「事情って何」

ガラス玉みたいな目で目を覗き込まれる。教えねえよ。他に何が言える。くしゃみ。ナマエが吐いた息はペンキの白よりも明るい。春の訪れはまだまだ先みてえだ。教養の足りない戦友の頭には巻いたばかりの包帯と左目には似合わないアイパッチ。コートの袖口から覗く左手首には正方形のガーゼが何枚も重ねてあって、誰に手当てを受けたのか歪にテープで固定されている。生々しい戦火の跡。全身打撲で熱に魘されなくて良かったなんて気の抜けた声で言っていたが、ナマエはコアラから贈られてお気に入りだというマフラーよりも長い包帯を身体中に巻いている。

「もしかして怒ってるの」
「まさか。おれがもし将来的に上の立場の人間になったらお前を前線なんかに出さねえって考えてた。目を離したら何しでかすか」
「何しでかすか分からないのはサボの方だって皆がみんな賛同してくれるよ。気付けば銃弾みたいに真っ直ぐ飛んでっちゃうよね、ちゃんと戻って来るところだけは感心するけど。でもねそれでも皆頼りにしてるんだよ。戻って来るといえば、ねえ聞いた?ハックが野良犬に懐かれちゃって隠れても古家の庭に置いて来ても振り向くと三歩後ろにいて困ったって話」
「またそうやってどんどん話が逸れていく」

声を弾ませて笑う。それが傷だらけの身体に効いたのかケホケホと咳き込み始めたのでナマエの背中を暫くさすっているとだんだんと落ち着いてきたようだった。二つの視線の先はニケの翼に見守られている革命軍の船。この女神はどこからか勝利を呼び寄せてくれるらしいがここの兵士誰一人として政府と勝負してるだなんて思っているはずがなかったからただのデザインなんだろう。おれとナマエは馬鹿みてえに冷えきった地面に座って、数日分の食料とその他雑用品をのろのろと運び込んで帰り支度を進めているところをもう何十分も眺め続けている。傍から見りゃエネルギー切れの物乞い。いつだってナマエの考えている事は分かるようで分からないが分からないようで分かる。何年も同じ釜の飯を食ってきたんだ、アホ面でミイラみたくなってりゃ心配くらいする。だがそんな姿をしたナマエが駆け寄った時、初めてほんの僅かだが怒りが湧いた。怪我するのなんておれ達にとって特に弱っちいナマエにとっては日常茶飯事だというのにどうした、おれらしくもねえ。本当はもう知っていた。だが心のどこかで迷いがある。沈んだ夕日。頭の上の微かに光る石が雲の隙間から落ちてきそうだ。

「星が綺麗だな」
「愛の告白みたいだね」
「そんなまどろっこしい言い方おれがするか。好きだ。いや、愛してる…うん、おれはこれでいく」
「情熱的にいくんだね。長い事一緒にいるけど何考えてるかさっぱり。それに…」

くしゃみ。グローブを外して渡すとありがとうと傷だらけの手に嵌めながらはにかんだ。手を握ったり開いたりしている。やれやれ。これは暫く居座るつもりだな。口うるさい奴に叱られるのはおれの方だというのに。





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