爆弾抱えて走る

「いまいちだったね」

午後のとろけるような日差しの中、石畳の裏道に吹き抜ける生温い風はなんだか焦げた砂糖の匂いがする。思いっ切り息を吸い込まなくても、爪先に乾いた土がこびり付いたコンバットブーツを一歩前に出す度に肺の中までカラメル色に色付きそうでそれと同時にどこか懐かしさも感じていた。遠くまで蹴り飛ばした小石が砕け散った地点まで辿り着くとメモを見ながらナマエが言った。

「まあそこまで期待はしてなかったが…あいつの食ったもんなんて興味ねえっつーの。ボロネーゼにキドニーパイにチェリーパイに…炭水化物ばっかじゃねえか」
「エースも似たようなものじゃない?残念だったけど美味しかったね。次はどのお店だっけ?グリトニーズ…はもう行ったかあ」

二、三歩後ろからナマエの手元を覗き込むとさっき食事がてら話を聞いた店もリストに追加されていて、既に寄った店名と同じように横線を上から引いてあった。メモが黒くなればなるほど有益な情報を得られなかった事を意味する。手から引き抜いて指を離すとあっという間に風に押し上げられてどこかへ飛んで行った。

「もうここは用無しだ。どうすっかな」
「ねえどこで連れて来ちゃったの?髪に葉っぱ付いてる」

クスクス笑いをしながら背伸びをして首元に触れたかと思うと、顔の近くまで持ってきて茎の部分をくるくると回す。もう随分と前から同じ石鹸と洗剤を使って洗濯しているはずなのにナマエの袖口からはおれの服と違う匂いがした。何も問題は無いと言いたげにナマエが歩き出したからまた歩き出す事にした。中途半端な長さの髪が揺れる後ろ姿を見ながら、なんでこんな所まで着いて来ちまったんだろうなともう何度目か忘れたが、ふと思った。全身を流れる血が重力に逆らって頭のてっぺんまで駆け巡ったあの時は正直言ってナマエがいてくれて助かった。「心配だから私も行く」とストライカーに飛び乗った事には驚いたがとにかく無我夢中だったおれは着の身着のまま奴を追い掛けようとしていて、ナマエがいなきゃどこかの居酒屋で皿洗いから始める事になっていただろう。

「さっきから甘い匂いするでしょ。これサッチが作ってくれたプリンのカラメルソースと同じなんだよ。隠し味にバニラの粒を入れてたの」
「へー知らなかった。ナマエって料理好きだったのか?あいつとよくいたもんな」
「不器用だからそういうの苦手で食べる専門だけど見るのは好きだったの。あとボロネーゼにも隠し味でカラメルソール入れてたの気付いてた?たぶんさっきのお店のも少し入ってたかも。似た味がした」

サッチの魂はさまよったまま漂い続けているんだ。死んだら終わりなんかじゃねえ。残された者の嘆きと想いと祈り、そしてその後が重要なんだ。復讐なんかじゃねえ。だが燃やし尽くすよりも酷い苦しみを奴に与えてやろうと考えていた。それを見抜いていたのかは知らねえがナマエはおれの為に来たのだとはっきり言った。お前はおれの弱点。本当になんで着いて来ちまったんだろうな。だが、ナマエがいてくれるだけでおれは冷静になれる。安心できる。どんな地獄も見ていられる。傍から見りゃおれがナマエに着いて来たようにしか見えねえし、実際のところそうなのかもしれなかった。ぽつりと水の粒が頬に落ちた。

「ねえエース」
「ん?どこも寄らねえぞ?今日はもう戻ろうぜ、くたびれた」
「そうじゃなくてー……」

振り返るなりナマエはうっかり飴玉を飲み込んじまったような顔をする。

「どうしたんだよ」
「泣いてるの?……びっくりした…エースが泣くわけないよね、雨だよ」
「はあ?おれが泣くわけねえだろ」

つられて顔を上げると空が低くなっていた。気まぐれな雨垂れはいつ機嫌を損ねるか分からねえ。どこかで雨宿りでもするか。首にぶら下げていたテンガロンハットをナマエの頭に深く被せて、また一歩踏み出した。





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