掠める騒

自分がどうしようもなく使えなくて、身売りしようにも古びた売店の隅っこに忘れられて放置された小銭程度にしかならないのは重々承知しているつもり。だからといって私を犠牲にするのはやめていただきたい。

「なら寝起きドッキリにするか?まず突撃部隊がガチな煙出てくるバズーカで叩き起すじゃん?突撃部隊っつーか特攻部隊っつーかまあナマエなんだけどさ」
「やめてよ…どっちみち私死ぬでしょそれ…てかもう時間無くない?あと数分だよ?」
「こうなったらキャプテンの服だけいつもより柔軟剤多めに入れて洗うとか」
「もうそれ祝う気ないでしょ」
「んなわけねえだろ!おれ達のキャプテンの誕生日だぞ!なあペンギン!?」
「しーっ!」

シャチが勢い良く立ち上がったせいでマグカップが倒れた。中身はさっき飲み干したばかりで空だ。午後十一時半の食堂には声を潜めて話すハートの海賊団のクルーがぎっちり集まっている。隣にはペンギン、正面には興奮した様子のシャチ。

「そんな大きい声出して船長来たらどうすんのよ」
「大丈夫だ。また何かやってんなーくらいにしか思わねえよ」
「つーかキャプテン今年も自分の誕生日忘れてるよな。去年も一昨年もそういえばそうだったなって言ってたし」
「どうすんだよナマエ」
「どうすんだよナマエ。シャチの言う通りお前がぶっ放すしかねえよ」
「うるさいな!」

毎年我らが船長の誕生日にはハメを外して盛り上がる(船長以外が)のだが、それにはいかにユーモアに富んだイベントにできるかと緻密に練った計画から成り立つものである。しかし先日右側のスクリューが動かなくなり暫くの間修理するだなんだで時間が取られて今の今までそれどころじゃなかったのだ。だが、ここで諦めないのがここのクルー達。船長を崇めている彼らはどうにかして祝おうと知恵を出し合っているというわけである。日頃口を開けばキャプテンキャプテンキャプテンキャプテン…これほどまでのファナティックラブを感じられるのは世界でこの船だけだと思う。頬杖をついてペンギンが言う。

「去年が超大作すぎたんだよさすがにあれは越えらんねえよなあ」
「確かにね」
「キャプテンが誰もいない食堂に入った瞬間ピタゴラ装置が作動」
「あの時のキャプテンの心の底から無って感じ超かっけー」
「あれ撮ってある映像電伝虫今誰が持ってんだ?また観たくね!?」

おおーっ!と何故か食堂全体が盛り上がってしまった。明日の夜に普通に宴じゃだめなの?もちろん祝う気がないわけじゃない。常識的に考えての結論だ。ぐぐと欠伸を噛み殺していると、後ろから扉が開く音がした。

「…何だお前ら揃いも揃って…まあいい。ナマエ、来い」
「え…ちょっと忙しいんで無理ですかね?」
「あぁ?」

話題の渦中にいる船長が来たようだが自分が何を言ってるのか分からない。振り返らずに答えると遠くの窓側に座っていたベポとその周辺がガッツポーズをしていた。首根っこを掴まれる。

「おい聞いてんのか。来いつってんだよ」
「へ?…はい聞いてます今行きますよ」

深夜でも絶好調な王様。


▼▼▼


「で、私は一体何をすればいいんでしょうか」
「持ってろ。落としたら分かるよな」

無情にも部屋の扉が閉まり、廊下に放置された私と一本の刀、鬼哭。長い刀で船長の背丈とさほど変わらないと思う。そして何よりずっしりと重い。何度かこの不便としか思えない刀を持たされた事があった。船長の少し後ろをよたよたと歩き、もたつくだけで「落とした数だけ海に突き落としてやるからな」と温度を感じさせない声で言うものだから本気で殴りたくなった。Sっぽい人っていいよねなどと頬をピンクに染める世の女性達は早く目を覚ました方がいい。氷山の一角みたいな視線を寄越されてみろ。優しい人がいいに決まってる。眠気も相まって、窓側ある壁にもたれ掛かるようにして座った。部屋からは物音一つしない。

「船長、何してるんですか寝ちゃったんですか」
「寝てねえよ」

返事はあるものの相変わらずの静寂。秋の夜は外に出ていなくても切なくなるのは私だけじゃないはずだ。太ももとお腹の間に乗せた鬼哭の鞘には白い十字架が並んでいる。よりにもよってどうしてこんな物悲しい名前の刀を持ち歩いているんだろう。船長はいつだって意味のある行動を取る。だからきっとこの刀にも何かしらの理由が込められているんだ。それが何だったのか、彼を突き動かしている物の正体を最後の最後まで知る事はなかったのだけど。扉が開く鈍い音がして顔を上げた。いつもと変わらない、先を見据えている暗い灰色の瞳。

「船長、あなたが何に取り憑かれてるのか知らないですし知る気もないですけど、皆もっていうか私もそれなりに慕ってるので…まあそういう事です。お誕生日おめでとうございます」
「……」
「……」
「……」
「その…怖いんで何か言ってください」
「ついに気でも狂ったのかと思った」

鬼哭を取り上げられて柄の部分で頭のてっぺんをトントンされた。いつもより脳味噌まで響くはずの衝撃は控え目だった。早く皆がクラッカーを手に今か今かと待ち構えている食堂に連れて行こう。船長は毎年こういうのは嫌いだとぶすっとするがいいじゃないか。誕生日にだって特別な意味があるのだから。




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