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Slowly snow.

ちらほらと降ってきた、雪。風に煽られてふわふわ揺れているところを見るに、到底、雨には見えそうになかった。…今日は夕方から夜にかけて雪がふるでしょう。そう言ってたのはどこの局のお天気おねーさんだったっけ。忘れたけれど、最近外れがちだった予報は今日に限って当たったみたいだ。
フロントガラス越しの切り取られた空は、冬空って言葉に相応しく厚い雲で覆われていて、日が傾いてきたこともあってか薄暗い。
あーあ。
一週間ぶりにラグナと夕飯を食べに行く約束をしてたってのに、これじゃ台無しだ。

「うおー寒いと思ったら降ってきたな〜!っと、バイトお疲れさん」

エンジン音しかしない静かな車内に運転手が戻ってきたのと、降ってきた雪が形を変えて、水分を多く含んだ大粒のそれになってきたのはほぼ同じタイミングだった。暖気の利いた車の中と打って変わって、外はたいそう寒いらしい。ラグナの吐いた白い息を眺めながら、そう思った。日が暮れたらもっと寒くなるんだろうな。
そんなオレの隣、運転席に乗り込んだラグナは、寒い寒い、なんて言いながらもなぜか嬉しそうに笑って缶のココアを手渡してきた。暖かい缶を両手で包むと、じんわり体が暖まった気がする。相変わらず優しいなぁラグナは。ありがとって言ってからプルタブを起こすと、ラグナはやっぱり嬉しそうに笑ったまま、自分も手に持った缶コーヒーのプルタブを起こした。
…なるほどな。雪が降ると犬は庭を駆け回るっていうけど、もしかしなくてもこいつはそのタイプなのかもしれない。一人納得してから、オレはココアに口をつけた。

おまえのバイト先に迎えに行くから、一緒に夕飯を食べに行こう。
そう提案したのは、ラグナだった。
いつも出かけようと誘うのはオレの方からだったから、ラグナからデート(本人にはそんなつもりないかもしれないけど、オレとしては立派なデートだ)に誘ってくれるなんて嬉しいなあって。誘ってくれたその日にネギ坊主やスコールに自慢して、学校にいる間もバイト中もそのことばっかり考えてしまう程に、オレは今日という日を楽しみにしていた。最近あんまり予定合わなかったから、余計にそうだったのかも。

「おー降るねぇ、また積もるかな」
「予報だとそうみたいだぞ、一晩中降るかもみたいなこと言ってた」

缶を口につけたままのラグナが、ハンドルに乗り出してフロントガラスについた雪を、空を、眺めている。その横顔はやっぱり楽しそうで嬉しそうで、子供みたいだ。…積もったらどうなるか、分かってないわけじゃないだろうに。
予報が外れるかもしれないけど、うっかり大雪になったらラグナが帰れなくなるかもしれない。それだけならまだいいけど、この町に除雪機能なんてあるわけないんだし、雪道でラグナが事故ったりしたら大変だ。雪に浮かれてるこいつはきっと、そこまで考えてないんだろうな。
デートはしたい、けど。ラグナが大変な思いするかもしれないんなら、我慢しよう。天気ばっかりはどうこうできるもんじゃないし仕方ないよな、うん。
ちょっと残念だけど、って気持ちを切り替えてから、座席に背中を預けて、欠伸を一つ。助手席から見える鈍色の世界は人も疎らで、数少ない出歩いてるやつらはみんな足早に目的地に向かっていく。

「オレ歩いて家帰るからさ、今日はあんたもこのまま帰れよ。雪積もったら大変だろ?」
「へ?夕飯は?」
「今日はやめとかないか?」

残ったココアをいっぺんに飲み干して、空の缶を握ったまま言うと、ラグナは面食らったって感じの顔をしてオレを見た。あ、やっぱりこいつ雪が積もったらどうなるか考えてなかったな。大方積もったら雪合戦とかしたいなーとか考えてたな。
ラグナらしいなあ、なんて思いながら返事を待つと、目の前のそいつは前のめりになっていた体をぐるん、ってひねって、今度はオレに向かって上肢を乗り出してきた。視界の端に見える町並みは、少しずつ白く染まっている。

「でも、積もらないかもしれないしさ!」

な!って言って、オレの手をぎゅうって握ってくるラグナの目はちょっと困っていた。なんというか、おねだりしてるみたいな、目。…ラグナもオレとデートすんの、楽しみにしててくれたってことなのかな。そう考えるとちょっと、いや、結構嬉しいかもしれない。でも。

「そういって先月の大雪の日に路肩に車置いて涙と鼻水垂らしながら歩いて帰ってきたのはどこのどいつだよ」
「なッ!!なぜそれを!!」

そう、先月天気予報が見事に外れたあの大雪の日のことを、オレはスコールに聞いていた。
車通勤のラグナは、帰り道、車が動かせなくなって大変な目にあったらしいってことを。しかもその後風邪をひいて寝込んだってことも。
オレの手を握るこの手は、あったかい。
ずっと、もっと、こうしていたいけど。

「…家に帰って何かやんなきゃなんねーことでもあるのか?」
「いやないけど。あんたが事故ったりしたら困るし」
「…うーん…」

そのせいでラグナがかわいそうな目に合うのは、嫌だから。
ぎゅうっと握ってくれるその手の甲に唇を寄せてひとつ、キスをした後、今度はオレが、なっ?って言う。そしたらラグナは尖らせた唇で小さくわかったよ、と呟いて、またハンドルに突っ伏してしまった。…拗ねた?いやいやまさか、な。
おいあんたオレの話聞いてたか、とは言わないでおいた。ラグナが帰るのを渋ってくれてることが、ちょっと、幸せだ。
こいつはいつだってオレの我儘になんだかんだ言いながら付き合ってくれる。それが悪いとか気に食わないとか、そんな風には思ったことないけど、こんな風にラグナの方から一緒に居たいとか、そういう空気を出してくれるのはすごく珍しいことで。こいつもオレのこと好きなんだなって実感できて、嬉しいんだよな。

空き缶をドリンクスタンドに置いて、頭の後ろで腕を組む。さて、そろそろ帰らないとまずいかな。路面こそまだ積もってないけど、ガードレールや歩道のブロックにはうっすらと雪の絨毯ができている。
こいつあんな大雪の後なのにチェーンの付け方は忘れたらしいしスタッドレスも用意してないらしいからな。備えあればなんとやらって言葉を知らずに育った結果がこれなんだな、うん。
ほら行くぞ、声をかけると、俯いたままのラグナが、ぽつりと呟いた。

「…ヴァンくんって明日、バイト夕方からなんだよな?」
「うん」
「…いやー偶然偶然、おじさんは明日仕事お休みなんだよなー」
「…うん」

…なんだろう、この棒読みっぽい感じは。突っ込んでやろうかと思ったけど、ラグナの言い方があんまりにもワザとらしいのと、こういう台詞どっかで聞いたな、って思ったから、やめておいた。
ラグナが、ハンドルに体を預けたまま、続ける。

「……その、…スコールがさ、お泊りでいないんだよ。…今夜、オレ一人なの」

どうしようもなく歯切れ悪く、どうしようもなくちっちゃな声で、どうしようもない年上の男は言う。
髪と髪の間から、腕とハンドルの間から、ちらっと見えた緑色の瞳が、オレを見ている。
…ああ、分かった。これは。

「この間バッツんちで見たAVで人妻熟女がおんなじこと言ってた」
「えっ!?なんてもの見てるんだおまえ!!」
「スコールも一緒だったぞ」
「なんだってぇー!!…しかもス、スコールまで…知らないうちに大人になっちゃったってのかよぉ…!!」

目まぐるしく変わっていくラグナの表情。さっきは子供みたいに雪を眺めて浮かれていたと思ったら、帰れって言われて驚いて、促されて拗ねて見せて。家に来てほしいの一言さえ、こんなに回りくどい言い方じゃないと伝えられなくて。これじゃあんた、オレに恋してるみたいじゃないか。オレよりずっと年上で、オレのこと年下扱いするくせに、なんでこんなに、かわいいんだよ。
なあんだ、そういう、ことか。
ラグナの言葉が、AVで見たやつだってわかったから、じゃなく。

「うん。行っていいならラグナんちに泊まる」
「お、誘拐されてくれんのか?」
「誘惑されたしな」

頷くと、ラグナがようやく体を起こして顔を上げた。おどおど様子を伺っていたはずのそいつは、まるで、花が咲いたみたいに笑っていた。…ああ、もう、本当に。
ラグナって、オレが思ってる以上に、オレのこと好きじゃんか、って。そうわかった。そう思った。そうに違いない。そうじゃなきゃ、
目の前のこいつが、こんな嬉しそうな顔で、笑うわけ、ないもんな。
(きっとオレも、こいつと同じくらい嬉しそうな顔、してるんだろうな)




駐車場から道路に出るべく、安全確認。右よーし、左よし。対向車もなし、で、ラグナがアクセルを踏み込んだ。ハンドルを握るラグナを眺めるのが、オレは案外好きだったりする。

「そうだ、夕飯は何がいい?」
「なんでもいいよ、ラグナがつくるもんなら」

長い前髪の間から見える横顔が好きだ。ハンドルを握る骨ばった手が好きだ。ミラーを確認する目が好きだ。バックする時に振り返った真面目な顔が好きだ。
なあんて、こいつの好きなところを並べてそろえたって結局のところオレは、このラグナってやつが好きだから、大好きだから、意味なんかないんだけど。今オレは、すっごく幸せな気分だから。すっごくこいつのこと好きだなあって、好きでよかったなあって、そういう気分だから。

「…積もるかな」
「積もったら雪合戦でもすっか?」
「いいな、それ…楽しそうだ」

にいって口角をあげて笑うラグナに、オレも笑って答える。
雪なんて、降ったからってはしゃぐ年じゃないし、むしろ歩きにくいからできることなら降らないでほしいって思ってた。雪が積もったらデートできないじゃんかって。そう思ってた。
でも、まあ。こいつがこんなに嬉しそうに笑うなら…たまにはいいかもしれないな。

すっかり暗くなった冬の街を、ラグナと二人。
今夜はラグナを抱いて寝ることにしよう。
寒くないように。ぎゅうってして、離れないように。


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130222


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