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消せない過去に、さようなら

「いやあ、これでヴァンも春から高校生かあ」

そう呟いたのはオレの右隣を歩いているティーダで、おまえもだろう、なんて言いたげに顔をしかめたのは左隣を歩いていたスコールだった。二人はオレとおんなじ十五歳で、春からオレたちは無事高校生になることが今日判明した。というのも、

「しっかしヴァンの受験番号、面白い数字だったッスね」
「そうだったか?」

今日が、高校入試の合格発表の日、だったからだ。
まあ落ちたら落ちたでなんとかする予定だった(とかいうと勉強を教えてくれたスコールに睨まれそうなのでやめておく)けれど、一応、この先三年間の自分の身の振りが決まったというのは精神的に落ち着くものがあるかもしれない。春から通うことになる校舎を一度見た後、オレは小さくため息を吐いた。三月の空は、ぼんやりとしていて濁って見える。

「この後どうしよ、オレなんか腹減ったかも」
「よーし、じゃあオレとスコールが奢ってやる!お祝いだ!」
「ほんと?スコール」
「…まあ、あまり高額なものでなければ」

いつもは何だそれは聞いてないぞ、って反論するはずのスコールが、ティーダの無茶ぶりに乗っかったのは、たぶんオレのことをお祝いしたいって本気で思ってくれているから。ティーダがさっきから自分のことのように嬉しそうに笑っているのは、本気でオレが受験に受かって嬉しいって思ってくれているからだ。
スコールとは幼馴染だし、ティーダとも中学生活のほとんど全部を一緒に過ごしてきた。そんな二人は間違いなくオレの大事な友達だ。だけど。
そんな二人のように、自分のことなのに、喜べないのは。

「…春からおまえらも、がんばれよ」
「おう!絶対遊ぼうな!スコールんちで!」
「…」

当たり前のように三人でいた時間が、もう少しで終わってしまうことが少しだけ、悲しかった。さみしかった、から。
春からオレは、この二人とは別の高校に、通うことになる。


*02*

スコールは小さい時からずっと勉強ができたし、出会った時からティーダは将来を期待されたブリッツプレイヤーだった。あの二人のすごさは一緒にいたオレが一番よく知っているつもりだ。
だからなんとなく、二人があの有名な私立大学付属の高校に行くと言っているのを聞いても妙に落ち着いていられたんだと思う。

「…帰らなくていいのか」

卒業式を無事に終えたオレたちには、春休みという名の入学準備期間が与えられた。
中学の時はいつでも一緒、三馬鹿、なんて言われてたオレたちだけど、通う学校の違うオレは一人で制服を合わせたり教科書の準備をすることになった。入学説明会で保護者席が空だったのはまあ慣れっこだっだけど、やっぱり一人ではさみしいものだと、思う。たしか中学に入学するときは、スコールが一緒だった。そのときはまだ、スコールもオレと同じで保護者ってやつがいなくて…ああ、『これ』は考えないことにしてるんだったっけ。

「ヴァン。きいているのか」
「聞いてるよ。スコールんとこで遊んで帰るって先生には言ってあるし」
「なら、いいが」

キッチンの方で冷蔵庫から出したオレンジジュースを飲んでるスコールが、壁の掛け時計を見ながら言う。
ソファで寝転がりながら、買ってきた漫画を読みながら答えると、スコールは黙った。
全く心配性っていうか、過保護だよなあ、とは言わない。前にオレがそういったら、そうさせているのはどちらだ、と怒られたからだ。
同い年だし、スコールに心配されるほどオレって子供っぽくないと思うんだけど、まあそんな風に気遣ってもらえるのは悪い気がしないので放っておく。アナログの掛け時計の秒針が動く音と、スコールが冷蔵庫の扉を開ける音しかしないこの部屋は、静かだ。

「明日、ねぎ坊主つれて買い物行くんだけど、おまえもいくか?」
「…明日はラグナと予定がある」
「あ、そう」

キッチンから戻ってきたスコールの手には、コップに入ったジュースが二つ。差し出されたひとつを受け取ろうと手を伸ばしたら、ちゃんと起きろと怒られた。お行儀悪くて悪かったな。
ちゃんと座りなおしたところでようやくジュースをくれたスコールが、オレの隣に腰かけた。コップに口をつけながら横顔を眺める。やっぱりきれいな顔、してるよなあ。

これで本当に離れ離れだな、なんていったら、なんだかんだとオレに優しいこいつはどんな顔をするんだろう。そう考えてやめた。


*03*

変わることって、こんなに怖かったんだって気づいて。その変化についていけていない自分が少し嫌になった。

『ごめん、オレもう練習に合流しててさ』

携帯電話の向こう側は、ざわざわと騒がしかった。ティーダ、そろそろ行くぞなんて言う声。オレの知らない声で、おそらくこれからも知らないままの声。

「そっか」
『ごめんな〜?また今度誘ってくれよな!』
「うん、じゃ、また」
『おーう』

回線の切れたあの音が嫌いだけど、自分からぷっつり切るのもなんだか嫌いなオレはそう言って携帯を耳から離した。画面が通話中から待ち受け画面に切り替わるのを確認して、それをポケットにしまいこむ。あーあ、ティーダも忙しいのか。いやあいつはいつだって忙しいけど。
入学式まであと五日。桜が段々と散り始めた春の空気はなんとなく憂鬱だ。これが五月病なのか、とか思ったけど、まだ五月じゃないし憂鬱なのは合格発表の時からずっとだったからたぶん違うと納得する。あーあ、暇、暇。何もやることがないし、やる気も起きない。そう思ってオレはベットの上で盛大に体を広げて伸びをした。

「…きみは準備しなくていいの」

開けっ放しにしていたドアから聞こえたのは、耳慣れたネギ坊主の声。
視線だけをやると、分厚い辞典やら教科書やらを両手一杯に抱えたあいつは難しい顔をしたままオレを見ている。なんだ、あいつも憂鬱なんだろうか。
同じ孤児院の仲間だけど、このネギ坊主は異様に勉強ができた。スコールもだいぶ頭のいいやつだったけれど、ネギ坊主の賢さはそれこそ、足長おじさんポジションのいかついおじさんが、将来自分の研究を引き継いでもらいたいーとか言い出して幼稚園から大学院まで一貫の自分の学校に入学させちゃうほどで、学費は全額負担しちゃうほどで。なんていうか天才児だった。こいつのことを引き取りたいって連中は、オレが知ってる限りでも両手両足で数えてもまだ足りないってほどたくさんいたけれど、こいつはどこにも行かなかった。オレはそれかちょっと嬉しかったりする。
家族がいなくなるのは、嫌だから。

「高校の準備?終わったよ、ちゃんと教科書もあるし」

机の上に置きっぱなした、まだ袋に入ったままの教科書の山を指さしながら言うと、ネギ坊主はまたため息をつく。なんだ、イライラしてんのかな。

「…スコールとは別々の学校になっちゃったんだから、きみもいい加減しっかりしないとだめだよ」
「おまえスコールのこと大好きだな」
「そういうことを話してるんじゃないんだけど?」

ころん、とベットの上で反転して、うつ伏せる。あいかわらずネギ坊主は難しい顔をしたままだ。
そしてオレの、この部屋を見渡して、またひとつため息をついた。もともと二人部屋だったのに、ひとりきりになった部屋の中は狭いのに広い。
…きっとこいつもスコールがいなくなったのが寂しかったに違いない。だからスコール誘って三人で、昔みたいに買い物をって思ったんだけど、断られちゃったからな。…父さんってやつと、予定あるって言ってたっけ。

「大丈夫だって、心配するな。スコールはオレたちのこと、嫌いになったわけじゃないから」

今度はちゃんと前もって予定聞いておこう、そうすればスコールだって一緒に出掛けてくれるだろうし、ネギ坊主も喜んでくれるはずだ。ベットから降りて近づくと、オレより大分低い位置にある両目がオレを見ていた。そうだ、こいつはまだこんなに小さいのに。オレがこんな感じで、どうするんだ。こいつはオレの大事な弟なんだから。オレが守ってやらないと。って。そう、思って。
くしゃ、って。ネギの頭を撫でてやる。跳ねた前髪は結構やわらかかった。

「きみは何もわかってないんだね」
「ん、なにが?」
「…僕もきみも、成長しないわけがないんだよ」

そうだな、いつかおまえもオレよりでっかくなれるかもしれないな、って言ったら、ネギはそのまま自分の部屋に行ってしまった。難しい年頃だな、あいつって。


成長しないわけがない。
その言葉の意味をオレが理解するのは、もう少し先の話だ。

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121025


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