info text, top


リヒトとヴィント

秩序を冠する女神の領域は、その主の名に違わぬ静寂に包まれている。厚い雲に覆われた鉛色の空。降り注ぐ光は酷く曖昧で、朧げで。
夢と現つの境目などないように、朝と夜との境目を感じさせず。そんなこの場所を満たすのは、冷たく張った水と不純物の一切を持たない空気だけ。女神の玉座を守るように走る放物線は淡い中間色を放っており、無機質なこの視界で一際目を引く存在だ。
そんな、その場所で。

「オレたぶん、あんたのこと好きなんだと思う」

脈絡なく、突拍子なく、前振りなく―…ぱしゃん。聖域を満たすそれに石を投げ入れたように唐突に、広がる波紋の如く耳に届いた言葉の意味を理解するまで、多少時間を要してしまったのは仕方の無いことだと思う。

「…以前きみは私を、頭の固い仏頂面のツノカブト野郎と罵っていたはずだが」
「ああ、うん。あんたってほんと頭固いし表情変わらないし変な兜被ってるよな」

たぶん、好き。自主主体性を持ったはずの感情の頭に、不確定な要素を感じさせる言葉を据えるなんて。彼の言うように頭の固い私の(自覚はないが、彼以外にも言われたことがあるのでそうなのだろう)理解に苦しんだ末、沈黙という思考時間を取った上での質問は、それとこれとにどんな関係が?…と続かなかったのが不思議なくらい、さも当然と言わんばかりの回答を得ることで完結した。…さて、どうしたものか。突きつけられた曖昧な感情に対してどう応じるべきか、今の私には分からなかった。
仮にもし私が頭の固い仏頂面のツノカブト野郎ではなかったとしたら(確か彼が私にそう言った際、彼の隣で口を押さえながらくっくと笑っていたのはライトニングだった。彼女はひとしきり笑った後その通りだこいつは頭の固い仏頂面のツノカブトだよく言ったぞヴァン!と、実にいい笑顔で言っていた。彼女もあんな風に笑うことがあるのかとあの時は感心した)彼の発言の真意が断片的にでも理解できたのだろうか。結んだ唇をそのままにしていると、女神の玉座の上で屈んだ彼が、そのまま立ち上がった。

「あんたはさ」

普段は見下ろすその瞳が、玉座の傍らに立つ私を見下ろす。コスモスは不在であるとはいえ、主の玉座に何を、と過去に何度か指摘したはずなのだが―…その件はこの会話の後にするとして、私は彼の顔を見上げた。とりあえずは彼の真意を知ることを優先することにしたのだ。
投げ出した両腕を頭の後ろ手組むその仕草は見慣れたもので、彼が重心を半身に傾けるたび腕の防具がかしゃん、と音を立てた。まるで楽器のようだと称したのは、旅人の彼だったか、盗賊の彼だったか。

「どこまでもまっすぐなんだよ。こうするべき、こうあるべきって進むべき道をしっかり持ってる。そこになんの感情もなくな。それってすごいことだと思うんだ」

どこまでも静寂に支配された聖域で、彼はそのまま言葉を連ねた。
思い出したように少し上向いた鼻の頭を掻いて、でも真っ直ぐに私を見下ろして。

「人は生きてるから、喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりするだろ?でもあんたはそういうのとまったく無縁の信念があるんだ。それって、いいなあって」
「…それでは」

まるで私が生き物ではないように聞こえるのだが。そう続けた音は、彼が玉座から飛び降りた瞬間に生まれた音にかき消された。ばしゃん。石を投げたそれとは段違いに、飛び散る冷水。威勢良く跳ねたそれは私と彼の防具を濡らしたけれど、彼は特段気にした様子なくまた私と向かい合う。

「なあ知ってるか?大地も水も石も人もみんな、光がないと見えないんだぞ」
「きみの言っていることが理解できないのだが」
「あ、そうだな、あんた頭固いもんな」
「ああ、きみの言うとおりだ」

彼が真っ直ぐに、私に腕を伸ばす。波紋の消えた水面と平行となるとう突き出されたそれは、丁度私の胸に、触れる。彼の甲を覆う鉛色と、私の防具がぶつかって、ちいさく音を立てた。その場所から聞こえたその音は金属のぶつかるそれではなかった。そんな気が、した。

「だからさ。あんたがどこまでも道を照らしてくれるから、オレたちは進んでいけるんだよ」

脈絡なく、突拍子なく、前振りなく―…ぱしゃん。聖域を満たすそれに石を投げ入れたように唐突に、広がる波紋の如く耳に届いた言葉の意味を理解するまでの時間は、必要、なかった。
(彼にとっての光が、私であるのだとしたら。)
(きっと彼は、無限の可能性を指し示す、)




「コスモスを頼むな」
「…ああ」

そう言って私は彼を、彼らを送り出した。
もう二度と見ることのないだろう彼の笑顔を目に焼き付けるよう、私は目を閉じた。
仏頂面と言われた私が出来る限りつくったあの表情は、彼の浮かべたそれにほんの少しだけでも近づけただろうか。
剣の柄を握りしめ、私は思う。
そして、誓う。
ここで最期まで、彼女を、主を守ろう。
彼らのための光を、絶やさぬように。



*****
120910
130323


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -