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カオスヴァンくんを妄想してみる

自分で考えても分からないことがあったから聞きたかったんだ。
だたそれだけなのに、なんでこいつは。

「あんたはさ、なんでオレを殺そうとするの」
「…黙れ!」

脳天目がけて飛んできた斧を躱しながら呟いた言葉は、獣の鳴き声みたいな男の叫びにかき消された。さっきからわっかりやすい攻め方を続けるこいつは、何をそんなに怒っているんだろう。年はオレより少し上くらいかな。猫みたいに吊り上がった琥珀色の目、銀色の髪と少し焼けた肌、視線だけで人を殺してしまいそうな目つきの悪いその男は、殺しの道具を体中につけていた。

「オレがカオスの人間だから?カオスの奴だったら相手に敵意がなくても殺すんだ?あんたって侵略者?略奪者?それとも戦闘狂?」
「違う…違う!あいつと、おまえたちと一緒にするな!」

男は見開いていた目を忌々しげに薄ら細めて、剥き出しの八重歯を噛み締める。戻ってきた斧を素早く腰に戻し、弓を構えたその姿は、まるで獣みたいなんかじゃなく、獣そのものだって思った。次から次へと攻撃の手を休めずに、殺されるのが怖くて必死に牙を剥いている。今のこいつにはオレへの殺意しかないんだ。…オレにはそんな気、これっぽっちもないってのにさ。
別段それを理不尽だとは思わないけれど、ちょっと損をした気には、なる。

誰の記憶から作られた世界かは知らないけど、とてもとても高いところにある、要塞。太陽に近いところにあるここからでは、地上はおろか、どこまでも広がる空しか見えなかった。
(風、きもちいいな)
びゅうびゅうと吹く風は、遮るもののない空に吹くそれで。頬を、肌を撫でていく感じがたまらなく気持ちがいい、ってのに。ぎりぎりと音を立てて軋む、男の弓。到底話を聞いてくれそうにない男に、オレは溜息を吐いた。あーあ、なんなんだこいつ。こんなに気持ちのいい場所にいるっていうのに、目の前にカオス軍の奴が現れたからって敵意むき出しで襲ってきてさ。こっちの誰かによっぽど恨みでもあるのかな、親でも殺された?でもまあオレには、関係ないんだけど。そんなことを考えながら、オレは頭を掻いた。
わざわざ秩序の聖域近くまで出向いて、コスモスの連中が散策している歪のなかに入っていったのは別にこいつと遊ぶためなんかじゃない。ちゃんと理由があった。
カオスの誰に聞いても分からなかったことを、オレの知りたいことを、こいつらなら知ってると思ったからだ。

オレが、しりたいこと。
教えてほしいこと、それは。

「―…あんたはなんの為に戦ってるんだよ」
「それは!っ…カオスを倒して世界を安定させるためだっ!」

戦う、理由。
終わらない抗争のなかに何を望むのか、ってことだ。
今度はオレの心臓目がけて飛んできた矢。でもこれも、ハズレだ。とん、と大地を蹴って、上体を捻らせながらジャンプする。闘気っていうか殺気のこもったそれが飛んでいくのを眺めながら、オレは武器を手にする。
やられっぱなしじゃ割に合わないし、さっきこいつがしたように、こいつの脳天目がけて、斧を、思い切り振り下ろした。

「!!」
「へぇ?」

咄嗟に盾で防御しようとした左腕を、一瞬のうちに引っ込めて回避したその反応速度くらいは褒めてやってもいいかもしれない。惜しいな、腕一本、壊せると思ったのに。

「カオスを倒してもこの戦いは終わらないのに?」
「で、出鱈目を…!」

後ろに跳んで距離を取ったそいつは、体勢を立て直して腰の剣を握った。真っ赤な刀身がまるで血の色みたいだったから、何人殺したんだ?ってきいたら、そいつの目に一瞬浮かんだ戸惑いとかそういうのがたちまち殺意に変わった。わかりやすい奴だな。
しばらく戦って分かったけど、こいつはあんまり物事を自分の頭で考えない─というより、ごちゃごちゃ考えるより先に突き進むタイプの人間なんだと思う。
だからこそ、この戦いが終わらないってオレが言ったところで、変わらず闘い続けられるんだろう。(オレだって、浄化を見なきゃ今回の戦いも真面目に参加できてたのかもしれないけどさ)
突き進んでもどれだけ走っても何もないってこと、こいつらは知らないままでいられる。そう考えて、少し、目の前の男が羨ましくなった。他人を羨んだって何にもならないってことなんか、嫌というほど知っているはずなのにな。

オレは自軍のほかのやつらみたいに誰かと戦いたくて仕方ないってわけじゃないし、このわけのわからない世界を支配したいわけじゃないし、世界自体を無かったことにしたいとか時間をどうこうしたいとか、そもそもそんな力持ってないし、とにかく元の世界に帰りたいだけの、どこにでもいるただの人間だ。だからこそ、理由が欲しかったんだ。
こいつらみたいに戦えなくなったから。ここにいるのが、少し苦しくなったから。

(でも)
(こいつはきっと、その答えを教えてくれないな)

「なんかつまんないな。戦えって言われたから戦うなんて、神様の道具じゃん、おまえ」
「…ちがう、違う…」
「性悪金ぴか陛下の言うとおりだ」
「ッ違う!!」

闘うのが好きってわけじゃないオレ的に、怪我したりするのはなるべく遠慮したいし。もうそろそろ帰らないと、クラウドの奴が寂しがるだろうし。もう、お終いにしよう。
思ったことをそのまま口にすると、何が気に障ったのかは分からないけれど、銀色の男が血の色をした剣でオレに切りかかってきた。突進のスピードは、早くもないし遅くもない。人殺しの道具ってのは重いんだ、それをあんなにたくさん背負って早く動けるはずない。そう考えて、オレも斧から両手剣に持ち変えて、振りかぶる。
純粋に、真っ直ぐに。世界のためを願って、自分たちが元の世界に戻れるんだって夢見ているこいつは確かに強かった。でも。オレより、弱い。
ひとつ、裂いて、血の色を弾く。ふたつ、薙いで―…みっつ、蹴りを、相手の鳩尾に。
弾いた真っ赤な剣はやつの手を離れ、急所を突かれたオレより一回り大きな体は、あっけなく硬い床に転がった。

「じゃあな」

剣を捨てて、次は男の眉間に銃口を押し付ける。武器の持ちかえはきっとこれが最後、だ。
これがどういうものか知っているのか、それとも本能的にやばいって思ったのか、猫みたいな瞳が見開いている。さようなら、なにも知らない秩序の戦士。今度会うときは楽に勝たせてくれるなよ。口には出さないまま呟いて、オレはためらうことなく引き金を

「ばっくげきぃー!!」
「ん」

引こうとしたら。なんだよいきなり、オレの頭の上から光が降ってきた。誰の魔法だよ…ん、いや違うか。魔法の類じゃない、とかな。
空からまっすぐに差す正体不明のそれを避けると、同じようにそれから避けた銀髪の前に、二人の男が、立っていた。

「おー、見ない顔だなカオスのやつか?しっかし大変だなおまえさんも若いのに戦わされてよー」
「ラグナ、奴は敵だ」
 
さっきまで立っていたその場所が、正体不明の術によって粉々に粉砕されている。…避けといてよかったと、突然現れたそいつらの顔を見ながら思った。こいつらのどっちかがやったんだろうけど、どっちかな。
先に声をかけてきたのは青い服を着たいかにも軽率そうな黒い髪のやつ。並んだ青い鎧を身に着けた銀色の髪の男はまっすぐにオレを睨んでいる。対照的な二人の男はどっちもオレよりでかいし、ちょっと羨ましい。…でもなんか、鎧の男の咎めるような視線が気に入らなくて、手に持った銃身を撫でながらオレは口を開いた。

「オレから仕掛けたんじゃないぞ。その全身武器野郎から切り掛かってきたんだから正当防衛だ。混沌の戦士だからって容赦なく殺そうとするとかそっちの神様の教育どうなってるんだよ」
「…戯言を」

事実を言っただけなのに、この反応はなんなんだ。握った刀身をまっすぐに向けてくるその様はおとぎ話にでてくる勇者みたいにかっこいいけど、話を聞く気が全くないって感じがしてがっかりだ。勇者っていうか悪役だ。オレ、間違ったことなんにもしてないのになあ。
ひとつため息を吐いて、得物を銃から剣に持ち変える。二対一、いや三対一か。負けてやる気はないけど、ちょっと帰りが遅くなりそうだな。

「まあまあウォーリア落ち着けって」

剣の柄を握り直したところで…あれ?向こうさんの一人はやる気満々だってのに、もう一人はそうじゃないのか?どうどう、なんて興奮した動物を宥めるように、へらへら笑ってる方の男が鎧の男の肩を叩いている。
どうなってるんだ?そう思ったのはあっちの堅物っぽいクワガタみたいな兜のにーちゃんも同じみたいで、無表情の方と笑ってる方の青い格好の二人は顔を見合わせていた。

「さて、オレはラグナっていうんだけどさ、きみの名前は?」
「ヴァン」

ラグナ、ラグナ。うん知らない。きっと同じ世界の奴じゃないな。
ラグナと名乗ったそいつは、鎧の男の半歩前出て、話し続けた。そして。

「オーケイヴァンくん。うちのフリオニールから喧嘩売ったんだな?うんうんそれは申し訳ない。謝っても許されないかもしれないが許してくれ!このと〜り!!ほらフリオニールも謝って!」
「えっ?!」

顔の前で手を合わせて、勢いよく頭を下げて見せた。
…驚いた声を上げたのは、二人の影にいるさっきまで戦っていた猫目の男。隣のクワガタ兜は一瞬目を開いたけど何も言わない。

「別に怒ってないけど」
「そかそかよかった〜、じゃあこの件はこれでなしな!ヴァンが話の分かる奴で本当によかったぜー」

本当によかったな!なんて言いながら後ろを振り返って仲間たちに顔を向けるラグナ。やつの顔は見えないけど、そんなラグナを見る二人の顔は笑ってはいなかった。っていうか、引きつっていた。フリオニールってのはさっきオレと戦ってた方かな。さっきは獣みたいだと思ったけど、今のフリオニールはさっきと別人みたいだ。
というか。
さっきまでと全然違うのは、あいつの雰囲気だけじゃない。いつの間にかこの場所の空気ごと、殺し合いをしていたそれとは全然違うものになっている気がした。現在進行形で兜野郎はオレをじっと睨んでるけど、気を抜いたら噛みつかれそうな感じは、しなくなった。
理由は考えなくたってわかる。この男のせいだ。この青い恰好の、ラグナってやつのせい。口元から笑みを絶やすことのなく歌うように話す語り口は、敵とか味方とか、そういうので判断してるって感じの銀髪二人とは正反対だ。
油断させてから叩こうって作戦にしては、隣の兜の反応がおかしいし、一体こいつは何がしたいんだろう。このままこいつのペースで進められちゃ埒があかないし、そろそろ帰らないとティーダの奴も寂しがるだろうしって、オレから一言、切り出すことにした。

「今度はあんたら二人が相手なのか?」
「無論、私たちが、」
「いやそんなつもりはないぞ!」
「ええッ!?」

…切り出し、てみたら。
今度は目の前にいる三人のうち、銀髪二人がそろってラグナの方を見た。うん、そりゃそうだろう。やる気満々で剣を構えた兜のにーちゃんが、何も言わず切れ長の目を見開いてラグナを見つめている。さっきは獣みたいに吠えていたフリオニールが、眉尻を垂らして唇をわなつかせている。なんだ、なんなんだこいつ。
すっごく、すごく―びっくりするくらい、

「おまえに戦う意思がないなら戦わないさ。別にオレたちはカオス軍根絶やしにしたいわけじゃないしな。元の世界に帰るためにコスモスに力を貸してるってだけ。君個人に対して敵意は一切なし!ってなわけで、今日はこれにて解散ってことにしないか?おまえさんも無駄に戦いたくないだろ、怪我したら大変だしさ」

―…おもしろいこと、言うじゃんか。
一歩、もう一歩。ラグナに向かって歩き出す。意味なんかなかった。ただ、すごく。こいつって面白いと、そう思ったからだ。後ろに控えているクワガタ兜がちゃき、って剣を構え直したけど、ラグナが片手で黙るように促していた。
一歩、もう一歩。
ラグナの目の前に、オレは立つ。

「あんたは戦いたくないのか?」
「戦いたくないんじゃない。無駄に戦いたくないのさ。こんなわけのわかんない世界に召喚されて大変なのはオレたちもおまえたちも同じなんだから。…これじゃ納得できねっかな」

オレより頭一つ分くらい背の高いラグナは、近くで見ると案外いい男だった。
緑色の瞳は優しくて、あったかい感じがして。薄い唇は笑ったまんまなのに、眉は困ったみたいに垂れていて。
大変なのは同じなんだから。カオスの連中にだって言われたことないのに、そんなこと言う奴なんかいたんだって、驚いて。

うん、わかった。そう頷いてしまったのは―…きっと、無意識だ。




*****

「帰ったらクラウドにも教えてやろっかな」

闘う理由がないなら、闘わなくていいじゃんか。
それよりもっと大事なこと、あるのかもしれない。
一度だけ、出てきたひずみを振り返ってから走り出す。

「ラグナ、ラグナ、よし覚えた」

知りたかったことは、分かんないままだったけど、もっと楽しくてキラキラしてるものを見つけた気がする。
久しぶりに感じたすごく心地いいこの気持ちを抱えて、オレは、帰りを待ってる仲間のところに走った。

*****
130216


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