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フランママン

ワインだのウィスキーだの、果てはビールに焼酎。誰が持ち込んだか分からない、多種多彩なアルコール類を囲んだ酒盛りは終わる気配すらなく、酔っ払いの世話役に回る前に、と早々に退散した女性陣とオニオン、見張り番のカイン(うまく逃げた、とも言うが)の判断は本当に正しかったと思う。
はじめのうちは和気あいあいと語らっていた連中だが、酔いが回るにつれ理性を失う奴が続出し…付き合いきれない、と脱出を試みた回数は十二回。失敗した回数も十二回。

「…こんな男のどこがいいんだ。」

そして、十三回目。
終わりそうにない宴からの脱出として俺が選んだ最後の手段は、酔っ払いの介抱を買って出ることだった。酔っ払ったからか泣き疲れたからか、周囲が今だどんちゃん騒ぎであるというのに、これ以上ないだろうと思うほどしまりのない顔を晒したまま熟睡してしまったラグナを天幕に運んでいく。そしてそのまま俺も天幕に引っ込む、という作戦はどうやら成功したようで、俺は順調かつ円滑に、飲み会会場である焚き火の前から天幕に向かって歩いている。
予想外な事態をあえてあげるとすれば、俺の何倍も飲んでいたというのに酔っ払うどころか顔色一つ変えていないヴァンが一緒に付いてきた、ということだった。

「ん?」

最初はラグナを両脇から担いで運んでいたが、ヴァンが一人で担ぐと言い出したのを受けた俺はラグナの上着とヴァンの籠手を脇に抱えたまま隣を歩き、不意に、呟く。意味なんて無かった。こんな言葉が口から漏れたのはきっと無意識で、大して興味があったわけではなく。きっと、そう。久しぶりに摂取したアルコールがそうさせたのだろう。
自分より一回り大きな体躯の成人男性を軽々と担いだままのヴァンが小さく応えたのを聞いた瞬間、余計なことを聞いてしまった、と後悔し、同時にどうでもいいか、とも思った。きっとこれも、アルコールのせいだろうと、思う。

そうだ、アルコールというものは恐ろしい。俺は先ほどまで自分が立たされていた戦場を思い出しながら息を吐く。…酔っ払ったバッツとジタンはなにが面白いのかケタケタ笑いながら人の背中や肩を叩き、ラグナは泣きながらひっついてきて…。ああ、おぞましい。平気そうな顔をしていたセシルは酔っ払った連中を眺めるだけで(多分、いや絶対奴らを肴に飲んでいたんだろう、笑ってたし)、フリオニールは世話役に回ってしまって酔い損ねたようだった。(本当にあいつはお人好しだと思う。)
ちなみに。ヴァンと同じくどれだけ飲んでも顔色の変わらなかったウォーリアはジェクトといつの間にか飲み比べを始めており、助けを求められる状態ではなかったため、俺は自力での脱出を決行した、という背景があったのをここで説明しておく。(どうでもいいことに変わりはないのだけれど、なんとなく。)

「…ああ、ラグナのどこが好きって話?」
(そういうわけじゃないんだが…)

相変わらずこいつの力と発想力には驚かされるな、なんて考えながら、俺は両手の塞がったヴァンに変わって天幕の幕を開いてやる。規則正しい寝息の合間に意味不明な寝言を呟くラグナは、まるで荷物のように担がれて運搬されているというのに全く起きる気配を感じさせず、熟睡しているのだと、分かる。全く呑気なもんだ。

「スコールはさ、ラグナのこと好きか?」
「…どちらかと言えば苦手だな。」

担いでいたラグナを床に寝かせると、ヴァンは慣れた様子でラグナのブーツを脱がせている。それを横目に俺はラグナの上着を無造作に投げ捨て(畳んでやる義理はないし、この男がいつもそうしているからだ)その上にヴァンの籠手を置いてから狭い天幕の中で腰を下ろした。ここまでくればもうあの場からの脱出作戦は成功である。安堵のため息を漏らしてしまったのは無意識で、思いも寄らない言葉がヴァンから呟かれたのはそれとほぼ同じタイミングだった。

「そっか。オレは嫌い。」
「は?」

いつもと変わらない声色はヴァンのもので、間の抜けた言葉は俺のものだ。いや、だって、おかしいだろう。その発言は。言葉には出さなかったけれど、俺は激しくヴァンに突っこみたい気分だった。だって、俺はいかにこのヴァンという男が、今ここで気持ちよさそうに眠っている酔っぱらいこと、ラグナのことを愛しているか知っている。
そんな俺の心情を察したのか、ラグナのブーツを投げ捨てたヴァンが俺を見た。

「好きだけど嫌いっていうか、そんな感じ。…あ、今おまえおかしいと思ってるだろ。スコールって案外顔に出るタイプだよな。」

おまえが顔に出さなすぎるんだ、とは言わない。そこから会話を発展させようという気はさらさら無い。ただ単に、こいつの発言が理解できなかった。
季節の移り変わりや日付の概念のないこの世界で、どれくらい前からかと聞かれると悩むところだが、ヴァンは前々から、ラグナのことが好きだと言っていた。それは本人相手でも俺や他のコスモスの戦士に対しても同じことだった。自分の気持ちを隠すことなく、好きだ、愛している、と言い切るその姿勢には嘘偽りの欠片も感じられず、ヴァンは本当に、ラグナのことが好きなのだ、と、俺は認識していた。好き、という感情。俺には理解できないそれを知っているこの男。同い年で、他の世界から来たらしい、ヴァンという男はラグナの傍らに腰を下ろし眠る男に視線を落とした。
酔っぱらいは呑気に眠っている。

「…好きだったら、嫌いならないんじゃないか?」
「違う。好きと嫌いは対極じゃないんだ。好きと嫌いの反対は、無関心。興味がない奴のことは好きにも嫌いにもならないからな。」
「…。」
(屁理屈じゃないのか?)

散々だった飲み会はまだ続いているのだろうか。遠くからたまに聞こえる笑い声はきっとジェクトのものだろう。俺は上着を脱ぎながら、沈黙をもってしてヴァンのよく分からない言葉に答えた。
…好きと嫌いの対極は無関心である、というヴァンの持論は確かにある意味正論だとは思うけれど、なんだか釈然としないのはなぜだろう。好きだから、嫌いじゃない。好きだけど、嫌い。この両者には深い溝というか、埋められない距離があるような気がするのは俺がその感情を知らないからなんだろうか。(まあ知りたいとも、思わないけどな)
呑気に眠る酔っぱらいが唸って寝返りをうつ。無駄にでかい男を挟んだままの俺とヴァンの会話は、まだ続く。

「…オレも、最初はさ、ラグナになんか興味なかったんだ。だらしないし情けないし大人のくせに馬鹿だなこいつって思って、まず嫌いになった。」

分かりやすく噛み砕いて説明してくれているわけではなく、ただ単純に、純粋に自分の感情を吐露するヴァンの瞳はやはり身じろぐラグナに向けられていた。目は口ほどに物を言うというが、まさにこの視線こそそれ、なんだろうか。ヴァンがその瞳に浮かべているものは多分、情愛というやつだ。俺にはよく分からないけれど、そんな気がした。

「でも気付いたんだよ。こいつ、ラグナは、何にも考えてないわけじゃない。誰かが悲しんだりしないように、みんなが仲良くできるようにって、自分が道化になったり馬鹿やったりしてるんだって。ま、やり方が下手な上もともと間抜けだし、ほぼ無意識でやってるみたいだから、スコールみたいな奴には苦手意識持たれるみたいだけど。」

そう言って唇を閉ざしたヴァンは、ラグナの長い前髪に手を伸ばした。手入れなどしていないくせにさらさらで真っ直ぐな髪を掻き上げて、行儀良く伏せられた瞼に、頬に、触れる。

「…だから好き、か」
「同時に嫌いだけどな、」

俺の言葉にそう答えたヴァンは、ラグナの頬を指先で摘んだ。緩みきっただらしないその顔はさぞ掴みやすいことだろう、なんて思った。

「要するに、そうやってラグナは…気を遣ってるっていうか。『子供』なオレたちを、守ってる。それってさ、オレを対等だと思ってない証拠だろ?それってムカつかないか?一歩退いたところにいるような気がするっていうか、さ。」

摘んだ指先をそのまま引っ張ったところでやっぱり起きる気配すらないその男。俺が苦手だと感じるその男が、ヴァンの言うように『大人』らしく立ち回っているかどうかは俺には判別できない。俺にとってこの男はただお節介で、面倒で、苦手で−でもまあ、嫌いでは無い、厄介なヤツに過ぎないからだ。でもヴァンは、そんなこいつが、そんなラグナが。

「…オレはこんなに、好きなのに。」

さっきまで淡々と言葉を紡いでいたヴァンが一瞬、言い淀んだ。
一瞬だけ、険しい顔をしたのを俺は見た。
そして、分かる。
(ああ、こいつは、こんなにも。)

「…だから嫌い、か」
「…うん。」

霞のかかったような、というよりは怠慢な働きしかしなくなった俺の思考回路は、ようやくヴァンの発言の意味を理解する。好きだけど、嫌い。嫌いだけれど、好き。結局の所それしかなくて、それより他はないんだろう。この男のここが好きで、ここが嫌いで、そして、全部ひっくるめて、こいつのことを愛してるんだ。
たとえ相手が自分を対等に扱ってくれなくても、自分と同じように、そういう対象として見てくれて無くても、それでも好きでいられるくらい、この男に惚れ込んでいる。
そう言われた気がして、そう言われた気がした。


「オレもうちょっと飲んできたいんだけど、スコールは?」
「…このまま休ませてもらう。」
「わかった、おやすみ。」
「…おやすみ。」

もう一度ラグナの頬を撫でたヴァンは、そのままラグナの頬に口付けて、立ち上がり天幕から出て行った。男が男にキスするところなんて見たって面白くなんか無いけれど、不思議と気にならないのはきっと俺が酔っているからだ。だからってもっとやれ、とは思わないのだけれど。
天幕に残ったのは、俺と安らかに眠る、あいつの愛してやまない男だけ。
せっかくあの酒盛りから脱出できたのだから、明日のためにさっさと眠ってしまえばいいと、そう思うのに、そうできないのはなぜだろう。俺は横にならずにぼんやり考えながら、またひとつ寝返りを打ったしまりのない顔を見つめる。伏せられた瞼のしたにある瞳には、ヴァンという男はどう見えるんだろう。機関銃を握るその掌が、ヴァンの手を取ってくれる日が来るんだろうか。

あんなに真剣にあんたのこと思ってるんだぞ、あいつは。なんて思ってしまったのはきっとアルコールのせいだ。あんたも答えてやったらどうだ、のらりくらりとはぐらかしてばっかりじゃ、あまりにあいつが報われない。なんて思ってしまったのもきっとアルコールのせい。なにもかも酔っているからだとひとり決着付けて、俺はようやく横になった。きつく目を閉じてシーツを被って体を丸めてから、また思う。
好きも、嫌いも、全部含めて誰かを愛おしいと思う感情は、どんな気持ちなんだろう。そういう風に誰かに好きになれたら、好きになってもらえたら、幸せなんだろうか。俺もいつか、そう思える相手に出会うことがあるんだろうか。いつか、いつか。

意識が揺らいで、遠のいていく一瞬。
誰かが俺に、微笑んでくれた気がした。
(微笑んでくれた彼女の名前を、俺は、しらない。)

*****
120418

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