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キミらのいない世界のはなし。

これを君たちが読む頃には僕はもうこの世にいないだろう。なんてかっこいい台詞なんだろうね?とりあえず、僕を忘れてしまったクラサメくん、エミナくん。初めまして。僕の名前はカヅサ・フタヒト。君たちと苦楽を共にした候補生です。
どうしてこんな風に僕が君たち二人に宛てた手紙を遺したか、きっと不思議に思っていると思うんだけど、どうかな。君らはさっぱりした性格してるから気にしないかな?うん、きっと気にしないだろうけど一応、一応ね。理由を教書いておくとね。
僕は別に、死んだ僕のことを思い出してほしいわけじゃないし、悲しんでもらいたいわけでもない。実験というか試作品っていうか、実はこの手紙、筆者の生命反応が途絶えたときに文書が浮かび上がる書籍なんだ。魔力で作動するようにはなってるけど、僕の魔力供給とは連動してないから、僕が死んだときにだけ読める仕組みになっている。ちなみに僕の発明です。それの、実験。
だからこの手紙が、この文字が君たちの目にうつる時、僕はもうこの世にいないってわけさ。
まあ実験とはいっても、この技術を持った僕がこうして死んだわけだから意味なんか無いんだけどねー。こんな技術がオリエンスの繁栄につながるなんてことはありえないだろうし。
とりあえず遺書という形を取る以上、それっぽいことでも書いておこうかな。
クラサメくん、エミナくん、僕は君たちに感謝している。
僕と友達になってくれて、ありがとう。
もう君たちは僕のことを忘れてしまっているだろうけど、僕は君たちが大好きなんだ。
これ以上ない最高の実験体である以上に、僕は君たちをこれ以上ない最高の友人だと思っている。僕はね、アギトになるとか、そういう目的で候補生になったんじゃないんだ。知ってると思うけど。僕の興味というか、探求心というか、そう言うのを満たすために一番手っ取り早そうなのが候補生になること、武装研に入ることだった。だから、そのために魔導院の門を叩いたってわけさ。だた、それだけのために。
だから訓練生から候補生に上がっても特に何の感慨も無かったんだよ。
僕のやりたいことはその先にあるわけだから。
でも、いざ候補生ってもんになってみたら、というか。君たちに、出会ってみたら。
毎日が楽しいんだよ。三人で一緒にご飯食べたり、お話するだけで、楽しかった。
いろんなことをしたね、君らはもう覚えてないだろうけど、三人でさ、クラサメくんの私服を買いに行ったりエミナくんのオススメしてくれたケーキ屋さん行ったり…楽しかった。本当に、楽しくて、僕にとってかけがえのない思い出、宝物だよ。
同世代の友達なんて居たことなかったから余計にそう思ったってものあるかもね。友達なんてもの、僕の興味の範疇になかったっていうのに、今では君たちと人体にしか興味がないんだから驚きだ。
きっと君たちが居なくなったら、僕の人生は空っぽになってしまうんじゃないかってほど、僕にとって君たちは最高の存在でした。ありがとう。

おっと、長々書いてたらうっかり本当の遺書みたいになってきたね。これ以上は割愛ってことにしようか。思い出せない思い出話を聞かせるのもよろしくないしね。
じゃ、二人とも。僕の分まで長生きしてね。
願わくば、君らがこの先ずっとよき友人でありますように。

鴎歴835年 岩の月1日  カヅサ・フタヒト







この手紙を書いて十年。この手紙が遺書としての役割を果たさなくなってもう三年になる。
時間が経つなんてあっという間だ…しみじみ思いつつ、僕は椅子の上で組んだ足を組み替える。机の上には先日見つけたこの手紙。魔導院の研究室の掃除をしていたら、本棚の本と本の間から出てきたそれは紛れもなく僕の書いた手紙で、筆跡も間違いなく僕の物だというのに、心当たりが全くないのはこの手紙を宛てた二人がどちらとも僕の記憶から姿を消しているからだろう。ああ、青いなあ。僕も十代の頃は、大切な親友たちを思いやる心があったってワケだ。…なんて考えながら、僕は窓の外を見る。生まれ故郷であるルブルムのそれではなく、定規でしっかり縦横足並み揃えたような、白虎の町並み。つい最近までは見慣れない光景だと思っていたというのに、いつの間にかこの風景も見慣れたものになっていた。時間の流れというものは、本当にあっという間だ。
歳月の流れと共に衰退していったクリスタルの力と反比例するように、あの災厄を生き延びたオリエンスの人々は結束という力を高めていった。もちろん、つい先日まで武器を取りあい殺し合っていたその手で手を取り合う、なんてことがあり得るはずもなく、色々な問題があったけれど−…あれから三年経った今では、四つに別れていた国々が協力し合い、争いのない平和な日々が続いている。
そして、うっかり災厄を乗り越えてしまった僕も、こうして白虎でこき使われているというわけだ。ああ、0組ってのは人使いが荒いよね、全く。

宛がわれた部屋はもともと白虎の軍人の執務室だったらしいが、妙にこざっぱりとした部屋はなんだか落ち着かない。好きにしていいと言われているのだから僕好みに人体模型やら実験道具やら持ち込んじゃおうかなあとも思うんだけど、そんな気分にならないのが現状だ。たぶん原因は、この手紙のせい。

(…まさか、君らが居なくなって、僕が生き残って。クリスタルの力がなくなる、なんて。思わなかったなあ)

筆者の生命反応が途絶えると魔法が発動して見えるようになる文面。当たり前のように魔力を宿していた頃の僕は、自分の魔力が衰えることを計算に入れた実験はできても、まさか魔法の大元であるクリスタルの力がなくなるなんて、思いもしなかったんだろう。
実験は見事に成功したが、僕の死後にコレを読んで貰うという目論みは完璧過ぎるほど、これ以上ないほどに外れてしまったというわけだ。何というか、いっそ笑える程に格好悪い。…もうこの手紙は意味を持たない紙くずになったワケだし、捨ててしまえばいいだけの話なのだけれど…と考えていると、控えめに扉を叩く音がする。

「どちら様かな?」
「カヅサさん、マキナです」
「はいはい、どうぞ」

促してすぐ、扉の向こうから見えた顔は見知ったそれ。
あの災厄からオリエンスを救ったとされる、英雄の、顔。

「久しぶりだね、元気にしていたかい?」
「はい、おかげさまで。私もマキナも元気です」
「それは残念だ。新薬の実験に付き合って貰おうかと思ったのに」

赤いマントの若い男女。
僕の親愛なる友人、クラサメくんの教え子だったマキナくんとレムくんが、そこにいた。

*****

「…もともと回復魔法がない文化だっただけあって、ミリテスの医学レベルは抜きん出てるね。あと計測技術とか。中々興味深くて退屈しないよ。まあクオンくん程ではないけどさぁ」
「クオンさん?」
「いやあ、彼ね、クリスタルの力に相当する新エネルギーをこの手で作り上げるんだって張り切っちゃってさー、玄武の石炭とか蒼龍の風車とか組み合わせて色々研究してるみたい。勿論、『戦争の道具』の動力としてじゃなく、建設とか運送とか…そういうことをするための『キカイ』を動かすために、ね。張り切り過ぎちゃって正直気味悪いほどだよ」
「クオンらしいっていうか…頼もしい限りです」

殺風景な部屋に満ちるのは芳しい紅茶の香りと、和やかな談笑。久しいそれに僕は頬を緩ませた。この二人にこうして会うのは、久しぶりだった。それもそのはずだ。この二人はいつだって忙しく世界中を駆け回っている。
誰もが生きることに絶望したあの災厄の後、誰より速く世界の安定に尽力し、復興への道を打ち出した、二人。候補生時代のあどけない雰囲気を纏っていた二人も、この三年で頼もしく成長したものだ。(まあ、この三年間がよっぽど密度の濃いモノだった、ってのもあるんだろうけどね)

「で、世間話をする為だけに来たワケじゃないんだろう?」

向かい合って座ったソファの上で、組んでいた足を組み替えながら質問すると、大事そうにカップを両手に持ったレムくんが答える。浮かべていた笑みが少し曇ったのを、僕は見逃さなかった。

「はい。…実は先日報告したメロエの土砂崩れの件で。現地の医療チーム…元4組だけじゃ人手がたりないようなんです。白虎から数名、派遣して貰えないでしょうか」
「なあんだ、そんなことね。いいよ、ウチから腕の良いのを何人かだそう」
「ありがとうございます、助かります」

…なるほどね。いつだって誰かのために頑張っている彼女らしい。さて、飛び切り腕の良い医療のプロを何人か、早急に見繕っておかないと。
助かります、と。自分のことのように答えたレムくんは心底安堵しているように見えた。…そんな顔されちゃ、たまらないよね。

僕が現在所属しているのは武装研ではない。国という垣根を越えたオリエンス再建委員会―まあ、暫定の行政機関だ。
手を取り合ったオリエンスの人々が力を合わせる場所。力を合わせたからこそ、存在する―…オリエンス再建委員会は、今のところ順調に機能している。
貧困地帯への物流問題、民族・人種間問題、クリスタルの衰退によって発生した新たな問題など僕ら人間たちが乗り越えなければいけない課題は尽きることを知らないが、この二人をはじめとするかつて0組と呼ばれていた委員のメンバーは、そのひとつひとつに全力で取り組んでいた。人々の先頭に立って、人々を導いて。
アギト候補生として戦い抜いた彼らは、もう候補生ではなくなったんだ。

(…きみにも見せてあげたかったな、この姿を)

そんな、彼らの姿を見ていたら。何もしないでいられるわけがなかった。
最初は彼らに求められるままに一言二言助言する程度だったけれど、今僕は、オリエンス再建委員会の医療チームを率いる立場にいた。自分の探求欲を満たすためだけの、趣味として人体の研究をしていた頃では考えられないことだと思う。
ただ人の体の構造に興味があった。自分の力で肉に覆われた人間の秘密を解き明かしたいと思っていた。それだけの僕が、命を救うために頭を使っている。誰かの命のために、研究を続けている。…もちろん最初はそんなつもりなんか、なかった。でもいつの間にかそうなっていたんだ。きっと、それは。

「君らのことを、アギトって言うんだろうね」
「オレは、そんなんじゃ、ありません」
「マキナ…」

僕も彼らに、導かれたからだろう。
控えめに答えたマキナくんは、首を横に振って申し訳なさそうに呟いて、笑う。でも、その瞳に迷いや躊躇いは見られない。
そんなマキナくんを見るレムくんの目、も。三年前のそれよりもっと深い、優しさを宿していた。

「ただオレは、みんなが残してくれたこの大地を守らないと、って。そう思った、だけで」

ティーカップを指に引っ掛けて、紅茶を一口。レムくんが持ってきたこの茶葉は、かつて、地図上から消されてしまったルブルムとミリテスとの国境に位置する──彼らの故郷で作られたものらしい。
去年、初めての収穫を迎えたのだと嬉しそうに語った二人の笑顔は、歓喜、とはまた違ったように見えたのを覚えている。僕の憶測に過ぎないから、まあ、実際のところ彼らがどんな心境だったかなんてわからないんだけど。

「クリスタルの力がなくたって、オレたちは、オレたち自身の力で生きていけるって、それを証明したいだけなんです。人は生き方を選べる。そう、思うから」

あの時、この子は何を恐れているんだろう、と。そう思わせる風貌の青年はここにはいなかった。
膝の上で結んだ拳に力を籠め、僕を見るマキナくん。
もうなにも、だれにも。大切なものを奪わせはしないと。
そう宣言するように、まっすぐに。


「…頑張りすぎは良くないからね。適度にレムくんに甘えながら頑張りなさい。赤ちゃん言葉とか効果的だと思うよ」
「ッな!」
「ふふっ、はい、任せてください!」
「れ、レム!?」

ただひたすらに前に進んでいる。過去という記憶を捨てられなくなったこの世界で、それに背を向けることなく、押しつぶされることなく背負いながら。
まるで失ったすべてのものに、自分の歩む道を示すように。
自分の生き様を見ていてくれと。
これでよかったんだと、「彼等」に──伝えるために。

…ああ。わかった気がするよ。どうしてこの二人が故郷の茶葉を、あんな目で見ていたのか。あんな風に笑ったのか。だって僕も、今、そんな気持ちだから。
クラサメくん、エミナくん。…僕は。






「さ、クオンくんの所に行くんだろう?空の月に一度朱雀に戻るつもりで居るから、その時ゆっくり食事でもしようか」
「はい!楽しみにしてますね」
「…」
「どうしたんだいアギトのマキナくん。そんな顔しちゃアギトの名が泣くよ?」
「…もういい!カヅサさんは本当に何年経ってもカヅサさんだ!」

二人が引き上げた部屋の中、僕は引き出しから取り出した真っ白い紙に、ペンを走らせた。ここにはいない、ただしくは、この世界の何処にも居ないあの二人に宛てた手紙を書くために。十年前の僕がしたように、ただただ、無言で言葉を連ねて、連ねた。
書き上げたそれと、遺書にならなかったそれを一緒に封筒に戻して僕は部屋を後にする。

とりあえずまあ、模様替えでもしようかなって、思って。







親愛なる親友たちへ。
この手紙が君たちの目に触れることはないだろう。だからこれは僕の日記みたいなもので、君たちに宛てる最期の手紙になる。
君たちのことはどんなに頑張っても思い出すことはできなかった。とくにエミナくん。君に至っては候補生時代の記録すら抹消されていたんだけどどういうことなの?まさか皇国のスパイだったとかそんなドラマチックなオチじゃないよね?まあ、いいけど。
とにもかくにも、僕は君たちに感謝している。…思い出せない僕がいうのもなんだけど、本当に、本当に。君たちは僕にとって全てでした。
生きる意味も、何もかも分からなくなってしまったのは、僕にとっての君たちがそれほどに大きな存在だったからだと今更ながらに思い知ったよ。悔しいなあ、そんな君たちを失ってしまったっていう事実が、たまらなく悔しい。君らの居ない世界なんて、意味なんか無いし興味もない。そう思えるほどに。
でも、ね。
この世界はこの世界で、もしかしたら面白いのかもしれないって、最近になって少し思えるようになったんだ。人生何が起きるか本当に分かったもんじゃないよね。
だから、クラサメくん、エミナくん。僕はもうすこしこの世界を見ていくよ。君らのいないこの世界で、もう少しだけ生きていこうと思う。少しだけだけど、この世界に興味があるんだ。君らに対してのそれ、ほどじゃないけど、少しだけ、ね。
だから、ごめんね。そっちにいくのはまだまだ、先になりそうです。

じゃあ、またあとで会いましょう。そしてまた、たくさんお話しようね。

鴎歴845年 嵐の月21日  カヅサ・フタヒト




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130313

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