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あなたに花を。*2*

調理場、といっても石を集めてつくった釜戸と、自作した調理器具があるだけのそこ、は、常にあの男とバッツやジタンなど、料理において高い能力を持っている連中の領域である。だから、あいつがそこにいる、というのは少し見慣れない光景だった。

「残念だったなおまえたち。まだつまみ食いできるものは出来てないぞ」
「ぬぁあんだってぇええ!!」

俺たちの姿を見るなりむっと顔をしかめたフリオニールが、ヤツにしては低い声で言う。調理場を取り仕切るフリオニールにとって、颯爽とあらわれヤツの領域をあらしていく(平たく言うとつまみ食い)バッツとジタンは厄介な存在に他ならないらしい。これまた大げさに背筋を反らし落胆の叫びを上げる二人を眺めつつ、ため息をつくと、木の幹に腰かけ手元のナイフを休めたフリオニールと目があった。困ったように笑うフリオニールは、俺がこの二人に強制連行されてきたのだと分かっているようだ。話の分かるヤツである。

フリオニールの周りには、バッツとジタンが取ってきたという木の実やきのこなどの食材が並んでおり、それを運んできたらしいウォーリアが兜を抱いたままフリオニールの隣に腰かけていた。手伝いをしていたようには見えない。いつだって先陣をきって敵を蹴散らし道を切り開くこの光の戦士だが、調理面ではフリオニールの足下にも及ばないのだ。
そんなやつの切れ長の目が叫ぶ二人を一瞥する。ああ、これは。一瞬嫌な予感がして、それは確信に変わる。調理面でフリオニールの力になれないのであれば、ウォーリアは別の手段を持ってして加勢にはいるだろう。ゆっくりと立ち上がるウォーリア。心の中で俺はバッツとジタンの身を案じた。もちろん、口に出すつもりはない。(さすがに巻き添えはごめんだからな。ウォーリア相手には特に。)

「では夕飯の準備が整うまで私と手合わせでもしようか、バッツ、ジタン。」
「え、遠慮します…」
「身体を動かしていた方が腹も空いて夕食も美味しく食べられるだろう。ではいくぞ」
「ちょ、ちょ、ウォーリア!!鍋の蓋なげんな蓋!!それ盾じゃねーぞ!!」
「鍋ぶたオブライトすげぇえ…うわあああああ!」
「バアアアアアッッッツゥウウウウ!!!」

…ふう。騒がしい連中がどたばたとこれまた騒がしく退場していったのを見送って、残された俺とフリオニールは顔を見合わせる。コレもいつものことなので、慣れたものだった。…しかしまあ、ジタンもバッツもよくやるよな。

「早く食べたかったら手伝ってやろうとか思わないのか、あいつらは。」
「…俺でよければ手伝おうか。」

心の中で一応あの二人の不運(?)を憂いてから、調理面ではあまり戦力にはなれそうにないが、と付け足すと、フリオニールは眉尻を垂らしてありがとう、と呟いた。
隣に腰を下ろすと、食材を選別し切り分ける作業を再開したフリオニールが手を休めることなく指示してきた。ガーデンの食堂では確実にお目にかかれなかっただろう、見たこともないようなそれらを前に、慣れ無いながらも指示通りに手を動かす。逐一『上手だな、』『スコールは器用だ』…なんて微笑むもんだから、なんだかくすぐったかった。
あまり年の変わらない(はずの)異世界から来たこの男は、戦闘では様々な武器を自在に操り、調理場ではその無骨な手からどこか懐かしく、温かい料理を作り出すという、とにかくハイスペックなやつだ。正直者で純粋で、俺の口数が少ないからと言って、無理に干渉してこないこの男が、俺は案外気に入っている。バッツやジタンと一緒にいるときとは違う居心地の良さみたいなものがある、というか…よく分からないが、そういう、やつ。
そして不意に、気付く。

「…この花は?」

きのこが山盛りに入っている籠の脇に置いてあるカップに。正確には、黄色い花が生けてあるカップ、に。

「っと、ウォーリアに…。そ、そっちもウォーリアに?」
「いや、あの二人に貰った。」

特に何のことなくただ目に付いただけで、特に追求するわけでもなく俺がそう問いかけるとフリーニールは一度分かりやすくびくん、と肩を硬直させた後、困ったように笑いながら俺を見た。少し頬が赤くなっているのは気のせいではないと思う。
黄色い、花。何輪かを茎の部分で結わえたちいさな花束のようなそれは、今現在俺が首に提げている花と同じ花で…そういえばジタンとバッツはウォーリアと一緒に散策したついでにこれを摘んできたと言っていたのを思い出す。なるほど、あの二人が俺に花輪を作ってきたように、ウォーリアはフリオニールに花を摘んできたのか。
あの人形のように整った姿形をした男が花を摘む姿など、まるで遠い国の絵画かなにがみたいだな、と一人考える。そしてその、摘んだ花を手渡されたのだろうフリオニールがどんな反応をしたのかも、なんとなく予想できる。短い付き合いの中で、俺はこのフリオニールという男があの眩しい男とどんな関係にあるか知っていた。

「綺麗な花だな、」
「そう、だよな。」

小さく答えたフリオニールはそのまま口を閉ざしてしまった。暫くナイフを滑らせる音だけが耳に届く。どことなくぎこちないというか、少し空気感の変わったフリーニールを気遣って、綺麗だ、なんて言ってみたのは心からそう思っているからではない。俺はセシルやクラウドみたいに、花を贈られて喜んでいる側の人間ではないのだ。…いや、喜んでいない、わけではないか。ただ理解できない。それだけの、こと。(だって俺は、この気持ちを誰かに伝えるに相応しい言葉を知らない。)
こうやってこいつと肩を並べている時の居心地の良さでもなく、一人でガンブレードを磨いているときの安堵感でもなく、…何か分からない、不思議なもの。
悪い気はしないけれど、分からない、それがなんとなく嫌だった。わからないのは、嫌いだ。そんな俺の感情を察知したのだろうか、少し間をおいて、フリオニールが呟いた。

「なんていうか、さ、…物を貰えて嬉しいっていうか、花が綺麗だから嬉しいっていうか、そういう話じゃなくて。…自分に、その人から、何かしらの気持ちが向けられてるって、嬉しい話だよな。」
「…どういうことだ?」
「うーん、うまく言い表せないけどさ、」

ようやっと口を開いたとなりの男は、立ち上がると、火に掛けていた鍋に切り分けたそれらを入れながら、言う。俺からは背になってしまったので、フリオニールがどんな顔をしているか、分からない。でもその言い方は分かり切った言葉を口にしようとしているのではなく、思ったことをうまく伝えることができなくて困っているような、そんな、言い方で。いつだって真っ直ぐに俺に接してくれるフリオニールらしい、言い方で。
直感的に、なんとなく、コレは俺が求めている答え何じゃないかって、思って、

「…人の優しさとか、好意、とかに触れると、一人じゃないって気がして、幸せだなって。それが、自分の大切な人なら、なおさらに。」

(ああ。)

そう言って振り返ったフリオニールは笑っていた。少し頬を染めて、瞳を細めて。微笑んだフリオニールはすごく幸せそうで、俺までなんだか、良い気分になってくるような、それで。こんな笑顔を見せるこいつはさぞ幸せで、こいつと居られるあいつもきっと、幸せなんだろうなって、思った。
ああ、分かった、気がする。どうして奴らが俺に花をくれたのか、ティナとオニオンがセシルとクラウドに花を贈ったのか、そして、ウォーリアがフリオニールに花を、捧げたのか。受け取った連中があんなにも幸せそうに笑うのか。…受け取った俺が、どうしてまだこれを、首から提げたままで居るのか。

(なんて言うんだろうな、こんな、きもちを。)


*****


水をくんでくるように頼まれた俺は野営地のすぐ傍を流れる川に向かいながら、思う。温かい日差しはこの不確かな世界をたしかに優しく照らしていた。

フリオニールの言葉が、妙にしっくり来たのはきっと、これが俺の探していた答えだから何だろう。そうか、俺は、俺は。花を贈られて、あいつら二人の混じりっけのない純粋な好意に触れて、嬉しかったんだ。掛け値無しに向かってくる瞳が、嬉しかった。それに気付くのが、くすぐったかったんだ。

みんな、こんな気持ちになればいいのに。漠然とそんなことを考えながら俺はもう一度自分の首もとを見下ろす。
グリーヴァの上で咲き誇る金色は、まるで獅子の鬣のように、輝いて、見えた。


*****
120323



キミに涙を。



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