info text, top


さいごのきおく。

ごばんめのきおく


「ッ、っ、…が、…ッ!」

両手に持ったダガーを地面に突き立てながら、全身の筋肉を余すところなく使いきり、小さな体を大きく上下させながら息を吸う−…というより、そうでもしないと呼吸すらままならない様子のジタンを、俺は見ていた。丁度いい塩梅に弧を描いた木の幹に全身を預け、自分の下半身に目を落とすと、そこには左脇腹から血の色をした臓物が顔を出していて。
ああ、ここで、俺たちはしぬんだなって、思った。

「みんな、大丈夫…じゃ、ねーよ、な、」

この瞬間、俺の視界のなかで唯一人間的に両足で立っている(あ、チョコボも両足で立つか)ラグナが、俺たちに言う。なんとなく、なんとなく、ラグナに見られてはいけない気がして、俺は片膝を立てて、それを隠した。
おかげでラグナにはこの傷が見えなかったらしい。奴は担いだままだったスコールを地面に横たえ、在るべきパーツを失った右の腕に、裂いた自分の服を巻き付けきつく縛っていた。元々色の白いスコールの肌は、真っ白い陶器のように血の気がひいていて、ああ、スコールも、だ。って、思った。



敵ながら天晴れな奇襲だった、と、悠長なことを思ってられるのは、俺が心の何処かで生きることを諦めてしまっているからだろう。
資材調達の遠征から帰還する途中、俺とジタン、スコール、ラグナのチームはカオス軍の攻撃をうけた。その結果がこの様。うん、みんな疲れてた、からな。
降り注ぐ雨のように落ちてきた光の矢、同時に崖の上から襲い掛かってきた大剣使い。身の丈程あるバスターソードは、急降下の勢いを上乗せされており、みんなを庇うようにその刃を受けたスコールのガンブレードを腕ごと切り落とした。
ジタンが反撃に出たのと、あいつの足元に光る魔方陣が出現したのはほぼ同時のことで。身を焦がすような雷撃に叫ぶジタン。やけにゆっくりスコールがその場に倒れて、ヤバい、と。取り出した剣を構えて、スコールから標的をおれに移したチョコボ頭と向き合う。ぶん、と、風を切る音、ラグナがおれを呼ぶ声、ジタンが、スコールが、
冷静さを欠いていた、といえばいいか。それも敵さんの策略だったと言えばいいのか。
振りかぶり際に再び浴びせられた光の矢。避けられない、こらえろ、一瞬だけ。反撃は無理だ、逃げろ、と。頭の中で誰かが叫ぶ。きつく目を閉じた。閉じてしまった。その一瞬のうちに、大剣がおれの腹を裂く。ヤバい、ヤバい、これはダメだ、と、思った瞬間。


「…てかラグナ、さっきのは魔法?」

「いや、閃光弾…目眩ましにつかうやつだ。ナイスな判断だったろ?」

目も開けていられないようなまばゆい光と、ジタン、バッツ走れ!という、ラグナの叫び声。きつく目を閉じ、感覚だけを頼りにジタンの腕を手繰り寄せたまま、ラグナに手を引かれるまま走りだしたのはほぼ無意識だった。
無我夢中で走って、逃げて、どれくらいの時間が経っただろう。
先に動けなくなったのはジタン。その次が、おれ。
足がもつれて、みっともなく動けなくなって、どれくらいの時間が経っただろう。

「…お、…い、…っげ、ろ、ラ、」

喉を空気が通り抜ける音に混じって、ジタンの、いつもなら歌うように喋る、ジタンの声が聞こえる。ひゅー、ひゅー、息も絶え絶えに音を紡ぐコイツは、どうやらラグナに逃げろと言っているようだ。きっとさっきの攻撃で喉をやられたんだろう。咳こむ度に赤いのが、地面に落ちた。

「…喉、潰されてる、みたいだな」
「はっ、く、に、…グナ、」

喋るな、と。言ったおれの音に重なったそれ。はやく逃げろ、ラグナ。ああ、こんな擦れた声なのに、おれにはわかるよ、ジタン。おまえのいいたいこと。なるべくゆっくりと呼吸しながら、宙を仰ぐ。鬱蒼と枝を伸ばした木々に阻まれて、空は見えない。

「逃げろ?何言ってるんだジタンくん。もう休憩時間終了ってんなら、さっさと行こうじゃないか、みんなで」

気絶したままのスコールに、手早く応急措置を施したラグナが言う。どうやらジタンの言葉はなんとかラグナの耳に届いたらしい。きっと、ジタンの気持ちも、伝わったはずだ。だからこそ、ラグナは、みんなで。…って、言ったんだろう。いつものおどけた物言いは変わらなかった。背中を向けたままの奴は今、どんな顔をしてるんだろう。

「オレ、ら…むり、だっ、ゲホッ、お…だけ、で…、」

気味の悪い鳴き声をあげながら、高い木の枝にとまっていた鳥が羽ばたく。左手で押さえた脇腹が、熱い。痛い、苦しい、きっとそれはジタンも同じだろう。辛うじて半身を支える両腕は痙攣している。ああ、ごめんな、ごめんな、ジタン。

「無理だ?そんなこと無いだろ?いつもの元気はどうしたってんだよ」
「わかっ、だろ…おま、だけ、なら」

潰れた喉を擦りながら、ジタンが、ジタンがラグナに訴えるのを、俺は見ていた。体が、だるい。熱い。変な汗が止まらない。口を出そうとも考えたけど、止めた。そうやっておれは、役目をコイツに押しつけたんだ。本当にごめんな、ジタン、ラグナ。
よいしょ、だなんて親父臭い掛け声を漏らして、スコールを背負って立ち上がったラグナがおれたちを見る。つられておれもジタンもラグナを見た。ラグナの長い前髪が揺れて、ラグナの顔が、汗と土と、多分スコールの血と、で、ぐちゃぐちゃで、それで。

「オレだけ?そうやっておじさんをハブっちゃおうって寸法だな!そんなジタンくんにはピヨピヨグチの刑だ!」

いつものように、ラグナが笑ってるのが、痛くて。
(ああ、ラグナ、らしい、)

「…っかげ、しろォ!!」

叫んだのはジタンだった。
そして、おれは、ジタンにもう一度、心のなかで謝った。げほげほと咳き込む様は痛々しくて、申し訳、なかった。
(嫌な役目を押しつけて、ごめんな、ジタン)
(いい加減にしろ、だなんて)
(おれもお前も、ラグナの、こういうところ、だいすきなのに)
(否定させちまって、ごめんな)



すう、と息を吸って、おれは、引きつりそうな口元をなんとか柔和に釣り上げて、唇を、動かす。

「…まあまあ、ジタンもラグナも落ち着けよ」

イメージは、そこで這いつくばってる奴。歌うように悠々と、悠然と。

「相手は術師が二人、剣士が一人とみた。追ってくるとしたら剣士一人で来るはずだ。こういう時は二手に別れるべきだとおれは思うんだな」

小さな体で、堂々と立ち振る舞う平生のアイツは、まるで舞台役者。ステージも客席をも支配し魅了する、アイツの、ジタンのように。

「スコールは見てのとおり重症だ。ダメージの少ないおまえが連れてってくれ。早く、コスモスの所に連れてってほしい」

真似、できてるかな、
大丈夫だよな、笑えてるよな、

「っでも、」
「おれとジタンを何だと思ってんだ?天下のジョブマスター様と天下のラブハンター様だぞ?追っ手を振り切るなんて、わけ、ない。だから、」

おいジタン、
おれのものまね、凄いだろ?

「スコールのこと、たのむな、ラグナくん」






「…やく、しゃ、…な」
「まぁ、な」

ラグナの後ろ姿が見えなくなって、暫くして。ジタンがぽつり、呟いた。唇は真っ赤。むき出しの腕も真っ赤。ベストな位置にくるように、毎朝鏡でチェックするリボンタイも、ジタン自身の赤色に染まっている。
ああ、瞼が、重い、しぬ、しぬんだ、けど、

「ここに、少しの間、だけ、」
「痛覚を無くする不思議な薬が、あります、」

そう、簡単に、しんで、堪るか。
おれは腰のベルトに仕込んでいた小瓶に、手を伸ばす。遠征中に見つけた物資はさっき逃げる時に全部置いてきてしまったけれど、これだけは。
これは、死に至る薬。痛みを奪うかわりに生きることを失う薬。

「今からおれは、これを飲んで、」
「あのチョコボ野郎の足止め、すっけど、」

痛みも悲しみも苦しみも、全部生きている証だと知っている。それを手放すということ。人の道を、自分から望んで踏み外す、そのための、これ。

「ジタン、おまえは、どうする?」

今まで、生きることを諦めていたはずのおれはどこかに行ってしまったようだ。
ただじゃしなない。
アイツの為に、年上のくせにおれたちと同じようにはしゃいでくれる、だいすきな仲間の為に、おれは望んでこれを使おう。

それが、おれの選んだ、最期。

*****
110915

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -