グッバイ*ノーバディ
連射されるボウガンを避けながら、俺は考える。さて、どう間合いを詰めるべきか、と。
今日の手合わせの相手は同い年のヴァンだった。普段コイツが真面目に鍛錬をしているところなど見たことがないが、断る道理も無かったので、誘いに乗ったのが少し前。決定的な一撃は決めていない、というより、決めさせて貰えていないのが現状だ。
適当に入ったひずみの中。選んだフィールドは月の光に照らされただだっ広い、そこ。会話などなかった。ただ俺たちは、何かから逃げるように、作業か何かのように、戦い続けていた。
(飛び道具は、ボウガンと、銃、…あと、コイツは魔法も使えたはず、)
そびえ立つ岩肌に身を寄せて、ヴァンの視界から隠れる。生憎俺のガンブレードより向こうの飛び道具のほうが射程が広いらしい。反撃する隙を与えず、技を連携させて戦うスタイルの俺としては、少々やりにくい相手、かもしれない。いや、隙を見て間合いを詰めれば、いいのだけれど。ひとつ呼吸を整えてから岩陰から飛び出すと、空中で銃を向けてくるヴァンと目があった。次は、銃か。跳ねるように右側に避けてから、地面を蹴る。空中戦で、勝負だ。そう思った。そう思って飛び上がったのが、間違いだった。
銃を持っていたはずのヤツの手には、いつの間にか剣、が、握られていて、
「ッ!!」
「とらえた、」
たたきつけられた。ガードしていた、というのに、固い地面の感覚が、背中を、身体全体に打ち付けられる。相変わらずの馬鹿力。ああ、コイツの攻撃は、当たると体勢を整えるのに厄介だ。
…避けようと思えば避けられたのに。間合いを詰める方法だって、たくさんあった。追尾性の魔法弾のストックだって、まだたくさんあったのに。そうしなかったのはなぜだろう。考えるのも起きあがるのも億劫だったので、仰向けに倒れたまま、空を仰ぐ。痺れたような痛みが徐々に消えていく。濃紺の星空。静かな、夜の情景。
「スコールってラグナと顔似てるよな」
視線だけ、向けると。ついさっき俺の防御を崩し地面に叩きつけた凶器が。ヤツにとって、命を預けているはずの、愛刀を。ぽい、と、手放しているヴァンの姿が見えた。からん。鉄が転がる音がする。
「目尻が少し垂れてるところとか、眉の形は違うけど。」
どうやら手合わせは中断、らしい。まあ、相手が起きあがろうとしないのだから当然と言ったところだろうか。
いつもと同じ、何を考えてるか分からない黒目がちな瞳が、じっと俺を見つめている。仰向けになったまま動こうとしない俺の腹に馬乗りになって、人の顔をアレコレと触り始めた、ソイツ。遠慮の欠片もない不躾な動作で頬を撫でられるたび、ヴァンの籠手がかしゃん、と音を立てた。静かなそこにはヴァンの独り言と、金属の音しかしない。あとは、二人分の呼吸音だけ。さっきまで空を切るように飛び交っていた戦いの音は、跡形もなく消え去っていた。まるで、風が止んだ、みたいに。
「…唇に力入れなきゃもっと似るんじゃないか?ちょっとやってみてくれよ、眉間もこうんなに寄せないでさ、」
視界から濃紺が消える。その代わりに広がったのは、暗い空色。そんなに覗き込んだって何も出ないぞ、とは言わなかった。両目いっぱいに見えるヴァンは、はなっから俺のことなど見ては居ない。そんなこと、分かっていた。手合わせに誘われる、ずっと前から。
ヴァンの指が俺の唇をなぞる。古傷を撫でる。慈しむように微笑んでみせる。その全てが不快で、その全てが情けないと思った。
コイツもこんな顔をするのか、と。コイツもこんな風に笑うのか、と。
「なあ、スコール、笑って。笑えばもっと似てるって、ぜったい。なあ、笑ってってば、なあ、」
ああ、なんて情けない。
甘えるような声が、縋るような瞳が。
ああ、なんで、そんなに、
「俺は、ラグナじゃないし、ラグナの代わりにはなれないぞ。」
今にも泣きそうな、顔してるんだ、お前は。
「…んなこと、知ってる。」
一瞬。いつも何を考えているのか分からない、何も考えていないんじゃないかと思う事もある、ヴァンの顔が歪んだ。色素の薄い眉が、小さな唇が、空色の瞳が、強ばった。
いつもいつも、悩みなんてないように、風のようにふわふわしてつかみ所のないコイツ、なのに。今はどうだ?ああ、今俺は、コイツの考えていることが手に取るように分かってしまう。
さっきまで俺の頬に触れていた指が、ゆっくりと離れていく。両手で目元を覆うヴァン。見えなくなった顔。倒れてくる上体。人の身体の上で蹲る、ちいさな、こども。
「なあ、なあ、スコール。」
胸元に当たる吐息は、か弱かった。呼びかけには応じなかった。
これが正しいのだと、思ったからだ。
「なんで俺こんなに弱いんだろ。なんでこんなに情けないんだろ。なんで、なんで、こんなに。」
言葉が、落ちる。
生暖かい、何かが、落ちる。
「俺がもっと強かったら、ラグナ、守れたのに。ラグナ、しななくて、よかったのに。」
(後悔してるんだろう、悔しくて虚しくて仕方ないんだろう。)
「なあ、なあ、なんで、なんで。」
何処にも答えなど無いのに、ただ、少し。ほんの少しだけ、顔の造形が似ているだけの、俺に、縋って。面影を、追って。
「ラグナ、しん、じゃったん、だ、ろ、」
呆然と眺めた空は相変わらず静かに星が瞬いていて、何も変わりはしない。俺も変わらず動かない。
「っラグナ、」
「ラグナ、ラグナ、ラグナ、ラグナ、らぐならぐならぐな、あ、らぐ、あ、ああ、」
いつの間にか言葉として成立しなくなった音を聞きながら、俺はようやく癖の強いブロンドに手を伸ばす。酷くちっぽけなそれは震えていて、弱々しくて。いつだったか、どこかで、こんな風に喚く小さな子供を見たような気がする。大切な人がいて、大好きな人がいて、いつの間にかその人は居なくなって、何処を探しても見つからなくて、ひとりぼっちで、ひとりぼっちで。
「う、っくふ、うう、ん、あ、っくぅ、あ、ああ、うあ、あああ、らぐ、なあ、っひ、う、んん、う、あああ、」
陽気に笑うあの男は、この小さな子供にどんな言葉を投げかけたのだろうか。最期の最期まで笑っていたんだろうか。誰の名前を呼んだのだろうか。
どれも俺には関係ないし、興味も無いのだけれど。
(俺もコイツのように泣き喚いたら、何か変わるんだろうか。)
風が止んだ夜。降り出した雨は、暫く止みそうに、ない。
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111028